人物紹介
仁美…高校二年生。町の祭りで起きた無差別毒殺事件で母を亡くす。
修一郎…高校一年生。医学部志望の優等生。事件で妹を亡くす。
涼音…中学三年生。歳の離れた弟妹を事件で亡くす。仁美たちとは幼馴染。
景浦エリカ…涼音の母。派手な見た目と行動で町では目立つ存在。
仁先生…仁美の父親。町唯一の病院の院長。
成富栄一…大地主で町では一目置かれる存在。町内会長も務める。
博岡聡…成富建設の副社長。あだ名は「博士」。妻に暴力をふるっている疑惑がある。
音無ウタ……息子・冬彦が真壁仁のせいで死んだと信じこんでいる。
琴子……息子の流星と姑のウタと同居している。元新聞記者。
第六話
「それ、仁美ちゃんの家だけじゃないから」
仁美の動揺に気づかず、涼音は言葉を継いだ。
「……だけじゃないって? 涼音、どういうこと?」
「うちの納屋にもあった」
予想外の答えに、思わず「えっ!?」と仁美は叫んだ。
「噓……、パラコートが?」
「うん、事件のあと、おじいちゃんが来て、あらぬ疑いをかけられたら困るって、慌てて持って帰った」
涼音が今住んでいるのは、もともと彼女の祖父が暮らしていた家で、涼音の父が亡くなり、エリカと涼音が東京へ引っ越したあとは、彼がひとりで守っていた。エリカの離婚後、定職についていない彼女の子育てを案じた祖父が涼音たちを呼び戻し、自分は隣町に住む次男夫婦の家に移ったのだ。
「昔はこのあたり、ほとんどが農家で、農地をつぶして住宅を増やしたから、パラコートを持ってる家も少なくないって、おじいちゃんが言ってた」
「それ、本当?」
「うん。畑やってた家ならあるはずだよ。たとえば、音無のおばあちゃんちや成富会長の家なんかも」
涼音の言葉に、仁美の肩からほーっと力が抜けていく。確かに、亡くなった仁美の祖父も、医者をしながら、畑で野菜を育てていた。
「ママがおしるこに農薬なんか入れるわけないって信じてたけど、それでも怖くて……」
安堵する仁美とは対照的に、張り詰めた表情を浮かべ、修一郎が訊く。
「警察は仁美の家で発見されたパラコートの容器の指紋について、なにか言ってた?」
仁美は首を横に振る。父が訊いたが、なにも答えてはもらえなかった。
「ここの家の物置、鍵なんかかかってないだろ?」
「うん、私もそんなとこに、人を殺せる毒物があるなんて夢にも思ってなかった」
「パラコートを所有している家は近所にいくつかあると予想していたけど、まさか仁美やすずのところにまであるとは思ってもみなかった。そんな管理のゆるい状態であちこちにあるなら、毒物の入手ルートから犯人を割り出すのは相当難しいってことになる」
勉強机の椅子に逆座りし、難しい顔で考え込んでいた修一郎が涼音を見た。
「やっぱり、話聞けないかな? エリカさんから」
うつむいたまま、なにも答えない涼音の顔を仁美は覗き込む。
「どうしたの、涼音? エリカちゃん、そんなに悪いの?」
黙ったまま首を振り、涼音は声を絞り出す。
「お酒、飲んじゃってるから」
「えっ? お酒?」
「今日は私が家にいないから、たぶん浴びるほど飲んで、話ができる状態じゃないと思う」
表情の読みづらい顔で、涼音は「ごめんなさい」と頭を下げた。
「え、ちょっと、それ、ヤバくない? エリカちゃんだって危ないところだったのに……」
エリカのことが心配で、仁美はつい咎めるような口調になってしまったが、答える涼音の声には、エリカを案ずる気持ちが滲んでいた。
「お酒が体に良くないことはもちろんわかってる。でもいくら注意しても聞いてくれなくて……、止められないの」
そうか。エリカだって飲みたくて飲んでいるわけではないのだ。母を亡くした仁美がこれほどつらいのだから、幼い我が子をふたりも喪った彼女は、心痛を酒で紛らわせるしかないのだろう。
「でも母から話は聞いた。鍋の番を代わってから、気になることはなにも起こらなかったって」
涼音によると、あのあと、エリカと怜音と萌音がいたテントには、かすみと麗奈、そして、少し遅れて会長が来ただけで、誰も鍋には近づいていないという。
「どうしてエリカさんは時間よりも早くおしるこを配ったんだろう?」
