第三章 漱石の写真 SOUSEKI(承前) 

 

 言葉を失った私に、漱石さんは表情をやわらげ、こうつづけました。

「私はこれまで数多くの写真師に撮影されてきましたが、自分の姿だと胸をはって答えられる写真は、いまだに一枚もありません。見るたびに、これは本当に自分なのだろうかという違和感がありました」

 漱石さんの語りは淡々としていましたが、切実な響きがありました。

「私は文筆を生業なりわいにしていますが、一冊の小説に比べれば、写真はすぐに伝わる表現手段だと感じています。一枚の写真が、百の言葉以上のものを物語ることは多々あります。だから納得のいく一枚を、死ぬまでに遺したいのです」

 漱石さんにとって写真は、作品と同等な重要性を持っているようでした。

「ということは今、お身体の具合が悪いとか、そういうことではないのですね……でも、どうして私に?」

「一真さんとは長い付き合いですし、先日あなたの写真集を見て、この人ならと確信したのです」

 その写真集とは、私が十年の年月をかけて参加した、宝物調査の図版でした。全国の社寺が所有する宝物は、明治維新のあと、処分されたり輸出されたりして、急速に失われつつあります。私たち写真師にとって、それらを後世に伝えることが急務でした。

「あれを見たとき、きっと近い将来、実物を見に行かなくても、写真を介してさまざまなことを知れる世界になるのだろうと感動しました。たとえば身体の自由がきかない人も、時間やお金のない人も、平等に遠い異国の景色を楽しめる、素晴らしい未来の予感を、あなたの写真から受けとったのです」

 思いがけない賞賛が胸に沁みました。

 写真はただうつすだけではなく、いずれ科学や情報に革新をもたらす。私は長年、そう訴えてきました。未来に備えて、機材や感光材料を国産で賄えるようにすることが、夢でもありました。しかしいまだに輸入品に頼らねばならず、私の工房は費用がかさんで経営不振に陥っています。

 そのことを伝えると、漱石さんは残念そうに頭を振りました。

「新しいものは理解されるのに時間がかかります。一真さんの撮ったものは、何十年も、何百年も残ると思いますよ。私の作品などよりきっとね。下手な絵を見るよりも、あなたの写真を見る方が、よほど勉強になりますから」

 ほほ笑んだ彼を見て、美術好きで知られることを思い出しました。

 英国の画家であるターナーやミレーの名画、有名なモナリザのほほ笑み――。

 作中でも、実在の名品をよく登場させ、芸術論をくり広げています。自身でも水墨や山水に文字を添えて、人に贈っているとか。そんな漱石さんは、私の美術品の撮り方を大いに気に入ってくれたようでした。

 たいていの人は、そこになにがうつっているのかを判断して終わりですが、一本の樹を十人の写真師が撮影すれば、十通りの樹の写真ができます。だから優れた写真師はそこに自らの世界観を投影させる。将来には必ずそのことが理解されると信じますが、今はまだそうではありません。

 そのことを、漱石さんは理解したうえで、私に遺影を頼んでくれたのでした。

 それほど光栄なことがあるでしょうか。

「もうひとつ、お伺いしてもいいでしょうか。つい一週間前にいらしたときは、そんな話はされませんでしたね。どうして今日またここに?」

 漱石さんは私の心配を察したように「大丈夫ですよ。乃木大将のように自刃なんてしませんから」と気さくに笑いました。

「そ、そうですよね」

「でもね、一真さん。この一週間、私はずっと死ぬことについて真剣に考えていたのです。これほどまでに死を身近に感じたことはありません」

 なぜか漱石さんの口ぶりからは、自身の人生がそう長くないことを悟っているような印象を受けました。もちろん、たった四年後に亡くなるとは、このときの私に知る由もありません。

