「はじめてのファイナンシャル・プランナー体験」からほぼ十日後、二度目のオンライン面談を行った。希望すれば予約はもっと早く取れたのだが、私のスケジュールの事情で時間があいた。スタートダッシュが苦手な私らしい進行である。

 約束の当日、またまた定刻に竹内氏(仮名)が画面に現れ、定形のご挨拶が済むと、さっそく彼のプレゼンテーションが始まった。

 今回見繕ってもらったのは医療保険と就労不能保険、そして年金型保険の三つである。

 医療保険は以前から入っていたが、せっかくなので見直すことにした。保険を増やすということは当然掛け金が増えるわけで、同じ保証内容で保険料が安いものがあるのならそっちに乗り換えたい。

 就労不能保険は、今年に入ってから私と似たような境遇、あるいは年齢の人たちに急病が続き、思うところがあっての検討である。これから五十路に分け入ろうとする独身フリーランスが持っておきたい武器だ。

 そして、年金型保険。これが今回のメインタスクであるわけだが、保険だけで老後の二千万を賄うのは最初から無理とわかっている。よって、今回は「備え」の機能に重点を置くことにした。

 そんな方針を立てた上で臨んだ面談、医療保険と就労不能保険は比較的即決できた。それぞれ特徴の異なる複数プランを提案してくれたのだが、説明が非常にわかりやすかったので、自分のニーズに合致する商品をすぐに選べたのである。

 提案された医療保険の保証内容は、どれも今のものとほぼ同じ。だが、死亡保険を外した分、月額が安くなる。

 うち、竹内氏のおすすめは、入院したら日数に関係なく定額が一度に支払われるプランだった。つまり、一日でも一ヶ月でも同じ額の保険金が下りてくるのだ。そして、三週間以上の入院にならない限り、定額一括で貰った方が金額的にはお得になる。

 以前書いた通り、今の日本では長期療養が必要となる疾患以外、三週間以上の入院は稀だ。いわゆる三大疾病――悪性新生物、心疾患、脳血管疾患だけ見ても、平均入院日数が二十日を超えるのは脳血管疾患のみ。くじ運が悪いことでは人後に落ちない私なので、引いたら一番損をする「脳血管疾患」で病院送りになる可能性は大なわけだが、そこはまあ定期的に脳ドックを受けるなりしてなんとか凌げばよろしかろう。

 というわけで、これはあっさり決まった。

 就労不能保険は、二つのプランが提示された。その上で、竹内氏は「フリーライター」という職業特性を鑑みて、障害等級が二級以上つけば給付対象となる保険を勧めてきた。

 片方は保証内容が手厚いものの、完全なる就業不能――寝たきりとか、意識不明みたいな状態にならない限り、保険金は下りない。一方、オススメの方は障害等級二級になったら、たとえ働ける状態でも就労不能と見なされ、毎月定額が支払われる。

 私の場合、最悪でも脳と目と手が使えればなんとか仕事になる。よって、就労自体は諦めなくていいかもしれない。当然、活動量は減るわけだし、できることは限られてくるから、収入はドンと減るだろうが、それを少しでも補填できるならありがたい。あとは貰える額をいくらにするかだが、そこは懐事情との相談になった。備えはあくまで備えであって、今の生活を必要以上に圧迫するのであれば意味がない。

 その辺りも、竹内氏はバランスよく考えてくれていた。もし、自分ひとりでやっていたら、考えているうちにどんどん欲の皮が突っ張ってきて、必要以上の補償をつけ、掛け金の支払いが始まった段になって我に返って青くなる、なんてことになりかねなかった。

 なるほど、専門家に頼むっていうのはこういうメリットもあるのか。

 若いけど、頼りになるじゃないか、竹内くん。

 そして、いよいよ本命、年金型保険の提案が始まった。

 ここまでの経緯を考えると、まあ穏当なプランがくるのだろう。

 と、私は予想していた。

 で、外れた。

 いきなりドル建て保険を勧められたのだ。

 これには驚いた。ドル建てなんて、まったく眼中になかったからだ。

 だって、毎月ドルを買って、それを積み立てていくタイプの保険でしょ? 外国通貨を云々するなんて、マネーゲームが好きな人向けのプランであって、私のような金融知識ゼロのしがないライターはお呼びじゃないんじゃないの? それに、死んだばっちゃん(架空)が言ってた。素人は外為なんぞに関わるもんじゃねえって。

「ドル建て? なんかリスク高そうなんですけど」

 ドン引きを一切隠さず、いきなり不信感を顕にする私。ここに来てインセンティブ重視来たか? ってなもんである。

 だが、竹内氏は「その反応、予想していました」とでも言いたげな表情を浮かべ、言葉を続けた。

「おっしゃる通りです(彼の口癖)。たしかに外国通貨での取引の場合、為替リスクがついて回ります。ですが、それを考慮しても、この商品は円建てよりもおすすめです。円建てのプランも用意しておりますので、ぜひ比較検討してみてください」

