私の人生には七つの不思議がある。

 その筆頭が他人様から「厳密な金銭管理ができるタイプ」と思われがち、という不思議だ。

 大学時代に入っていた軽音楽部では会計を任された。新卒で入社した会社では二年目に経理部へ配属された。選んだ人たち曰く、「適正を考慮して」お金関係のポジションに私を配置したそうだが、それがどれだけ眼鏡違いであったのか、もし彼らが私のパーソナルヒストリーを撮ったドキュメンタリーでも見れば一目瞭然だっただろう。

 なにせ、子供の頃からハクション大魔王並みに数字が苦手だったのだから。

 なんとかついていけたのは小学校高学年ぐらいまで。中学に入り、平方根が出てきたところで私の算数脳は永久凍土と化した。

 √4が2なのは分かるとして、√2は「無理数」とかって、一体何なんですか? 二等辺三角形にしたら長辺の√2にはちゃんと始点と終点があるのに、数字になると終わりがないなんて、意味わからなくないですか? と脳みそがリフレインで叫んでいた。今でこそ平方根の概念は理解できずとも受け入れているのだが、最初に遭遇した時には音楽を鳴らす宇宙人以上に意味不明と思ったものだった。

 いや、わざわざ日常生活であまり使わない数字に話を持っていかずとも、四則演算レベルですら危うい。三桁になると暗算は無理だ。よしんば計算できたところでケアレスミスが異様に多い。数字や文字の突合作業がとても苦手である。前にも書いた通り、軽度の注意欠如・多動症なのだろう。要するに、とことん金銭管理には向いていない。

 けれども、パッと見そうは見えないらしい。物事を細やかに管理できる計画的な人物と評されたことが一度ならずある。

 けどね、冷静に考えてくださいよ。「物事を細やかに管理できる計画的な人物」が、職業フリーランス、ステータス独身なんて人生を送ると思いますか? どう考えても行きあたりばったりの無計画人間に決まっているじゃないですか。

 そんなわけで、私の人生からはずっと「金銭管理」という項目が抜けて落ちていた。

 当然、家計簿なんてものもまったく付けていなかった。

 そう、たった一年前までは。

 だが、ある災厄が私を変えた。

 いわずとしれたコロナ禍である。

 二〇二〇年三月、緊急事態宣言が発令され、その時点で決まっていた取材仕事が全部吹っ飛んだ。当時はまだ出版各社とも対応策もなにも定まっていなかったので、一律で「人と会う仕事」「遠方に行く仕事」「旅や行楽に関係する仕事」がシャットアウトされたのである。

 最初の一件ぐらいは「まあ仕方ないなあ」で済んだが、二件、三件と続き、一本でひと月の稼ぎの半分ぐらいは賄えるはずだった案件が消えた時はさすがに「あ、詰んだ」と思ったものだった。

 その後、給付金やらなにやらで一息つけるようになったのは数ヶ月後のことで、場合によってはバイトをしなきゃならんのではなどと本気を思い詰めた日々だったわけだが、そこまで切迫するとザル会計一筋何百年の私とて、さすがに出納管理をしないわけにはいかなくなった。

 こうして、生まれてはじめて「家計簿」なるものを付け始めたのである。

 とはいえ、賢い奥様の家計簿のように「人参一袋 280円 お豆腐一丁 100円」と綿密に記録する方式を取れば、たちまち面倒になって三日坊主で終わるのは目に見えている。私も伊達に生まれた時から私と付き合っているわけじゃあない。何ができて、何ができないかは把握している。

 よって、明細はすっ飛ばして、日毎レシート単位で金額を記録するようにした。何品買おうが、一レシートで一件。これだとよほどあちらこちら買い回らない限り、一日の記録件数が五件を出ることはない。さすがにこのぐらいなら面倒がる自分をなだめつすかしつやっていくことは可能だ。また、現金決済は極力やめて、電子マネーかカードで支払いするようにした。この世でもっとも苦手な作業のひとつである「財布内の残高合わせ」をせずに済むし、レシート以外にもログが残る。うっかり捨ててしまっても安心というわけだ。使いすぎに関しては、こまめに記録しておけば防げるので問題ない。むしろポイントが貯まってお得感この上ない。

 家計簿のフォーマットはエクセルでオリジナルのシートを作成した。一応、サラリーマン時代に一般的な帳簿付けに使うレベルの演算式やマクロは覚えたので、それを駆使したのだ。勤め人の生活は気苦労も多かったが、社会人スキルは大いに身についた。人間、やっぱり一度ぐらいは宮仕えをしておくものである。