「じつは今朝、子規の墓前にも、手を合わせてきましてね。毎年訪れていますが、今年はいっそう感慨深かったです」

 漱石さんの左腕には、この日も喪章がついていました。

 先日は、単に明治天皇を悼む印と認識しただけでした。

 でもこの日は、数日前に殉死を遂げた乃木希典まれすけに対する敬意や、十年目の命日を迎えた正岡子規への友愛、そして去りゆく明治という時代への名残惜しさなどが、複雑に喪章へ反映されているように見えました。

 もっと言えば、いずれ死にゆく自分に、未来永劫残されるだろう写真のなかで、弔意を向けているようにも――。

「撮りましょう、あなたの遺影を」

「よろしくお願いします」

 私は館内の光を完璧に調整して、もっとも高級な感光材料を準備しました。あのポーズに関しては、漱石さんが自ずととった格好を採用しました。不思議な緊張感のなかで、私はシャッターを切りました。

 写真師は偶然を味方につけ、ここぞという瞬間に反応しなければなりません。三十年以上の撮影人生のなかで、私にはその閃きに自負がありました。それでも、仕上がった三枚の写真を見たとき、私は心から驚かされました。

 どれも素晴らしい出来でしたが、とくに憂鬱ゆううつにうつむいた一枚は、生涯に何枚も撮ろうと思っても、撮れるものではありません。理屈ではない特別な力が加わった、としか言いようがないのです。それほどあの写真は、文句のつけようのない出来栄えでした。

「これには、本当の自分がうつっています」

 漱石さんが仕上がりを気に入ったのも、物憂げに目を伏せている一枚でした。

「どうか安心して、素晴らしい作品をもっと生み出してください」

「ありがとうございます。お礼に近々、私の家にお越しください。あなたにお贈りしたいものがあります」――。


 
 手紙はそこで終わっていた。新村の補足によれば、途中で紙が切れていたらしい。最後の部分が不明なので、なぜ一真が弥彦にこの手紙を送ったのか、という目的もはっきりと分からないという注意書きがあった。

 数週間後、国立写真センターの新村から、綿部写真館のガラス乾板が復元されたという連絡があったので、山田たちはすぐに足を運んだ。前回と同じく、磨りガラスで囲われたスペースに案内され、何種類かのガラス乾板を見せられた。

「これらが、うちで所蔵している小川一真が使用したガラス乾板です」

 達筆な文字が記された桐箱のなかに、焦げ茶色のガラス板が入っていた。大きさは絵ハガキほどである。桐箱は額縁状に窓の開いたデザインで、外に出さなくても、うつっている着物姿の人物を十分に確認できた。

「昔のガラス乾板は、こういう風に桐箱に入って、衝撃から守られていました。おかげでフィルムに比べても、耐久性はあると言われています。ただし、これが今回見つかったものです」

 新村がつぎに出したのは、白い布の敷かれたトレイ上の、古いガラス片だった。事前に割れていることを聞いていたが、想像以上に粉々だった。円花も「これはひどい」とため声を漏らしながらカメラを向けている。

「そうなんです。ガラス乾板の欠点は、重くて割れるという点です。ご覧の通り、一部は破片になっているうえに、複数の写真が混合していました。理由は分かりませんが、桐箱ではなく紙の封筒に仕舞われていたのも、劣化の原因ですね」

 たしかにガラス片になってしまっては、うつっているものの正体が分からない。

「どういった手段で復元を?」

 山田はメモをとりながら訊ねる。

「ガラス乾板は、簡単に言えば、感光する乳剤をガラス板に塗布したものです。固形化した乳剤を溶かして剥がし、新しいガラスに湿布していけば、理論的には復元できます。ただし今回はどのパーツがつながるのか分からなかったので、いったんプリントして引き伸ばしました。そのあとでつなぎ合わせ、仕上がったのがこれです」

 つぎに見せられたのは、B5サイズほどの印画紙だった。部分同士をパズルのように繋ぎ合わせたあと、カビや汚れを除去し、劣化によってムラが生まれた色面を調整する、という作業が施されたらしい。

 ほとんどが復元を試みられたものの、断片的すぎて、なにがうつっているのかさえ分からなかったという。しかし何枚かは、写真館に訪れた客らしき人々の姿を、今もしっかりと伝えていた。

