第17回

11

 工藤のサミングを受けた直美は、切り倒された大木のように仰向けに倒れた。

「直さん!」

 譲二は叫んだ。

 叫ぶことしかできない自分がもどかしくて腹立たしかった。

「おーおーおー、ブッチャー張りの凶悪な男だな! 直に目潰しなんてよ!」

 下呂が嬉しそうに言いながら、オクタゴンを指差した。

「呑気なこと言ってないで止めろよ! あんた、市民を守る刑事だろ!」

 譲二は下呂に食ってかかった。

 手錠で拘束されていなかったら、殴りかかっていただろう。

「え? 市民なんて、どこにいるんだ? 俺にゃ、二匹の獣しか見えねえけどな」

 惚けた顔で言うと、下呂が高笑いした。

「あんた、ふざけるのも……」

 オクタゴンの中の光景に、譲二は怒声を呑み込んだ。

「僕が刺したのは、このあたりだよね?」

 工藤が口角の片側を加虐的に吊り上げ、直美の腹を踏みつけた。

 身体を回転させて足から逃れた直美の腹を、素早く回り込んだ工藤が爪先で抉った。

 直美の腹に巻かれた包帯に、みるみる赤いシミが広がった。

「雑に縫うから、傷口が広がるんだよ」

 工藤は涼しい顔で言いながら、二発、三発、四発と直美の腹を蹴りつけた。

 蹴られるたびに直美の顔は歪んだが、呻き声一つ漏らさないのはさすがだった。

「おっさんは、我慢強いよね」

 工藤が直美の腹の上に立ち、トランポリンのように垂直に跳んだ。

 工藤がジャンプするたびに、直美の身体がくの字に曲がった。

「やめろっ、おいっ、いい加減に……」

 譲二の口に、なにかが貼りつけられた。

「ギャアギャアうるせえんだよ」

 筋肉質の黒人の少年が、譲二の口を粘着テープで塞いだ。

 ナイフで腹を刺され、スタンガンで高圧電流を流され、催涙スプレーで眼を潰され、鎖で上半身を拘束され……直美が圧倒的なハンデを背負っているのはわかる。

 腕っぷしに自信のある大人でも、直美と同じ状況になったら中学生にも負けるだろう。

 頭ではわかってはいたが、直美が一方的にやられる姿を見たくはなかった。

 