修一郎の問いかけに、涼音は目を伏せたまま答える。
「怜音と萌音には、千草おばさんに頼まれて味見しようとしたとき、ふたりが自分たちも食べたいってねだったから、三人分のおしるこをお椀によそったって」
「……かすみと、麗奈ちゃんには?」
感情を抑え、努めて冷静に尋ねた修一郎に、涼音は少し眉を寄せ、つらそうに話す。
「ちょうどおしるこを怜音と萌音に手渡ししているところにかすみちゃんたちが来て、『私たちももらえませんか』って、麗奈ちゃんに言われて……」
ルールになど縛られないエリカは「OK」と二つ返事で応じ、彼女たちにもおしるこをあげてしまったらしい。
そのあと会長が来て、相手をするのが面倒になったエリカは、子供神輿と一緒に帰ってきた仁を見つけて走り寄ったそうだ。つまり、エリカが助かったのは会長のおかげということになる。おしるこを置いてテントを出なければ、もっと多量の農薬を口にすることになっていただろうから。
「いずれにしても、無人となったテントに侵入した犯人が毒を入れたわけではない、ってことだな」
修一郎の言うとおりだ。テントを離れる前にエリカが配ったおしるこには、すでに毒が入っていたのだから。それを食べた怜音と萌音とかすみが亡くなり、エリカと麗奈は辛くも一命を取りとめた。
五人の状況はわかった。でも、仁美にはわからない。味見を済ませていたはずの母が、なぜまたおしるこを食べたのだろう――?
「母のせいだと思う」
涼音が消え入りそうな声で答えた。
「一瞬でもテントが無人になっていたから、責任感の強い千草おばさんは気になって食べざるを得なかったんだよ」
うつむき、小さくなっている涼音の背中に、仁美は言った。
「責任感っていうか、あの人、めちゃくちゃ心配性だったからね。でも、それは、エリカちゃんのせいじゃないよ」
エリカのせいでも、涼音のせいでも、もちろん修一郎のせいでもない。悪いのは犯人なのに、みんなが自分を責め、つらい思いをしているなんて理不尽だ。
顔を上げると、修一郎が眉間にしわを寄せ、なにやら考え込んでいた。
「どうしたの?」
「えっ? あ、いや、警察の捜査が今どういう状況なのか、探る方法がないか考えてた」
「そっか。私が訊いても教えてくれっこないよね、疑われてるし」
「誰が訊いても警察は捜査情報を明かしてなんかくれないよ。でも本当に疑われているならぐずぐずしてもいられない」
「でも、警察に訊けないんじゃ、どうにもしようが……」
「他にもいるだろ、町内会館の前に群がってた連中とかさ」
「え? マスコミ?」
「ウザくてイラつくけど、ヤツらは情報を持ってるはずだ。こっちが取材に応じるって言えば取引できると思うけど、かすみを売るような真似はしたくないし……」
「だね。私もしつこく追い回されて怖かった。マスコミの仕事、ちょっと憧れてたんだけど、人の心に土足で踏み込むような真似、私にはできないって思ったよ」
「いや、できそうだけどな。すずと僕には無理だけど」
「仁美ちゃん、文章書くのうまいしね」
「文章書くより、リポーターのが似合うよ。他人の家にメシ食いに行く突撃レポとか、大食いチャレンジとか、あと、昆虫の食レポとか」
「私が憧れてんのは、琴子さんみたいな新聞記者だっつーの。なにが悲しくて体張ってバッタとかコオロギとかタガメとか食わなきゃいけないんだよ!」
「ちょっと待て」
修一郎が真顔で仁美を見た。
「今、なんて言った?」
「だから、なんでバッタとかコオロギとか……」
「違う、その前」
「えっと……、憧れてんのは、琴子さんみたいな新聞記者?」
「それだよ!」と、修一郎は目を輝かせる。「音無さんから警察の捜査状況を聞き出せるんじゃないか? あの人、地元の新聞社に勤めてたんだろ?」
「そうだけど、もうずいぶん前に辞めちゃってるよ」
「辞めていようがなんだろうが、この町に住んでる元社員に新聞社が接触してこないわけがない。音無さんは住民の情報とかいろいろ訊かれているはずだし、その流れで捜査状況もある程度入ってきていると思う。ただ、すべてを正直に話してくれるかどうかはわからないけど……」
