人物紹介

仁美…高校二年生。町の祭りで起きた無差別毒殺事件で母を亡くす。

修一郎…高校一年生。医学部志望の優等生。事件で妹を亡くす。

涼音…中学三年生。歳の離れた弟妹を事件で亡くす。仁美たちとは幼馴染。

景浦エリカ…涼音の母。派手な見た目と行動で町では目立つ存在。

仁先生…仁美の父親。町唯一の病院の院長。

成富栄一…大地主で町では一目置かれる存在。町内会長も務める。

博岡聡…成富建設の副社長。あだ名は「博士」。妻に暴力をふるっている疑惑がある。

音無ウタ……息子・冬彦が真壁仁のせいで死んだと信じこんでいる。

琴子……息子の流星と姑のウタと同居している。元新聞記者。

第十一話

 数日後、ある週刊誌に『毒入りしるこ事件・疑惑のA氏』という見出しが躍った。

 事件の容疑者として浮上したのは地元企業で重役を務めるA氏だと書かれていて、実名こそ伏せられているものの、この町の住民なら誰が読んでも博士こと博岡聡のことだとわかる内容だった。

 記事には、祭りの当日、会場にいた地元住民Bさんの証言として、A氏は妻を伴い公園に現れたが、その妻の顔が殴られたようにひどく腫れ上がっていたこと、彼女がおしるこのテントに近づいて騒ぎを起こしたこと、そして人々の注意が妻に向いたその隙を突くように、A氏がおしるこのテントに裏から侵入し、鍋に農薬を入れるチャンスがあったことなどが詳細に記されていた。

 また、祭りの日以前にも彼の妻が怪我をしている姿が度々目撃されており、二人暮らしの家庭で日常的に暴力が振るわれていたのではないかとBさんは語っている。

 彼はなぜA氏が鍋に毒を入れたのか、動機については言及していなかったが、別の住民Cさんの談として、博士の置かれた状況が書かれていた。

 数年前、A氏が勤める地元企業で社長が退任する際、次期社長にA氏を推す声が多かったにもかかわらず、経験の浅い社長の息子がその座に就き、A氏は不満とストレスを溜め込んでいたようだ、と。

 BさんとCさんが誰なのか、仁美にはわからなかったが、地元企業とは成富建設以外に考えられず、会長が怒り狂うだろうことだけは容易に想像できた。あの会長に不満を募らせている部下も案外多いのかもしれない。

 携帯電話に涼音からの着信があり、出るとめずらしく余裕のない声が受話口から聞こえてきた。

「仁美ちゃん、記事読んだ?」

「あ、うん、今」

「あれのせいで、今、家にマスコミの人がたくさん来てて……」

「へ? あれって?」 

「だから、母のこと」

「エリカちゃんのことって、なに?」

 今、読んだ記事の中に、エリカと思われる人物は出てこなかったはずだ。

 嚙み合わない会話の原因はすぐにわかった。互いに違う週刊誌を読んでいたのだ。

 涼音が読んだ記事も博士を犯人と疑う内容だったが、仁美の週刊誌にはなかった動機が書かれていたという。不倫関係にあった水商売の女性との破局が、博士を凶行に駆り立てたのではないか、と。

「はぁ? それがエリカちゃんだって言うの? なに、そのデタラメな記事? 涼音、今すぐ、そっち行くから!」

「ダメだよ、仁美ちゃん。言ったでしょ、うち、マスコミの人に囲まれちゃってるから」

 それを聞いて一瞬ためらったが、気丈な涼音の不安げな声に背中を押され、仁美は自転車で家を飛び出す。

 だが、漕ぎだしてすぐ、急ブレーキをかけた。二軒隣の博士の家の前にマスコミが群がっていたからだ。自警団のメンバーが来ているけれど、人数が多すぎて対処できていないようだ。