「店で記録用として保存していたガラス乾板でしょうね」

「でもこれは、写真館じゃなさそうですよ」

 円花がとある一枚に目を留め、山田に手渡した。着物姿の男性がカメラを背にして、文机に向かっている。白髪のまじった後頭部からは、性別以外は分からない。しかし机の上にうつっていた絵に、見憶えがあった。

「これ、和夫さんに見せてもらった絵じゃないか……?」

「まさか、そんなわけないでしょ」

 円花には一蹴されるが、どうも引っかかる。いや、曖昧な記憶に頼らなくとも、あのときスマホで写真を撮ったはずだ。半信半疑だったが、さっそく確認した。すると構図が見事に一致するではないか。

「ほら、しょぼい絵だねって君が言った、あの魚の絵だよ!」

「本当にっ?」

 円花は山田からスマホをひったくり、穴が空くほどに写真と見比べる。

 写真は画面の左側を大きく欠損しているので、背景の大部分が分からない。それでもよく見ると、先日円花と確認した山房の書斎に似ている。ネット上の写真と比較すると、置かれている本や家具の位置など、間違いなかった。

「このうしろ姿の男性は漱石で、あのしょぼい魚は漱石が描いたってことなの? 信じられないよ! 和夫さんが土蔵ごと業者に売却するのっていつ!」と、円花は新村の方を慌てて向く。

「現像した写真は、持ち主の和夫さんに見てもらいました?」

「いえ、まだです。綿部さんからは、扱いを任せると言われているので」

「まずいよ、山田! 早く連絡しなくちゃ、漱石が描いたかもしれない絵が、業者に引き取られたか、ひょっとすると業者からも要らないって言われて、ゴミとして捨てられちゃったかも!」

 円花は血相を変えて、バンバンと山田の背中を叩いた。

 慌てて和夫に電話をかけながら、山田はやっと腑に落ちていた。

 あの魚は、漱石が『坊っちゃん』のなかで登場させた幻の魚〈ゴルキ〉ではないか。あの釣りの場面で、漱石は一真の先輩にあたる写真師、丸木利陽のことを書いた。だから一真に〈ゴルキ〉を描いた絵を送ったとすれば、なかなかシャレがきいている。

 和夫の待つ写真館にタクシーで向かいながら、山田はスマホでじっくりとあの絵を眺めた。素朴な表情で描かれたその魚は、調べると幻の魚〈ゴルキ〉のモデルでもあった、キュウセンというスズキ科の一種によく似ている。

「なるほど、弥彦に宛てられた手紙のつづきには、あの絵のことが書かれたのか」
 山田は興奮を抑えながら言う。

「というよりも、あの手紙はそもそも弟子の弥彦さんに、絵をもらった経緯を説明するために書かれたのかもよ?」

 たしかに円花の言う通り、絵の裏側と手紙の冒頭には、同じ年号が記されていた。

【漱石晩年の絵画発見か?】

 という見出しで、日陽新聞の一面を文化部のスクープが飾ったのは、その翌月だった。美術品を多く記録してきた小川一真が、漱石由来の絵を受け継いでいた、というドラマは人々の関心を引いたようだ。

 さらにその記事に書ききれなかった事実――漱石の晩年に撮影された肖像写真がじつは遺影だったという秘密や、写真師との友情について――は連載〈知られざる日本の技へ〉にて詳しく紹介した。有名な漱石の肖像写真が少し違って見えるようになった、漱石の人間臭さが伝わってきた、などの感想が寄せられている。

 ガラス乾板の復元によって、漱石の作品である可能性が浮上した魚の絵は、幸いにも処分されずに済んだ。専門家が調査をしているものの、和夫は「結果がどうであれ、祖父や小川一真の思いを大切にしたい」と話していた。


 
 記事が掲載されたあと、その好評を祝した打ち上げが、大衆居酒屋〈さんまの味〉で行なわれた。といっても、掲載日に社に残っていた文化部員が、その場の流れで店に集まっただけなのだが。