「どうして? 琴子さん、いい人だよ」
「いい人でも、身内が犯罪に関わっていたら、隠すだろ」
「あ……、音無のおばあちゃん?」
「身内が容疑者のひとりなら、新聞社は百パー彼女に接触してる。ばあちゃんについては話半分で聞くとして、試してみる価値は十分あるよ」
「でも……」と、涼音が心配そうな声を出した。
「仁美ちゃん、大丈夫? また音無のおばあちゃんになにかされちゃうんじゃない?」
祭りのときのウタがよほど怖かったのだろう、涼音は自分の身体を両手で抱いた。
「大丈夫だよ。家に行ったら、怒鳴られるだろうけど、内緒で琴子さんに出てきてもらって外で会えば。逆におばあちゃんのせいで迷惑をかけてるって思ってくれてるから、協力してもらえるかも。琴子さん、きっともう警察から帰って来てるよね」
仁美はすぐに携帯で琴子の番号を呼び出し、電話をかける。
「仁美ちゃん、琴子さんの携帯番号知ってるの?」
「おばあちゃんがトラブル起こしたときのためにって、前に番号交換してたから」
長いコール音のあとで、「はい」と緊張した音無琴子の声が受話口から聞こえてきた。
「あ、真壁仁美です。琴子さん、今、ちょっといいですか?」
「もしかして、また義母がなにか?」
「え? ああ、違う違う。おばあちゃん関係なく、電話してます」
「よかった。またご迷惑をおかけしたのかと思って」
安堵の息を吐く琴子に、少し時間をつくってもらえないかと、仁美は用件を伝えた。
「……え、本当ですか? 助かります。ありがとう。それじゃあ、明後日」
電話を切った仁美は、ふたりにピースサインを掲げる。
「琴子さん、明後日なら時間つくってくれるって。明日は街に行く用事があるって言ってたから、新聞社に行くんじゃないかな」
「おー、元上司だか同僚だかから情報を聞いてきてくれたら、こっちにとっても好都合だ。問題はどこで話を訊くかだな。マスコミの連中がやたらとうろうろしてるから」
「うちのツリーハウスはどう?」
「ツリーハウス、懐かしい! 行きたい!」
涼音の提案に、仁美は思わず声を上げてしまった。彼女の家の裏庭には童話に出てきそうなツリーハウスがある。今は亡き涼音の父が娘のために建ててくれたもので、幼いころ仁美たちの一番のお気に入りの場所だった。
「あ、でも、四人だとちょっと狭いかも。それに、琴子さんに失礼かな?」
「大丈夫だよ、いけるよ」
「うん、ツリーハウスいいんじゃないかな」と、修一郎も仁美に賛同してくれた。
「琴子さん、おばあちゃんや流星の世話があるんだから、遠くに呼び出されるより隣の家の裏庭のほうがなにかあったときすぐに帰れて安心なはずだよ。それに、すずも」
修一郎の言うとおり、涼音も今はできるだけエリカのそばにいてあげたほうがいい。
「よし、じゃあ、明後日はツリーハウス集合ね! あとで琴子さんに都合のいい時間訊いて連絡する」
「わかった。それじゃ、今日はこれで解散」
「あ……、私、母のことが心配だから先に帰るけど、修一郎君はゆっくりしていって」
「なんで?」
「ほら、マスコミの人がいるかもしれないから、一緒に帰らないほうがいいと思って」
そう言って帰りしな、涼音はめずらしくちょっと意味ありげな視線を仁美に投げた。
仁美と修一郎がふたりきりになれるよう、さりげなく気をきかせてくれたのだ。
せっかくの計らいだったが、修一郎にはなにも伝わらなかったようで、時間差をつけたからよしとばかりに、涼音が帰ってきっかり五分後に「じゃあ、また明後日な」と手を振り、出ていった。
その背中を見送りながら、仁美は深いため息をつく。
祭りのあと、修一郎がふたりきりでなにを話そうとしたのか、結局、その日も聞けずじまいだった。
遅くに帰宅した父は疲れ切っていて、医師ではなく患者のように顔色が悪かった。
「お父さん、大丈夫? そんなに忙しかったの?」
「ああ、いろいろやらなきゃいけないことがあってね。ごはん、ちゃんと食べたか?」
「うん、涼音がスープ作ってくれたから。食べるでしょ? 温めるね」
「いや、いい。昼が遅かったから。涼音ちゃんが来てたのか」
「うん、涼音と修一郎が。あ、そうだ、涼音から聞いたんだけど……」