 エリカと涼音が心配になり、仁美は自転車をUターンさせ、ペダルを蹴る。全力で立ち漕ぎしながら、考えた。

 エリカと博士が不倫しているなんて、いったい誰がそんなデマを流したんだろう。ふたりの関係を疑っていた夫人か。それとも……。

 エリカは総じて女受けがよくない。仁美は大好きなのだが、やりたくないことはやらず、好きなことを貫くエリカの姿勢は、同じように生きることのできないこの町の女性たちの反感を買ってしまう。それが美人で若々しく、当たり前のように男にちやほやされる女ならばなおさらだ。この町に戻った当初は、当番なのにゴミ集積所の掃除をしないなど、小さなトラブルがいくつかあったようだが、今では涼音が代わりをつとめているので、実害はないはずだ。しかし、こんな記事が出たら、エリカはまた吊し上げを食うかもしれない。

 涼音の家も博士宅と変わらないほどの報道陣に取り囲まれていて、自転車で突っ込んだ仁美はマイクを向けられ、もみくちゃにされる。

「離れてください。危ないから、彼女から離れて!」

 仁美に気づいた守が体を張ってマスコミから守り、家の中へ通してくれた。

「仁美ちゃん、大丈夫だった?」

 出迎えた涼音の声には、不安がにじんでいる。

「守君が中へ入れてくれたから」

「よかった。さっきまでチャイム鳴りっぱなしだったんだけど、それも守君が止めてくれたみたい。仁美ちゃん……、あの……」

「ん? なに、涼音、どうした?」

「ありがとう……、来てくれて」

「へ? なによ、改まって」 

「仁美ちゃん、私が困ってると、いつも助けに来てくれたから。子供のころからずっと」

 相変わらず無表情だが、涼音の手は細い首で光る、仁美とペアのネックレスを押さえている。震える声に涼音の想いが溢れていた。

 助けられているのは仁美も同じだ。忌引きが明けて高校へ行ったとき、クラスメイトは仁美をとても心配してくれた。けれど高二で家族を喪う経験をしている子は決して多くない。亡くなり方が異常だったこともあるのだろう、皆、どう仁美と接していいのかわからず、明らかに戸惑っていた。多くは腫れ物に触るように仁美を遠巻きに眺め、親しくしていた友人たちは、仁美を励まそうと過剰に明るく振る舞う。ありがたいと思いつつ、仁美はそのテンションについていけず、疲れて学校を休みがちになった。友達は多いほうだと思っていたけれど、孤独だった。