「みなさん、いろいろ心配事もあるでしょうが、安心してください! 私がいる限り、文化部は大丈夫です!」

 大丈夫です、ってなんだよ。いったいどこからその自信が湧いてくるんだ。乾杯の音頭をとって輝いている円花は、オフィスで原稿を書いていたときのげっそりした姿とは別人のようである。

 ネタ提供者の星野も、山田のとなりに座っていた。別のテーブルで大口を開けて笑っている円花をチラチラとうかがいながら、山田は星野に言う。

「最近、雨柳民男うりゆうたみおの『お~い、道祖神』を読んでるんだけどさ」

 学生時代、民男独自の語り口には歯が立たなかったが、先日大津市への出張で、地元学芸員がバイブルだと話していたので、もう一度手にとってみようという気になったのだ。その内容は、東北や甲信越地方にある、わらや石でつくられた道祖神を訪ねて、村の人に由来や伝承を聞いてまわるという紀行文だ。難解な言葉は使われていないのに、縦横無尽に話が広がるので、社会人になった今も読みながら何度も混乱した。

「それでさ、調べたら『お~い、道祖神』って初版はうちから出たらしいんだよ。今から四十年以上前だし、そのあと別の出版社から文庫化されているから、あんまり知られていないみたいだけど」

「コネ入社だっていう噂が立ったのは、その関係かな」

「かもしれない」

 すると一升瓶を片手に持った円花が「真面目くさって、なにを話してるの? 今楽しまなくていつ楽しむの! 人生短いんだからさ」と言ってやってきた。顔が真っ赤で、明らかに酔っている。

「雨柳民男さんの話をしてたんだけど、実際はどんな人だったの?」

 山田が訊ねると、円花は「おじいちゃんの話か」と嬉しそうに腰を下ろす。

「じつは、あんまり家にいなかったから、深くは知らないんだよね。とにかく私が小さい頃から、ずーっと旅に出てるイメージだよ。なんせ千軒以上の民家に宿泊したんだって自慢してたくらいだから」

「千軒ってのはすごいな!」と星野が驚いた様子で言う。

「どこでも寝られる、なんでも食べられるっていうのをやたら誇っていて、逆に知らない人のことも家に泊まらせてたよ。ふふふ、人情派だよね。取材先でも絶対に迷惑をかけないようにって徹底していたし、困った人は放っておけない優しい人だったかな。私ってば、おじいちゃんに似ちゃってさ」

「どこがだよ! ちなみに、日陽新聞の人も家に来たりした?」

「うん、たまに家に来て、勉強を教えてもらったこともあるよ。いろんな人がおじいちゃんの付き人として、各地の調査にも同行していたし。作家とか画家とかを連れて、何回か、うちにご飯も食べにきてたな。って、でもコネ入社じゃないからねっ」

 円花はそう念押ししたが、山田が気になったのは、生まれ育った環境の差だった。そんな環境で育ったなら、文京区の喫茶店で使われていた湯呑も、本当に古伊万里である気がしてくる。それに、普段から社交に気合を入れているのも、じつは祖父から直伝の技だったりするのだろうか。

「日陽新聞の人って、今でもうちに勤めてるの?」と星野が訊く。

「ずっと会ってないから分からないけど、就活のときは面接官をしてたから、少し話をしたよ。あまりになつかしくて、社内では敬語を使いなさいって叱られちゃったくらい。でも今も働いてるのかな? おじいちゃんよりは年下だけど、にしてもかなり高齢だし。あ、何度も言うけど、コネ入社じゃないよ」

 それよりも、と山田が名前を確かめようとしたとき、深沢デスクが「お疲れさま、二人とも」と声をかけてきた。深沢デスクとは、記事を提出したあと、じっくり話す機会がなかった。いよいよ褒められるのかな、と山田は期待する。

「今回の記事は、本当に運がよかったな! こんなに運を引き寄せる男だとは思わなかったぞ」

 え、運がよかった? 出来栄えや評判がよかった、ではなく?