 四回、五回、六回……工藤が直美の腹の上で跳ね続けた。

 工藤の着地と同時に身体をくの字に曲げる直美の口から、胃液のような液体が吐き出された。

 七回目のジャンプをした工藤に、突進してきた人影が体当たりした。

 不意を衝かれてバランスを崩した工藤が二、三メートル吹き飛び、仰向けに倒れた。

「わふぁうおぁーっ!」

 奇声を発しながら人影――陥没した金網から抜け出した野崎が、工藤に馬乗りになり闇雲に拳を振り下ろした。

 相変わらず野崎は常軌を逸しており、直美を助けたわけではなく動くものに見境なく襲いかかったという感じだった。

 直美に相当に痛めつけられたのにすぐに回復したのは、覚醒剤により大量に放出されたアドレナリンのなせる業に違いない。

 何発目かの野崎の拳を掴むと、工藤は素早く体勢を入れ替え立ち上がった。

 工藤の右の頬は赤く腫れ上がり、唇の上には鼻血が付着していた。

「ゴミのくせに、僕の顔に傷をつけたね」

 手の甲で鼻血を拭いつつ、工藤が無表情に言った。

 だが、彼の瞳には狂気の色が浮かんでいた。

「ちょわぁぎゃあーっ!」

 ふたたび奇声を発した野崎が、両腕を振り回しながら工藤に殴りかかった。 

 工藤もダッシュし、跳躍した。

 勢いをつけた飛び膝蹴りが、突っ込んできた野崎の顔面に食い込んだ。

 鈍い衝撃音とともに、野崎が仰向けに倒れた。

 すぐに、野崎が立ち上がった。

 鼻は不出来な福笑いのように大きく曲がり、右の頬はテニスボールが半分くらい嵌るほどに陥没し、口は折れた前歯で血塗れだった。

 工藤の飛び膝蹴りで致命的なダメージを受けているはずなのに、野崎は痛みを感じていないようだ。

「シャブ漬けになると、チャカで蜂の巣にされても向かってきますからね。急所に銃弾撃ち込まないと終わりません」

 海東が意味深な言い回しをした。

「お前、なに言ってんだよ?」

 下呂が怪訝な顔を海東に向けた。

「まあ、そのうちわかりますよ」

 海東がオクタゴンに視線を向けたまま言った。

「若頭……やめとけや。そいつは卑怯なガキだから殺されるぞ」

 直美がゆっくりと立ち上がり、催涙スプレーとサミングでダメージが残る半開きの眼で野崎を見据えた。

「おっさん、回復が早いね。もうちょっとで終わるから、待ってて……」

「殺られる前に殺す! 殺られる前に殺す! 殺られる前に殺す!」

 直美のほうを向いていた工藤に、叫びながら野崎が突進した。

 工藤は闘牛を躱すマタドールのように華麗に身を翻し、工藤の背後に回り込んだ――プロレス技のジャーマンスープレックスで野崎の後頭部を床に叩きつけた。

 グキッという音とゴシャッという音が、オクタゴンの外にいる譲二にもはっきりと聞こえた。

 ブリッジをした工藤の腕の先で、野崎の首が不自然に曲がっていた。

「おい……まさか、死んだんじゃねえだろうな?」

 下呂がホールドされた体勢で動かない野崎に視線を向けたまま、掠れた声で海東に訊ねた。

「死んだでしょうね」

 海東が涼しい顔で言った。

「なに普通に言ってんだよ!? 俺の前で殺人は……」

「刑事さんも見ていたでしょう? 先に工藤を殺そうとしたのは野崎さんのほうですよ」

 野崎を遮った海東がやんわりと、しかしきっぱりと言った。

「若頭っ! 若頭っ! 若頭っ!」