パラコートを所有しているのはうちだけではないと話すと、父はその場に座り込んでほーっと長い息を吐き、安堵の表情を浮かべた。なかなか立ち上がらない父に、思わず訊く。
「お父さん、疑ってたの……、ママのこと?」
「な……、そんなこと、あるわけないだろ」
「腰が抜けたみたいになってるから」
「ちょっと疲れただけだよ」
やはり四人を救えなかった自責の念が、父を追い詰めているのだろうか。母がいてくれたら、体に優しい手料理で父を癒せたはずなのに……。
「お父さんまで倒れないでよね。そんなことになったら、この町のみんなが困るんだから」
父はふっと疲れた笑みを浮かべた。
「あ、そうだ、時間があったら、エリカちゃんのところへ行ってみてくれない?」
「え……?」
父の顔から笑みが消え、代わりにぎょっとしたような表情が浮かぶ。
「どうして?」
「いや、エリカちゃん、涼音が止めても、お酒飲んじゃってるらしくて心配だからさ」
「あ……、ああ、そうか。わかった。わかったから、仁美は心配しないで早く寝なさい」
仁美の肩をいたわるようにポンと叩き、階段を上っていく父の全身から疲労がにじみ出ていた。
二日後、久しぶりに気持ちよく晴れ渡った空の下、仁美は景浦家の門扉を開けて、琴子を迎え入れた。
「琴子さん、忙しいのに来てくれてありがとう。おばあちゃん、大丈夫でした?」
「ええ、今、裏山に山菜採りに出かけたから、しばらくは。でも、どうして景浦さんのお宅なの? エリカさんも一緒にお話を?」
「ううん、エリカちゃんはまだ体調が戻らなくて」
「そう」と、琴子は顔を曇らせた。
「お隣だし、なにか料理をつくってお持ちしようかとも考えたんだけど、あんなことがあったあとだし、かえってご迷惑になるんじゃないかと思って……」
やはり琴子さんはこの辺りのおばちゃんたちとは違う。彼女のように受け取る側の気持ちを察してくれたら、もらった煮物を箸もつけずそのまま捨てることに罪悪感を覚えずに済んだのに……。
「大丈夫。涼音は料理がうまいから。私は全然ダメだけど」
「あら、私も決してうまくないわよ。つくるのは素材頼みのシンプルな料理ばかりだし」
琴子さんらしい、と、仁美は思う。
ノーメイクに近い薄化粧、後ろでひとつに束ねた黒い髪、そして着心地の良さそうなゆったりとした白いシャツにシンプルなベージュのパンツを合わせた服装からも、彼女がナチュラル志向であることが見てとれる。
日々、丁寧な暮らしを心がけていそうな彼女の柔らかな雰囲気からは、新聞記者というかつての職業が意外に映るけれど、眼鏡の奥の瞳は理知的で、芯の強さがうかがえる。
「あ、琴子さん、玄関じゃなくて、今日は裏庭のほうで」
「裏庭?」
「こっち、こっち」
仁美の案内で裏庭の木々の中に可愛らしいツリーハウスを見つけ、琴子は目をみはった。
「すごいでしょ。涼音のお父さんがつくってくれて、子供のころ、私たちの秘密基地だったの」
「音無さん、いらっしゃい」
窓から手を振る修一郎と涼音を見て、琴子は驚きをあらわにする。
「あ、言ってなかったけど、あのふたりも一緒にいいですか?」
「え、ええ、もちろん。ごめんなさい、ちょっとびっくりしちゃって。私、高いところがあんまり得意じゃないものだから」
「えっ? そうだったんですか?」
「だったら、ここつらいですよね。場所変えましょう」
琴子を気遣い、降りてこようとした修一郎を、彼女は慌てて止めた。
「ううん、もっと高いと足がすくんじゃうけど、このくらいならなんとかなりそう」
無理しているのではと心配だったが、琴子はしっかりとした足取りで梯子段を上り、頭がぶつからないよう身をかがめてツリーハウスに入ると、涼音が用意したクッションに腰を下ろした。
「琴子さん、気分悪くなったら言ってね。すぐに場所変えるし」
梯子を上りながら仁美が声をかけると、琴子は「ありがとう」と笑顔をみせた。少し緊張しているようだが、大丈夫そうだ。
「ツリーハウスなんて、生まれて初めて。木々に囲まれて本当に秘密基地みたいね」
「でも、やっぱり四人だと狭かったですね」