 ここから私の大質問大会が始まった。質疑応答は一時間以上に及んだのだが、内容を逐一書くのは控えよう。この時、彼が私に披露してくれた知識の数々は彼の「商品」だからだ。

 結局、最終的に私がもっとも関心を示すことになったのは、死亡保険金が三万ドルも入るプランだった。

 とはいえ、当初この商品は彼のイチオシではなかった。なぜなら彼もまた「独身者はお金を遺す必要ないですよね」派の人間だったからだ。

 だが、それが誤りなのは本論で詳らかにしてきた通りである(突然の論文調)。

 天涯孤独の身で独り死ぬとは、すなわち死の原資をすべて己で賄うことと見つけたり、だ。ホームレスになって行き倒れでもしない限り、どうかすると家族持ちよりしっかりお金を用意しておかなければならない。今のところ「末路は行旅死亡人でもオールオッケー」とまでは悟りきれていない。そこまでは腹が座らないのである。ごくごく当たり前に畳の上で死んでいきたいし、それならば後片付けのお金は用意しなければならない。

 こう主張する私に、竹内氏、流石の飲み込みの早さを見せた。

「なるほど、それならば死亡保険金がしっかりあるほうがいいですね」

 もしかしたら「よくわかんないけど、とにかく死亡保険金がほしい人なのね」とだけ理解したのかもしれない。それならそれでいい。こちらとて理解者を求めているわけではないのだから。

「それでしたら、死亡保険金として三万ドルが出るプランはとてもおすすめです。積み立てていったお金は、どれだけ最悪な条件で推移したとしても、門賀さんが七十歳になる頃には元本以上になります」

 最悪な条件というのは、運用金利がもっとも悪くなった場合、ということらしい。シミュレーションは三パターン出ていたが、竹内氏曰く、この商品の過去の実績を見ても、最悪パターンで推移したことは一度もないらしい。

「もし何らかの事情で保険金を払えなくなった場合は、途中で払済にすることができます。また、突然お金が必要になったけれども、死亡保険はそのままにしておきたいという場合、掛け金の範囲内で融資も可能です」

 なるほど、そういうところは普通の保険と変わらないわけだ。他の面でも円建てと大差ないのに、リターンだけは多そうである。

 だが、それでもなかなか結論を出すことはできなかった。ドル建てリスクを自分で調べたかったのだ。

 その旨、竹内氏に告げたところ、豈図らんやあっさりOKしてくれた。契約を急かすつもりは毛頭ないようだ。一昔前の保険の勧誘員なら、こっちに考える時間を与えずゴリ押し即決させたものだったが……。時代が変わったのか、それとも保険会社の社員ではなく、斡旋業者である竹内氏だからこそ「どうせ入ってくれるなら十分納得してもらってから方がいいや。後でクレームになったら困るし」ってな感じで鷹揚に構えていられるのかもしれない。これもFP相談の良さなのかしら、それとも私の引きが良かっただけなのかしら。

 なんにせよ竹内氏は快く考える時間をくれ、次回の面談時に結論を出すことにした。

 そこから一週間強、私はゆっくりと年金型保険およびドル建て保険について勉強することができた。他のプラン――自分で見つけてサイトでシミュレーションしたものも含め――とも比較検討した。

 そして、決心したのである。

 ドル建てで行こう、と。

 いやあ、まさか自分の人生でドルを資産として持つことになろうとは……。びっくりである。それに、すでに契約済みとなった今でも自分の判断が正しかったのかどうかわからない。なにせ、勉強したのはたかが一週間。本来なら恥ずかしくって「勉強した」とは言えないところだ。だが、そこは半世紀近く生きてきた経験値で補うしかない。

 私は団塊ジュニア、つまりバブル経済を横目で見ながら青春時代を過ごした世代だ。好景気に浮かれる世間を目の当たりにしながら多感な時期を過ごし、いよいよ来年は就職活動となった矢先に泡が弾け、社会の入り口はいきなりジイド先生も吃驚の“狭き門”になった。しかも、そのポータルは天国ではなく地獄に続いていた。

 結局、私たち世代の大卒は、社会人になってからずっと右肩下がりの社会で生きることになった。やれITバブルだなんだと瞬間的に相場が活性化する時期はあったものの、社会全体が浮揚するような好景気はついぞ訪れず、逆にリーマン・ショックのような世界恐慌ではいの一番に不景気の直撃をくらった。

 いわゆる“失われた二十年”はもう“失われた三十年”になろうとしている。株価は回復して好調だといったって、バブル前の水準には到底達しそうにないし、実体経済をまったく伴わない株高なんていつまで続くものやら疑わしい。官製相場なんて話も聞くし、もしそれしか手がないのであれば、日本経済はもうポイント・オブ・ノーリターンをとっくに過ぎてしまったとしか思えない。

 いずれにせよ、少子化の進行を止められなかった我が国は、この先すべてにおいて縮小していくしかない。今のところ、日本円はどの通貨よりも安全だというのが常識だが、果たしてそれもいつまで続くかわかったものではないのだ。