 直美が繰り返し叫んだ。

 工藤が野崎をホールドしていた腕を解き、ブリッジの姿勢を崩さずに立ち上がった。

 仰向けになった野崎は白眼を剥いたまま、ピクリとも動かなかった。

「若頭……」

 野崎が事切れたことを悟った直美が、言葉を呑み込んだ。 

「見てたよね? これ、正当防衛だからさ」

 工藤が金網越しに、人を食ったように下呂に言った。

「てめえ……こんなことして、ここから無事に出られると思ってんじゃねえだろうな?」

 吊り上がった眼尻、充血した白眼――直美が怒りに全身を震わせながら、工藤を睨みつけた。

「おっさん、それだけやられても立ち上がってくるのは凄いとは思うけど、僕を脅せる立場だと思ってる?」

 工藤が直美に向き直り、冷淡な眼で見据えた。

「この鎖のことか?」

 直美が修羅の形相で言った――全身の震えが大きくなった。

 どこからか、ライオンの唸り声が聞こえてきた。

 いや、ライオンではなく直美の唸り声だった。

 毛皮のベストから露出する三角筋が倍くらいの大きさに怒張し、幾筋もの血管が浮いた。

 まるで二個のマスクメロンが両肩についているようだった。

 腹に巻いた包帯の血のシミがどんどん広がり、赤い腹巻のようになった。

 直美の唸り声の大きさと比例するように、全身の震えも三角筋も大きくなった。

「雑魚頭……いつまでも……調子に乗ってんじゃ……ねえぞ! うらぁーっ!」

 直美が怒声とともに両手を広げた――切れて吹き飛んだ鎖が金網にぶつかる衝撃音が室内に響いた。

「嘘だろ!? あいつ、鎖を引き千切りやがったぞ!」

 下呂が大声を張り上げた。

 過去に何度も直美の超人的な行動を目撃してきた譲二には、そこまでの驚きはなかった。

 むしろ、なぜいままでそうしなかったのか不思議でならないくらいだ。

 第一の刺客の少年と第二の刺客の野崎に必要以上のダメージを与えないために、敢えて拘束を解かなかったのかもしれない。

 だが、野崎が殺されたいま、直美が力をセーブする理由はなくなった。

「やっぱり直さんは、規格外の怪物ですね。でも、工藤はそう簡単にやられるタマではありませんよ。手負いの直さんなら、互角に戦えるでしょう」

 海東が余裕綽々の表情で解説した。

 工藤を信頼していることが、海東の口調から伝わった。

「おっさん、やるじゃん」

 工藤は言うと口笛を吹いた。

 鎖を引き千切った直美を目の当たりにしても、まったく恐れていなかった。

 直美の両手が自由になっても余裕の工藤に、譲二は底知れない恐怖を覚えた。

「クソガキが、たいがいにしとけや」

 直美が燃え立つ瞳で、工藤を睨みつけた。

「へぇ、どうする気?」

 相変わらず小馬鹿にしたような態度で工藤が言った。

「まずは救急車だ。そのあと、ゆっくり殺してやるから」

 直美が野崎に視線をやりながら言った。

「無駄だよ。ほら、とっくに死んでるから」

 工藤が空き缶をそうするように、野崎の頭を爪先で蹴った。 

 直美がダッシュして飛んだ。

 飛び膝蹴り――サイドステップで工藤が躱した。

 振り向き様に回し蹴りを放つ直美。プラチナシルバーの長髪を靡かせつつスエーバックで躱す工藤。二発、三発、四発と、立て続けに回し蹴りを放つ直美。すべてをスエ―バックで躱し続ける工藤が、金網に追い込まれた。