 月の定額出費は予め別枠に入力し、月初めにシートごとコピーすることで転写の手間を省く。予算は月総額のみ。費用名目ごとに分けるなんていう面倒なことはしない。

 自分の性格など諸々を勘案してひねり出した完全カスタマイズ家計簿である。

 このように徹底して自分仕様に組んだことが奏功し、家計簿つけはなんと一年以上続く結果となった。私史上まれに見る快挙である。

 しかも、途中で何度もアップグレードし、今では家計簿付けがささやかな趣味になりつつある。「継続」「根気」「地道」などの言葉が載らない辞書とともに半世紀近くを生きてきた私である。これを驚天動地の大進歩と言わずしてなんと言おう。

 そして、もう一つ劇的進化があった。

 家計簿つけが趣味になった結果、滑らかにどんぶり勘定放埒経営体制から予算内管理運営体制に移行したのである。

 これがどれほどすごいことか、どうお伝えすればわかってもらえるだろう。

 もちろん、私だって知っている。最初からできる人にとっては、こんなの屁みたいなものであることぐらい。

 けれども、「財布にある金、全部使う」がデフォルトだった人間には相対性理論の発見やアポロ月着陸のインパクトに相当する進歩なのだ。いや、もしかしたら生命誕生と等しいんじゃなかろうか。

 人間、生きてさえいれば五十歳を前にしても飛躍的な進歩を遂げることができる。若い方は言うまでもなく、中年に差し掛かった皆さんも諦めることはない。私にできたぐらいだから、誰にでもできる。

 最近では、翌月の予定がある程度固まったら、事前に固定費のほか、外出時の交通費や食事代なども含めて先に記入しておくようにしている。そうすると、その月に「あといくら使えるか」が判明し、その残りでその月に購入するべきもの、購入できるものが見えてくるからだ。

 さらに、予定金額より支出が少なければ、その分は月末ボーナスとして半分は貯金箱、半分は好きに使えるお小遣いにしている。浮いたお金で買うものは本! とかだとライターとして立派なのだが、私は半端者なのでゲームの課金とか発泡酒じゃない麦酒とか、普段は我慢しているものに使う。私へのご褒美♡がなければ動機づけができない、チャラい人間なので。生きているだけで申し訳ない気分になってくるが、仕方あるまい。意識の低い人間は、これが精一杯だ。

 えらく前置きが長くなってしまったが、こういう経緯があったおかげで、私はファイナンシャル・プランナーの竹内氏(仮名)から投げられた「家計簿はつけていますか?」という問いかけに、胸を張って答えることができた。

「はい、つけています!」と。

 この時、先方のモニター画面に写っていた私の顔は、おそらくドヤ顔のサンプルとしてウィキペディアに掲載されてもおかしくないほどだっただろう。

 だが、竹内氏の反応は軽かった。

「では、月ごとの収支を教えて下さい。まずは収入からお願いします」

 ……ですよね。ファイナンシャル・プランナーなんてお仕事を若いうちから目指すような方ですもの。きっと、小学生の頃からお小遣い帳をばっちし付けていたタイプですよね。いい大人が家計簿つけているぐらい、当たり前ですよね。わざわざ褒めるほどのことじゃあないですよね……。

 軽い失望をそっと胸に秘め、私は一つ一つ質問に答えていった。

 嘘も誤魔化しもなく、ただただ正直に。

 ひとつ答えるたびに、見栄のようなものが剥がれていく感覚があった。私の懐具合のすべてを知られたわけである。ある意味、スッポンポンを見られるよりも恥ずかしい。

 だが、そこは敵もさるもの。ごくごく淡々と分析するだけで、評価は一切口にしない。そうこうしているうちに気づいた。会話において竹内氏は完全に受け身に徹していることに。

 もし、私が「家計簿なんてつけていませ~ん」と答えたところで批判めいたことは一切口にしなかっただろう。話を聞き、整理する。それが彼らにとっての「インタビュー」なのだ。

 同じインタビューでも、ライターの場合、時には相手の発言に疑問を投げかけることもある。特に、ゴーストライティングでは欠かせないテクニックだ。なぜなら、読者が持ちそうな疑問はできるだけ事前に潰し、原稿に反映しておかなければならないからだ。

 一方、竹内氏のような仕事の場合、クライアントの現状把握が一丁目一番地なのだろう。親でも教師でもない以上、引き出した事実がどれほどレ・ミゼラブルであっても、非難する必要はない。だって、それは彼らの仕事ではないのだから。

 きっと新人の頃から傾聴研修とか受けさせられているんだろうなあ。こいつバカじゃね? と思っても顔に出たら大変だし。中には偉そうなクライアントもいるだろうし、きっとストレス溜まるんだろうなあ。若いのにエラいもんだ。