 そんなとき、涼音と修一郎の存在が、どれほど自分を支え、救ってくれたことか――。

「涼音、エリカちゃんは?」

「それが……、起きてくれなくて……」

「えっ!? まだ寝てんの?」

 こんな騒ぎの中でと驚いたが、午前中だから、エリカにとってはいつものことだ。

「じゃあ、記事のことも知らないの?」

「うん。私もさっき三番目の父からの連絡で知って、携帯で読んですぐ起こしに行ったんだけど、最近は、お酒と一緒に眠れる薬も飲んじゃってるから全然ダメで……」

 涼音の携帯電話を受け取り、仁美もその記事に目を走らせる。思わずため息が漏れたが、すぐに顔を上げた。

「涼音、もう一度、エリカちゃん、起こしに行こう」

 仁美は涼音とともに二階へ上がり、エリカの寝室のドアをノックする。

「エリカちゃん、起きて! エリカちゃん!」

「無理。そんなんじゃ起きっこないから」

 涼音は部屋に入り、ベッドで眠っているエリカの身体を揺する。

「ママ、起きて! 大変なことになってるから」

 うーんと不快そうな声を漏らし、エリカは布団を頭の上までたくし上げる。

「起きてったら!」

 すっぽり被った布団を涼音に剝ぎ取られ、エリカはようやく薄目を開けた。

「ちょっとぉ、やめてよ。昨日も遅かったの、知ってるでしょ」

「ママのことが記事になってるの」 

「はぁ? なんで、私が? ねぇ、なんか外、うるさくない?」

「だから記事のせいでマスコミの人が大勢来てるんだってば。さっきまでチャイム鳴らしてたでしょ」

「噓。全然気づかなかった。涼音、とりあえず、煙草ちょうだい」

「ダメ、その前に、これ読んで!」

 涼音は携帯電話の画面をエリカに突きつける。しぶしぶ受け取り、眠そうな目で文字を追ったエリカは仏頂面のまま、携帯をポンと投げて返した。

 頭を搔きながらキョロキョロするエリカに、仁美はシガレットケースを差し出す。

「あれ、仁美? いたんだ? サンキュ」

 エリカは煙草を一本抜いて火をつけ、紫煙を燻らせる。励まそうと、仁美は努めて明るい声を出した。

「エリカちゃん、大丈夫だよ」

 ふーっと煙を吐き出しながら、エリカは気だるげに「ん?」と顔を上げる。

「誰がそんなデマ流したのか知らないけど、事実じゃないってわかれば、こんな騒ぎ、すぐに収まるはずだから」

「事実じゃないって?」

「だから……、えっと、博士との、なんだ、その、不倫ってやつ?」

「事実だったら?」

「事実だったらそりゃヤバいよ。もっと大騒ぎに……って、え? エリカちゃん、事実じゃないよね?」

「事実だよ」

 なんでもないことのように答えるエリカを、仁美はまじまじと見る。こんな状況にもかかわらず、この人はやはり美しかった。

「噓……でしょ?」

 苦し気な声を漏らしたのは、いつも以上に表情を失くした涼音だ。

「ママ、博士と不倫してたの?」

「もうずっと前のことだよ。何年も前に終わってるし」

「ずっと前だって不倫は不倫じゃない。博士には奥さんがいるんだよ」

「しょうがないでしょ。拓ちゃん、急に死んじゃって、どうしていいかわかんなかったんだもん」

 拓人は涼音の父親の名だ。彼が亡くなった五年前、ふたりはそういう関係にあったということか。

「エリカちゃん、三番目の人と別れてここに帰ってきてから、博士とは?」

「なにもないよ。いい友達って感じ? お店をはじめた当初は毎晩のように通ってきてくれてたし」

 友達と思っていたのは、たぶんエリカだけだったのだろう。博士のほうはおそらく未練があって、彼女の店に通い詰めていた。エリカにその気がないことがわかり、会長が猛アタックをはじめたから、博士は店へ行くのを控えたのでないか。

「エリカちゃん、博士に恨まれるようなことしてないよね?」

「は? なに、それ、ウケる」

「ウケてないで答えて。博士はエリカちゃんを殺そうと思って、毒を入れたりしてない?」

 すっと真顔になって、エリカは細い煙草を灰皿で揉み消す。

「ありえない。あの人、頭はいいけど度胸ないから。そんなことができるタマじゃない」

 本当にそうか?

 だとしたら、警察はどうして博士を何度も事情聴取しているのだろう――?

 その答えは、意外と早くもたらされた。

 エリカと涼音を案じ、なかなか寝付けなかった仁美は、翌朝、修一郎からの電話で叩き起こされる。

「新聞、読んだか!?」

「……はぁ? 勘弁してよ。修一郎くらいの天才になると、寝ながら新聞読めるわけ?」

「とっとと起きろよ、もう九時過ぎだぞ」

「無理。やっとさっき寝たばっかなんだからね」

 ようやく眠れたと思ったら、夢の中までエリカと博士が追いかけてきて、うなされた。なにも知らないお気楽な修一郎が羨ましい。

「ダメだ、死ぬほど眠い。用がないなら、切るよ」

 通話を切ってから新聞がどうとか言ってたっけと思ったが、睡魔には勝てず、仁美は眠りの沼に引きずり込まれていく。心地よくあたたかい沼底にズブズブと沈みかけていた仁美の意識を引き戻したのは、地鳴りのようなどよめきだった。外でなにかが起きている。気になって重い身体を引きずり起こし、窓から覗くと、カメラやマイクを手にした報道陣が、二軒先の博士と夫人の家前へと殺到していた。昨日とは比べものにならないマスコミの数が、とんでもないことが起きていることを物語っている。