「ちょっと待ってください、運だけじゃないですって! 他社の記者は及び腰だったなかで、僕たちだけがいち早く反応して、諦めずに追いかけたからこそ独占できたネタじゃないですか」

「うん、そうだな。だがな、うぬぼれちゃいけないぞ。記者っていうのは、諦めずに追いかけるのが仕事だ。そんなの当たり前なんだから」

「えー、深っちゃんってば厳しい。もう少し褒めておくれよ」

 円花は気がつけば、深沢デスクに対しても敬語がとれていた。

「ちなみに言うと、今回一面に掲載されたのは、本当は小杉部長のおかげなんだぞ」

「小杉部長が?」

 耳を疑ってしまったのは、押しの弱い性格の小杉部長は、珍しく一面を飾れそうなスクープがあっても、他部署に紙面を奪われがちだというので有名だったからだ。けれども今回の記事に関しては、若い記者に感化されたから譲れないと押し切ったらしい。

 まさか、円花の影響は小杉部長にまで?

 ――私がいる限り、文化部は大丈夫だからさ。

 あの軽い一言が、山田の頭をよぎった。


 
 打ち上げのあと、改めて星野に礼を伝えた。

「いや、俺はただ情報を伝えただけで、それを記事にしたのは二人の手柄だから」

 星野と夜道を並んで歩きながら、今回の取材で改めて新聞社の仕事を面白いと感じたという話をした。自然に口をついて出た感想だった。円花とコンビを組まされたときは勘弁してくれと思ったが、周囲の評価を気にするばかりじゃなくて、熱意のままに動くって案外大事だな、と。

「おまえ、最近、円花の話ばっかりだな」

「は? そんなことないよ!」

 否定したものの、思い返せば、悔しいくらいに円花のことばかり考えている。ことあるごとに円花を思い出し、脳内でその発言にツッコミを入れている。そしてあいつにあって、自分にないものはなんだ、と。どこにでも無遠慮に乗りこむやつだとは思っていたが、人の脳内にまで入りこんでくるとは、無礼なやつだ。

「金輪際やめよう、円花の話は二度としない」

 そう強がってから、ふと大津絵の取材のあと、新聞社の裏手にある釣り場で、偶然また同じ釣り人に遭遇したことを思い出した。文化部に勤めているなら、雨柳円花という記者は知らないかと、あの釣り人から言われたのだ。

「ごめん、最後にひとつだけいい?」

「なんだよ、また円花か」と、星野が呆れる。

「このあいだ、俺とオマツリした釣り人のこと、憶えてる? あの人から、雨柳円花を知ってるかって訊かれたんだよ」

 星野は眉をひそめて「なんでまた」と答える。

「記事を読んだのかなって思ったんだけど、いちいち名前なんて憶えないよな。しかもフルネームで」

「もしかして、ストーカーじゃないの」

「まさか」

「だって円花のフォロワーって多いんだろ?」

 星野の断言を疑いながらも、山田は胸騒ぎがした。以前にも釣り場ですれ違っていたかもしれないのに、日陽新聞の社員だと分かったとたんに、缶ビールで誘い、接近してきたことは確かにあやしい。

 山田は支局にいた頃、アイドルの追っかけに夢中になり、ストーカー化した高齢者の事件を取材したことがある。はじめは孫を応援するような、ほのぼのした気分ではじめたが、脅迫文を送って逮捕されたという。

 山田は社内の飲み会をはじめ、雄勝町や大津市の人たちのことを思い出す。たしかに円花には、一度知りあうと頭から離れなくなる、教祖みたいな力がある。それだけにストーカーというのは信憑性が高い。

「知り合いだとしても、なんか気持ち悪いな」

「本当だよ。ていうか、よく考えたら、俺って円花のことをよく知らないんだよな」

「なるほど。でももっと知りたいんなら、まずは自分のことをアピールしなきゃな。つぎの記事はおまえ自身のことと絡めればいいんじゃない?」

(第13回へつづく)