 勝手な妄想で同情している間にヒアリングは無事終了し、竹内氏がポポンと弾いた私の「老後の一ヶ月の最低生活費」は約15万円だった。この数字はまあまあ納得である。私が事前に読んでいた数々の老後生活指南本でも、試算はだいたいそれぐらいだった。

 ただし、これは現在の貨幣価値で測った場合だ。今後いきなりとんでもないインフレが起こり、みるみる物価が上昇するようなことがあれば、あるいは税金や社会保険などがドンと上がれば、もっともっと必要になってくる。

 だが、ひとまずは15万円を基点にして考えることにしよう。でないと始まらない。

 さて、老後資金といえばまずは年金だ。だが、六十五歳からもらえるはずの年金は月10万に満たない。私の場合、途中まで厚生年金に入っていたので国民年金オンリーよりは多少は多いが、それでも必要額の半分いくかいかないか、というラインである。

 ということは、多めに見積もって月8万円は不足することになる。

 65歳から平均寿命85歳前後まで生きると仮定して、不足分を貯金だけで補うと8万円×12ヶ月×20年で1920万円。

 やっぱり2000万円じゃん。

 無理ゲー、はい、終了!

 いきなり投げた私を、竹内氏はさわやかな笑みで励ました。

「確かにあと15年で2000万円満額を貯めようとすると一年に130万円ほど貯蓄する必要があるので、かなり難しいと思います。ですが、最近は六十五歳を過ぎても働く方が増えています。門賀さんは文筆業ということなので、定年はありませんよね?」

 ええ、定年はありませんよ。ありませんけど、六十五歳まで書き続けられるかどうかなんてわかりませんから。十五年後どころか明日にも仕事が無くなるかもしれないんですから。フリーライターなんて吹けば飛ぶよなヤクザ稼業ですから。

 悲観の悲央子が呟く陰々滅々たる言葉を胸に響かせつつ、竹内氏に向かってはとりあえず曖昧に頷いておく。久々登場の怠央子が「え~ッ! 六十五歳過ぎても働かなきゃいけないの? 嫌だよ、さっさと引退したいよ~」と叫ぶのを目の端にやり過ごしつつ、勘定場の金央子を召喚した。今の私が前面に出すべきペルソナは彼女だ。

「そうですね。そこは私の頑張り次第なのだと思います。ですが、この歳になるとやはり健康面で何か問題が出ることもあるでしょう。老後だけでなく、不慮の事態への備えもしておきたいと思っています。だから、老後資金のほか、医療保険の見直しや就労不能保険の検討もしたいのですが、どれがいいのかさっぱりわからなくて」

「承知しました。では、少しお時間をもらって、私の方で門賀さんにぴったりなプランを各社の商品からいくつか探してみます。一週間後にもう一度面談の時間をいただけますか?」

 なるほど。今日いきなり全部を決めなくてもいいんだ。しかも、一社じゃなくていろんなところのを教えてくれるのね。こりゃ助かる。

「あ、じゃあそれでお願いします」 

 ここまででだいたい二時間弱ほど。オンラインなので誰に聞かれるわけでもなく、必要な資料もすぐ取り出せるので事前準備に気を使わなくていい。私のような人間にはもってこいである。

 そんなわけで、翌週、竹内氏が選んでくれた複数の金融商品を比較検討することになった。

 では、さようなら、また来週、とオンライン画面を切ると、ブラウザは面談の評価を星の数で促す画面に変わった。なんとまあ、竹内氏は毎回毎回評価を受けるのか。こりゃ大変だ。ほんと、今どきの若い人は気の毒だよ……。

 そんなことを思いながら、星を全部チェックしてブラウザを閉じた。ワタシ的には今日の面談は大変満足だったのだ。相談料はロハなんだから、これぐらいは報いたい。

 さて、次回、彼はどんな商品を勧めてくるだろう。おそらく彼らにとってインセンティブの高い会社の商品が中心になるのだろうが、だからといってあまりに露骨だと★一つになってしまう。それだときっと何かと不都合があるはずだ。

 その辺のバランス、どう取ってくるのかしら?

 興味津々である。

 ということで、私の「はじめてのファイナンシャル・プランナー体験」はひとまずスムーズに終了した。次回、竹内氏の提案を受けて、ルーズなわりには細かいところにセコくてイマイチ決断力のない金央子はどんな判断をするのだろうか。楽しみである。みなさんもぜひ楽しみになすってください。

 ところで、七不思議の残りの六つは何なんだ、って?

 それは秘密です。思いつきで適当に言っただけだなんて、そんなことは絶対にありませんから安心なすってください。

(第30回へつづく)