 一気に覚醒し、ベランダへ出ようと窓を開け放ったとき、再び修一郎から電話がかかってきた。

「勝手に切るなよ、用があるから電話したに決まってるだろ」

 サンダルをつっかけてベランダに出ながら、仁美は怒りを孕んだその声を遮る。

「今、なんか騒ぎが起きてるから、あとでかけ直す」

 切ろうとした携帯電話の受話口から「ちょっ、待て、待って!」と修一郎の焦りが伝わってきた。

「騒ぎって、二軒隣?」

「うん。博士の家の前に車が停まってて、マスコミが群がってる」

「それ、実況して」

「は? 実況?」

「車って、警察車両? 誰か乗ってる?」

「わかんない。普通の車だけど、中まで見えない……」

 言葉の途中で喧騒がひときわ大きくなり、そこにいる人々の視線やカメラが博士の家の玄関に向いた。彼らの声が届いたのだろう、なにがあった? と修一郎が食いついてくる。

「家から誰か出てくるみたい。ここからだと玄関見えないけど」

 テレビで見たことのあるレポーターの女性が、「博岡さん!」と声をかけた。

「今の声、聞こえた? 博士か夫人が出てくるみたい」

 だが、刑事らしき男に支えられるようにして、玄関から門扉へと続くスロープに現れたのは、体重が百キロを超えていそうなでっぷりと太った人物だった。上下とも薄汚れたスウェットをまとったその男は大勢のマスコミに怯えたのか、怪鳥のような奇声を上げ、ボサボサの頭を搔きむしる。呆然と見つめていた仁美の口から、言葉がこぼれた。

「……誰?」

「おい、なにがあった? 誰が出てきたんだよ?」

 修一郎に訊かれても答えられず、仁美はただ呆然としていた。

 刑事と思われる人たちが暴れる男を押さえてなんとか車に向かわせる。太った男にマイクを向けるリポーターの声が響いた。

〝博岡さん、博岡聡介さんですよね?〟

「は? んなわけないじゃん。聡介君はアメリカだし、っていうか、全然別人だし」

 そうつぶやく仁美の眼下で、他のリポーターも男に「聡介さん」と声をかける。

〝聡介さん、いつからこの家にいたんですか?〟

「だから、聡介君じゃないって」と、突っ込む仁美の耳朶を、修一郎の声が打つ。

「仁美、動画! 動画撮って」

 慌てて操作し、仁美は男が車に乗せられていくところをスマホで撮影する。逃れようと暴れた男が振り返った際、怯えた瞳がこちらを向いたが、やはりどこにも聡介の面影はない。だが、だとしたら、博士と夫人の家から出てきたこの太った男は誰なんだ?

 車が見えなくなるまで撮影し、仁美はすぐにその動画を修一郎に送った。そして、電話が待ちきれず、こちらからかけた。

「見た?」

「見た」

「聡介君の要素、一ミリもないよね?」

「だな」

「ってことは、これ、誰?」

「聡介君だろ」

「は?」

 淡々と答える修一郎に、苛立ちが募る。

「動画見たんだよね?」

「だから、見たって」

「あのキモいおっさんが聡介君なわけないでしょ。今、聡介君の要素一ミリもないって言ったばっかじゃん。それに、聡介君はアメリカにいるんでしょ?」

「いや、別人レベルの衝撃的な変貌を遂げているけど、あれは聡介君だ。今朝の新聞を読めばわかる」

 仁美は階段を駆け下り、いつもどおり食卓の上に置かれた地方紙を開く。かつて琴子が勤めていた新聞社のものだ。

 記事はすぐに見つかった。というよりも、衝撃的なタイトルに仁美の目が吸い寄せられた。

『毒入りしるこ事件、住民も知らない百九人目の関係者』

「……なに、これ?」

 紙面にざっと目を走らせ、理解できずにもう一度最初から読む。それでも、顔を上げた仁美は再び同じ言葉を繰り返した。

「なに……、これ?」

「そこに書いてあるとおりだよ」

 読み終わるまで待っていてくれたらしく、スマホから修一郎の声がした。

「百九人目の関係者は、博岡聡介だ。音無さんがにおわせていたろ」

「噓、琴子さん、そんなこと言ってなかったよ」

「彼女は僕らに彼のことを根ほり葉ほり訊いたよね。僕に、察していると思っていたって言ったのは、そういうことだったんだ」

「で、でも、聡介君はお祭りに来てない」

「ああ。でも自分で手を下さなくても、人を使ってやらせることはできた」

「……博士と夫人?」

「それで警察は彼らをマークしていたんだろうな」

 記事によると、事件後、現場に駆けつけた新聞社のカメラマンが撮影した現場周辺の写真の中に、気になるものがあったという。それは公園に隣接する博岡宅の二階の窓から、現場検証を行う刑事たちの様子を眺める人影だった。一見なにもおかしくはなかったが、この家の住人と照合してみたところ、その太った男の影が、やせ型の博岡聡とも女性である華子とも合致しない。近所で聞き込みをしても、博岡家は夫婦二人暮らしで、一人息子はもう十年以上前に家を出て、現在はアメリカで働いているという。