「もう逃げられねえな、雑魚頭」

 直美がニッと笑うと、ノーモーションで右の拳を突き出した。

 ブォンという風を切る音、ダッキングする工藤。

 ガッシャーンという衝撃音、金網を突き破る直美の右腕。

 破れた金網で傷ついた直美の右腕は、血塗れになっていた。

 破損して鋭利になった複数の金網が直美の上腕に突き刺さり、身動きが取れなくなっていた。

「怪我でスピードが落ちているとはいえ、ウチの組でも直さんの攻撃をあそこまで躱せる者はいませんよ」

 海東が満足げに言った。

 たしかに海東の言うように、直美の動きには本来のキレもスピードもなかった。

 それでも直美の攻撃力は、そこらの格闘家よりも遥かに上だった。

 その攻撃をことごとく躱す工藤の動体視力も、そこらの格闘家以上だ。

「今度は僕の番だよ」

 工藤は言い終わらないうちに、背を向けている直美の腹にボディブローを打ち込んだ。

 金網に腕を取られて動けない直美に、工藤が速射砲のようにボディブローを連発した。

 縫った傷口はとっくに開いているのだろう、直美の足もとには血溜まりができていた。

「おっさん、噂ほどたいしたことないね」

 工藤が突き上げるような膝蹴りで、直美の腹を抉った。

 膝蹴りを浴びせるたびに、直美の巨体が浮いた。

「怪我してないときに戦いたかったよ」

 工藤は膝蹴りのタイミングと同時に、重ね合わせた両手を直美の背中に打ち下ろした。

 工藤は一ヵ所を狙って、集中的に拳を振り下ろしていた。

 直美の脊椎を損傷させようとしているのは明らかだった。

「こりゃ現実か……。動けないにしても、あの怪物が一方的にやられるなんて信じられねえ」

 下呂が幻でも見ているような顔で独り言ちた。

 譲二も同感だった。

 ゆうに数百回は直美の喧嘩を見てきたが、これだけ攻め込まれている姿は記憶になかった。

 工藤がジャンプして、両手で作った拳を直美の背骨に叩きつけた。

 直美が片膝を突いた。

「百獣の王って言われているくらいだから、もっと手応えのある人かと思ったよ」

 工藤が直美を見下ろし、嘲るように言った。

「もう飽きたから、そろそろ終わらせるね」

 工藤がふたたびジャンプした。

 ニードロップ――高々と跳躍した工藤が、直美の後頭部を目掛けて膝を落とした。

 いきなり立ち上がった直美が、左の裏拳を工藤の側頭部に浴びせた。

 咄嗟に両腕でブロックした工藤だったが、裏拳の衝撃で四、五メートルほど吹き飛んだ。

 宙で反射的に頭部を庇った工藤も凄いが、右手を金網に取られたまま左手だけで七十キロ以上ありそうな男を四、五メートル吹き飛ばす直美も凄かった。

「うらあぁーっ!」

 直美が気合の雄叫びとともに金網を引き千切り、右腕を引き抜いた。

「ババアの肩叩きするガキみてえなパンチで、俺の背骨を破壊できると思ったか? お?」

 直美は首をグルグル回しつつ、工藤に言った。

 立ち上がった工藤は無表情だったが、しきりに右の前腕を擦っていた。

「体勢が甘かったから、骨折まではいってねえな。罅で済んでラッキーだったな」

 直美が工藤に言いながら、野崎の亡骸に歩み寄った。

「一ヵ月は、せんずりするときゃ左手でしろや。生きてここから出られたらの話だがよ」

 直美は腰を屈め、野崎の亡骸をお姫様抱っこするとオクタゴンのドアに向かった。

「おっさん、逃げるの? まだ勝負は終わってないんだけど」

 工藤の声が、背中を追ってきた。

「んなわきゃねえだろ? 柴犬にビビッて背を向けるライオンがいるか?」

 直美が振り返らずに、呆れた口調で言った。

「僕が柴犬だっていうのか?」

「キャンキャン吠えてねえで、背中から襲ったらどうだ? 闇討ちはおめえの得意技だろう?」

 直美が相変わらず工藤に背を向けたまま鼻で笑った。

「襲わないよ。勝つにはどんな卑怯な手でも使うのが僕のやりかただけど、卑怯な手を使わないとおっさんに勝てないと思われたくないからね」

「正面から堂々と戦いたいってか? やめとけやめとけ。柴犬は背中から奇襲攻撃をしかけても、ライオンには勝てねえよ。おい、そこのちんぽ頭の雑魚、若頭を静かなところに寝かせろや」