 一方のアメリカは、凸凹はありつつも今なお勢いを失っていないし、景気が悪化したって自力回復するだけの底力を持っている。今後、少なくとも私が死ぬぐらいまでは、自由経済の中心地であり続けるだろうし、ドルは世界の基軸通貨としての地位を失うことはないだろう。最低限の預貯金は円で持っておくとして、いわゆる「備え」に関してはドルでもいいんじゃないか。

 そう思ったのだ。

 為替リスクに関しても、2008年から2012年レベルの円高が今後また起きるとは思えない。さすがに行政も当時の無策に懲りている、と思いたい。イマイチ確信を持てないのが、この国の怖さではあるが……。

 アメリカはゼロ金利政策の解除を決めたとの報道を先日見た。一方の日本はいつ終わるか先行き不透明だ。だとしたら、今後しばらくはドルが買われることになるだろうし、金利でお金を増やすつもりならゼロ金利から脱した国の通貨で運営する商品に乗った方がいいに決まっている。

 素人考え休むに似たり、なのは百も承知だ。専門家が見たらここまでツラツラ書いてきたことなんて臍で茶を沸かすレベルかもしれない。

 だが、それでもいい。

 今は金融商品のプロの勧めと自分の判断を信じるしかない。もちろん、最終責任は自分にある。ただ、株と違って完全なるオケラになることはないのだから、さほど神経質になる必要はない、かもしれないじゃないか。

 とにかく、決めた。

 老後の備えの一部および死亡保険金はドル建てに挑戦してみる、と。

 三度目のオンライン面談では、もう一度質疑応答を重ね、私が検討中に疑問を感じたあれこれについて回答をもらった。そして、毎月の支払い額やら、保証内容などを希望に沿うよう微調整し、最終決定した。

 結局、決めた後の手続きも含めて五回にわたった面談時間は、時間にしてのべ九時間近くはあったと思う。対面では、これだけの時間をかけるのは難しかっただろう。外出の手間がない上、自宅という安全圏で、面談が嫌になったらいつでも逃げられる安心感があったからこそ可能になった長時間面談だった。

 また、提供会社の異なる複数の保険商品を紹介してもらえたのは、竹内氏が所属している会社ならではの特徴であるらしい。その会社は、金融商品であれば、保険商品のみならず投資信託や債券、さらにローンまで扱えるのだそうだ。

 つまり、もし私が多額のローンを抱えていたら、ローン整理の相談もできた。死に場所を決めたいので家を買いたいと言ったら住宅ローンを紹介してくれたことだろう。また、私が「あたくしお金持ちなので投資もしてみたいのよ」って人だったら、投資信託なんかも提案されていたかもしれない。

 一般的に、金融関連の相談窓口といえば保険会社や銀行になるが、基本その会社が展開する商品しか紹介してもらえない。また、街場にある保険紹介所のようなところは、保険以外の金融商品は提案できないそうである。

 竹内氏いわく、彼の会社は日本では新しい業態で、今のところ同様のサービスを行う会社は他にないらしい。私のような金融音痴には「ふーん」でしかない情報なのだが、長年金融畑にいた人にはインパクトのある話、なのかもしれない。

 ステマではないので竹内氏の所属する会社名を明かしはしないが、今回のことでしみじみ実感した。世の中はどんどん変化し、新しいサービスを提供する会社が生まれている。だが、よほどでないと知らないまま終わる。

 年をとってくるとどうしても既知の選択肢から選びがちになるが、従来のサービスでは不十分だと感じているのなら、二十一世紀生まれのサービスを検討するのも一手だ、と。新しいサービスは当然海千山千ではあるが、試してみたら今回のように眼中になかった新しい道を示されることもある。自分の殻を破るのは、いくつになっても楽しい体験だ。

 いずれにせよ、我が家の新たな保険体制は、蓋を開けてみればまったく考えもしていなかった布陣になったわけだが、今のところ非常に満足している。何より嬉しいのは、三万ドルの死亡保険金のおかげで次の道が開けたことだ。

 三百万円あれば、安心して死んでいけるのはすでに書いた通り。これまで原資がないがゆえに躊躇っていた死後事務委任契約先探しに、ようやく取り掛かることができる。

 確かな武器を得て、いよいよ最後の関門に分け入る時が来たようだ。

 おお、遠くから出陣を告げる法螺貝の音がパオンパオンと聞こえるではないか。

 Time has come!

 いざ、鎌倉!

 ……と勢い込んで、気づいた。

 この「鎌倉」、一体どこにあるの?

 ネットで探せば死後事務委任契約の広告はたくさん出てくるけど、あんた、これが信用できないからどうしようって悩んでたんだよね? どこを信用して、どこを信用しないかなんて、どうやって決めるの? 竹内氏みたいな奇特な縁がまた降って湧いてくるとでも?

 突然、慎重派かつ猜疑心の強い疑央子が待ったをかけた。

 だが、疑央子の心配は杞憂だった。

 なんと、驚いたことにまた「縁」が降ってきたのだ。

 どんな縁かって? それはまた次回!

(第31回へつづく)