 では、この男は誰だということになり、写真を拡大して卒業アルバムの写真と照合したり、勤務先に問い合わせるなどして調べる過程で、博岡聡介について様々なことがわかったそうだ。

 幼い頃から神童と呼ばれ、東大の大学院を卒業し、最大手のIT企業に入社してアメリカでバリバリ仕事をしていたはずの博岡聡介は、院卒で就職したところまでは本当だが、仕事で成果が出せず、人間関係にもつまずいて、一年足らずで会社を辞めたらしい。

 その後、アメリカの企業に再就職したのかと調査をしたがそのような事実はなく、博岡聡介は日本を出国すらしていなかった。

 つまり、就職して人生初の挫折を味わった聡介はその直後に実家へ逃げ帰り、そのまま引きこもっていたのではないかと、取材した記者は結んでいた。

 それが事実だとすると、聡介はあの事件が起きた祭りの日だけでなく、もう十年近くずっと自宅に引きこもっていたことになる。

「十年も前から聡介君が二軒隣の家に引きこもっていたなんて、そんなのありえないよ」

「確かに信じられないけど、引きこもりの長期化が問題になってるんだ」

「でも、ひきこもりっていじめとかにあった子供がなるものじゃないの? 聡介君、もう三十代後半のはずなのに……」

 十年前、町中で息子の自慢をしまくっていた博士と夫人は聡介が戻ってきたことを誰にも、会長にさえも知らせることができなかったのだろうか。

 きっと初めのうちは、少し休めば新たな職に就いて活躍すると信じていたはずだ。なにせ聡介は誰よりも優秀だったのだから。少なくとも、その後十年間も引きこもることになるとは、誰も想像できなかったに違いない。

 仁美の記憶の中にある将来を嘱望されていた大学院生だったころの聡介と、さっきの醜く太った中年男は少しも重なるところがない。

 けれど、住民も知らない百九人目の関係者は、博士と夫人の一人息子、博岡聡介だったのだ――。

 それ以降、聡介は堕ちた神童として週刊誌やテレビのワイドショーなどでも取り上げられ、世間を騒がせた。

 十年を超える引きこもり生活で聡介は徐々に精神を病み、あの日、自宅の目の前にある公園で行われた秋祭りがうるさいとキレて、やめさせてこいと両親に怒りをぶつけたという。それは無理だと博士が説得しようとしたが、聡介は聞く耳を持たず、祭りをめちゃくちゃにして中止させるか、このやかましさで俺の頭が割れるか、どちらかだ。おまえらは俺が死ぬことを望んでいるのかと暴れて、夫人を殴りつけた。博士も息子の暴力を止めることができず、祭りをぶっ壊すまで帰ってくるなと家から叩き出され、あの日、ふたりはメーメー公園へ来たらしい。

 半年前にも聡介は近所の飼い犬の鳴き声がうるさくて頭が割れると怒り狂い、ネットで農薬を購入し、夫人に命じて毒物入りの肉を犬に食べさせたという。近所の犬が怪死したのも、彼のせいだったのだ。

 それまで夫人に暴力を振るっていたのも、博士ではなく息子の聡介だったと報じられ、やはりあの温厚な博士が夫人を痛めつけていたわけではなかったのだと、腑に落ちた。 

 夫人は仕事に適応できずに逃げ帰ってきた聡介を庇い、悪いのは彼の力を引き出せなかった会社のほうだと決めつけて、それまで以上に一人息子を甘やかしたらしい。息子にべったりで子離れできていなかった夫人は、また聡介と一緒に暮らせることをどこかで喜んでいたのかもしれない。

 彼女の過剰な愛情が聡介の引きこもりを長引かせ、家庭内暴力へと発展させ、ひいては毒しるこ事件を引き起こしたのだと、小さな町はその話題で持ち切りとなった。

(第12回へつづく)