ペットボトルのお茶を手渡しながら、涼音が表情を動かさずにつぶやく。琴子の隣に仁美が、向かいに修一郎と涼音が座り、膝を突き合わせるような恰好になった。
「そんなことないわ。気持ちのいい風が通って快適だし。素敵なご招待、ありがとう」
「こちらこそ、お呼び立てして、すみません」
一礼する修一郎に倣い、仁美も涼音も頭を下げた。
「私、おふたりも一緒だとは思ってなくて、この度は本当に……」
襟を正してお悔やみを述べようとした琴子を、修一郎が止める。
「音無さん、葬儀の際はいろいろとありがとうございました。それで、今日は僕らに協力してほしくて……」
言葉の途中で顔を上げた修一郎は、琴子の姿に目を見開き、言葉を呑んだ。膝の上で結んだ彼女の両手がぶるぶると震えている。その震動が体の深いところにあった感情を押し上げたかのように琴子はポロポロと涙をこぼし始めた。
「琴子さん、大丈夫?」
高いところへの拒否反応が出たのではと仁美は驚いて声をかけたが、琴子は取り出したハンカチで目頭を押さえると、体と同じように震える声を喉の奥から絞りだす。
「ごめんなさい。ご家族を亡くされた皆さんの気持ちを考えたら……」
声を詰まらせた琴子もまた、四年前に夫を亡くしている。大切な人を喪うつらさを知っているからこそ、感情が抑えられなくなってしまったのだろう。
「琴子さん……」
思わずもらい泣きしながら、仁美は彼女が落ち着くのを待った。
「本当にごめんなさいね。千草さんにはいろいろと良くしていただいて、教わることが多かったし、かすみちゃんはうちの流星と仲良くしてくれて、本当にいいお嬢さんだった。可愛いかった怜音君と萌音ちゃんの声もお隣から聞こえてこなくなってしまって、まだあんなに小さかったのにどうしてこんなことに……って……」
「音無さん、そう思ってくださるなら、亡くなった四人のために協力してもらえませんか」
修一郎の言葉に、琴子は涙を拭いながら「協力? 私が?」と、怪訝な顔で訊き返す。
「私にできることがあるなら……、それはもちろん力になりたいけれど」
「ありがとう、琴子さん。私ね、警察に疑われてて、このまま逮捕されたらどうしようって思ってたの」
「えっ、仁美さんが? なんで?」
「そんな話、出てなかったですか? 音無さん、昨日、昔勤めていた新聞社の方と話をされたんですよね?」
「ええ、元同僚と。でも、そんな話は、聞いてないわ。警察は相手が誰であれまず疑ってかかるから、仁美さん、気にすることないと思うわよ」
修一郎から仁美に視線を移し、そう言い切る琴子は、今まで泣いていたのが噓のように頼れる大人の顔をしていた。
「それに、本当に疑われているなら、嫌というほど事情聴取されてるはず。うちの義母がそうだったようにね。仁美さんたちに迷惑をかけてしまったから、仕方ないけれど」
「失礼ですが、音無のおばあちゃんの疑いは晴れたんですか?」
修一郎の質問に、琴子は静かにうなずく。
「だと……思いますよ。警察が家中探したけれど、農薬なんて見つからなかったから」
「え?」と、声を上げたのは涼音だ。
「でも、音無のおばあちゃん、ずっと畑仕事をされてましたよね?」
「ええ、確かに昔は農薬も使っていたわ。でも、舅が亡くなって私が同居したとき、説得してすべて処分してもらったの。流星に安全なものを食べさせたかったから。今は私も手伝って、無農薬で野菜を育てているのよ」
「無農薬?」と修一郎が首を傾げる。「それで、昔と同じように作物が育てられているんですか?」
「まさか、それは無理だわ。でも今は自分のところで食べるぶんしか畑はやっていないから」
舅の死後は、農地だった場所を一部だけ残して人に貸し、生計を立てているらしい。
音無のおばあちゃんが犯人ではなかったとわかり、仁美はホッと息を吐く。もしも彼女が鍋に毒を入れていたなら、そばにいたのに気づけなかった自分の責任も大きいと思っていたのだ。でも、だとしたら、いったい誰が……?
「音無さん、不躾な質問ですが……」と、修一郎が真顔で琴子を見た。「……音無さんは、誰が鍋に毒を入れたと思っていますか?」
琴子はぎょっと目を見開き、しばし考えてから口を開いた。