「ちんぽ頭……俺に言ってんのか!?」

 金網越しに、スキンヘッドの平半グレが気色ばんだ。

「ちんぽ頭って言ったら、おめえしかいねえだろうが」

 直美が高笑いした。

「てめえっ……」

「言う通りにしなさい」

 食ってかかろうとするスキンヘッドの平半グレに、海東が命じた。

「で、でも、扉を開けたらヤバくないですか?」

 スキンヘッドの平半グレが、恐る恐る海東に訊ねた。

「心配すんな。おめえを襲ったり逃げたりしねえからよ」

 直美がニヤニヤしながら言った。

「そんなこと信じられるわけ……」

「いいから、開けなさい。直さんは、そんなみっともない真似はしないから。でしょう?」

 海東がふたたびスキンヘッドの平半グレを遮り、薄笑いを浮かべた顔を直美に向けた。

「あたりめえだ。柴犬をぶっ殺すまで、頼まれてもここから出ねえよ。柴犬の次は、包茎野郎、おめえの番だ」

 直美が振り返り、海東を睨みつけた。

「早く開けなさい!」

 海東は直美から視線を逸らさず、スキンヘッドの平半グレに強い口調で命じた。

「は、はい!」

 スキンヘッドの平半グレが、腰を引いた姿勢で怖々とオクタゴンの扉を開けた。

「震えてねえで、しっかり抱えろっ。落としやがったら、全身の皮を剥いでやるからな!」

 直美が怒声を浴びせつつ、野崎の亡骸をスキンヘッドの平半グレに渡した。

「さて、お待たせさ~ん」

 直美がオクタゴンの扉を閉め、工藤と向き合った。

 工藤がプラチナシルバーの髪を左手で掻き上げ、片方だけブルーのカラーコンタクトを嵌めたアンバランスな瞳で直美を見据えた。

 直美の右腕と腹に巻いた包帯からは、鮮血が滴っていた。

 これまでに直美は、覚醒剤の過剰摂取で常軌を逸した野崎と工藤にかなりのダメージを与えられている。

 だが、手負いの直美でも正面から戦いを挑むのは無謀だ。

「おいで、柴犬」

 直美が腰を屈め両手を広げると、四、五メートル離れた工藤におちょくるように言った。

「じゃあ、行くよ」

 工藤が直美に向かってダッシュした。

 立ち上がった直美もダッシュした。 

 四メートル、三メートル、二メートル……。

 不意に、工藤がスライディングした――直美の股間を擦り抜け様に殴りつけた。

 股間を押さえて前屈みになる直美。すっくと起き上がった工藤が、背後から直美の股間を蹴り上げた。

 直美の額にはびっしりと玉の汗が吹き出し、こめかみと首筋には太い血管が浮いていた。

 中腰で歯を食い縛るその顔は、いままで受けたどんな攻撃よりも苦しそうだった。

「ライオンでもトラでも、眼とあそこは柴犬と変わらないよ」

 工藤が右足を高々と上げ、直美の後頭部に勢いよく踵を落とした。

「ライオンさん、柴犬にやられる気分はどう?」

 工藤が言いながら、俯いている直美の顔面を蹴り上げた。

 上体を起こされて棒立ちになる直美の肩に、助走をつけてジャンプした工藤が乗った――工藤は両足で直美の首を絞めながらポケットから取り出した革手袋を嵌めると、後頭部を滅多打ちした。

「ライオンさん、柴犬の肉球パンチはどう?」

 工藤は狂気に眼を光らせ、直美の延髄を狙って殴りつづけた。

「夢じゃねえよな。あの直美が、差しの勝負でボコボコにやられるなんてよ……」

 オクタゴンの中央で棒立ちになり工藤にいいようにやられる直美を、下呂が狐に摘まれたような顔で見ていた。

「生身である以上、不死身でも無敵でもありません。私が見てきた中でも、工藤は断トツの格闘センスを持った喧嘩の天才です。センスだけでなく、性格も極めて冷酷です。しかし、第一の刺客として拘束されていない状態の直さんとやらせて勝てる保証はありません。でも、手負いの直さんになら十分に勝機がある。私の読み通りの展開になってきましたね。刑事さん、愉しんで頂けていますか?」

 海東が、満足げな顔を下呂に向けた。

「お、おう……でも、もう、このへんでやめておけ。刑事の俺の目の前で野崎があんなことになって、直まで死んだとなるとシャレにならねえぞ」

 下呂が、フロアの隅に寝かされている野崎に視線をやりながら言った。

「同感です。刑事さんも共犯者になるので、間違ってもおかしなことを考えないでくださいね」

「共犯者!? おい、海東、そりゃどういう意味だ!?」

 下呂が気色ばみ、海東に詰め寄った。

 海東が無言で天井を指差した。

 海東の指差す先――四台の監視カメラが睨みを利かせていた。

「ここでの出来事は、すべて録画されています。もちろん、若頭が正当防衛で殺されるのを観戦している刑事さんの姿も」

 海東が片側の口角を吊り上げた。

「てめえっ、俺を嵌めやがったのか!?」

 下呂の血相が変わった。

「嵌めたとか、人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。私の招待を刑事さんが受けた。地下格闘ショーを私達と愉しんだ。それが事実です」

 淡々とした口調で、海東が言った。

「てめえ……」

 下呂が震える唇を噛んだ。

「とにかく、余計なことは考えずに刑事さんはショーを愉しんでください。歌舞伎町の王が倒される歴史的シーンを……」

「包茎野郎に汚物刑事! てめえら、何年俺様を見てきた!?」

 直美の声が、海東の言葉を遮った。

 オクタゴンの中――相変わらず直美は工藤のパンチを後頭部に浴び続けていた。

「おめえの自慢の柴犬がどの程度の実力か試してやったんだよ。柴犬よりはちっとは骨があるのは認めるぜ。まあ、甲斐犬ってところだな」

 肩に乗った工藤の両足に首を絞められ、後頭部にパンチの嵐を食らいながら高笑いする直美に海東の表情が険しくなった。

「タイトな~革パンにねじこ~む~ 僕という意志ぃ~ぃぃぃ!」

 唐突に直美が右手を振り上げ、シャウトしながら歌い始めた。

(第18回へつづく)