「恋するぅ~フォ~チュンクッキぃ~未来はぁ~そ~んな悪くないよ~ヘへ~へ~イ~」
 直美が両手でハートを作りながら、国民的アイドルグループのヒット曲をノリノリで歌っていた。
 ヘヘ~ヘ~イの件で直美は、祝!「歌謡曲」 10周年! と書かれた襷をかけた分厚い大胸筋をピクピク動かしつつ腰を回していた。
「やだ~、直ちゃんったら! 気持ち悪ぅ~い!」
 譲二の太腿をバシバシと叩きながら、春江が大笑いした。
 春江の目尻からは、涙が溢れていた。
 十五坪ほどのこぢんまりした店内は、常連客やお祝いにかけつけた他店のホステス達で賑わっていた。
 どの顔もこの顔も、とても愉しそうだった。
「よく、あんな呑気に歌える気分になるよな……」
 ステージ正面のボックスソファに座る譲二は、暗鬱な顔でため息を吐いた。
 
 ――私の生きる世界では、堅気になりチョコレート専門店に転身した直さんより『東神会』の若頭である私のほうが格上だと思いますがね。
 ――やっぱり、歌舞伎町からあなたを排除しなければならないことをね。
 
「ルージュスター」のVIPルームで海東が直美に放った言葉が、次々と譲二の脳裏に蘇った。
 直美が四人のボディーガードを目の前で半殺しにしたというのに、海東はまったく動じていなかった。
 
 ――直さんに伝言を頼む。
 ――伝言って……なんですか?
 ――百獣の王も銃弾の前では呆気なく仕留められることをお忘れなく……ってな。
 
 直美を恐れるどころか、脅迫めいた伝言までしてきた。
「プリーズ、プリーズ、プリーズ、オーベイビぃー~私も見て」
 直美は、私も見て、の歌詞に合わせて人差し指と親指で作った輪を右目で覗き込む振り付けまで完コピしていた。
 ふたたび、譲二は長いため息を吐いた。
 直美に伝言など、できるはずがない。
 そのまま伝えてしまったら、「歌謡曲」を飛び出し数分後には「ルージュスター」に乗り込むだろうことは火を見るより明らかだ。 
 だからといって、このまま黙っていたら直美が危険に晒されてしまう。
 知らせても危険、知らせなくても危険……いったい、どうすればいいのだ?
「春江ママ! おめでとう!」
 巣鴨のピンサロ嬢の好子が赤い下着姿でテーブルに立ち、股に挟んだシャンパンの栓を抜いた。
「あらあらあら~、勢いよく溢れちゃった~。譲二ちゃん、こんなに早くだめじゃな~い」
 好子が、泡が溢れ出すシャンパンボトルの首を卑猥な手つきでこねくり回しつつ、譲二に色目を使った。
「え!? 俺ですか!?」
 譲二は、己の顔を指差した。
「こんなにいっぱい出しちゃってぇ~、おねえさんが、きれいにしてあげるぅ~」
 好子が譲二をみつめ、ボトルから溢れ出す泡を舐め取り始めた。
「やめてください……それに、おねえさんって……孫が生まれてもおかしくない年なのに……」
 譲二は、ぶつぶつと呟いた。
 たしか好子は、あと数年で還暦を迎えるはずだ。
「失礼ね! 女はいくつになっても乙女なんだからね!」
好子がボトルを振り、噴出したシャンパンの泡を譲二の顔面に浴びせた。
「そうよ! 私達は永遠のセブンティーンよ! みんな、失礼なパンチ坊やにお仕置きしましょう!」
 ピンクのドレスにツインテールの四十路女――歌舞伎町のソープ嬢の愛子と、スクール水着姿のおっぱいパブ嬢の五十路女――園子が、譲二の膝の上に乗り競うように顔に舌を這わせた。
「ちょっ……なにするんですか……や、やめて……やめて!」
 恐怖と怖気に裏返った声で、譲二は叫んだ。
「下のヘアもパンチパーマなのかしらん?」
「あら、厳つい顔した亀さんを飼ってるの?」
 園子と愛子の手が、譲二の股間を弄り始めた。
「うわっ……」
 譲二は、ボックスソファから転げ落ちた。
 常連客から、拍手喝采が沸き起こった。
「おい、譲二!」
 ハウリング混じりの野太い声――マイクを手に仁王立ちした直美が、不機嫌な顔で譲二を睨みつけていた。
「ど……どうしたんですか?」
 尻餅をついたまま、恐る恐る譲二は訊ねた。
「どうしたもこうしたもねえ! せっかく俺が『恋するフォーチュンクッキー』を 歌ってやってるのによ、おめえが女どもとイチャつくから観客の興味がそっちに向いたじゃねえか!」
 直美が、唾液とともに怒号を飛ばしてきた。
「イチャついてなんかいませんよ~。おばさん達に舐められて触られて……俺は被害者ですからっ」
 譲二は、半泣き顔で訴えた。
「あらあらあら~、譲二ちゃん? いま、なんて言ったのかな~? まさか、おばさんなんて言ってないわよね~ぇ?」 
 好子が、腕組みして譲二の股間をヒールの踵で踏みつけた。
 かなり酔いが回っている春江は、譲二を指差し大笑いしていた。
「痛っ! 春江さん、笑ってないで助け……」
 園子が譲二の顔面に屈み、スクール水着からはみ出た垂れ下がった臀部を押しつけてきた。
「俺は帰る!」
 直美の声に、譲二は園子を退かそうと手足をバタつかせた。
 好子に股間を踏まれているので、思うように力が入らなかった。
 直美の地響きのような足音が耳元を通り過ぎ、次第に遠のいてゆく……
 譲二は両腕の筋肉に力を総動員し、園子の身体を押し退けた。
 水面に口を出し酸素を貪る金魚のように、譲二は呼吸した。
 次いで慌てて首を巡らせたが、直美の姿はなかった。
「直さん!」
「待ちなさい!」
 立ち上がり直美を追いかけようとした譲二の前に、ワインボトルを手にした春江が立ちはだかった。
「どいてください。直さんを追いかけないと……」
「ウチの十周年記念を、あんたら師弟揃って祝わない気!?」
 春江が据わった眼で言いながら、ワインボトルを譲二の鼻先に突きつけた。
「す、すぐに戻ってきますよ。直さんの機嫌を損ねちゃったので……」
「ほっときなさい! だいたいねぇ、カラオケで歌を聴いて貰えなかったから拗ねて帰るなんて、脳みそが小学生かっつーの! それにねぇ、あんな熊ゴリラの恋するなんちゃらなんて、一万円貰っても聴きたくないっつーの!」
 酔いのせいか、春江の口はいつも以上に悪かった。
「わかりました……残りますから、もう、さっきみたいなことは勘弁してください」
 譲二は、遠慮がちに言った。
「さっきみたいなことって、こういうこと?」
 好子が、譲二の股間を握り締めた。
 譲二は、悲鳴を上げてフロアの隅に逃げた。
「好子ちゃん、若い男の子の身体に飢えてるのはわかるけど、そのへんにしてあげて。じゃないと、譲二坊ちゃんが泣いちゃうからさ~」
 春江が、股間を両手でガードし怯えている譲二を指差しおちょくった。
「帰ってきてよ~直さん、こんな地獄絵図に俺を一人で……」
 ドアチャイムが、譲二のぼやきを掻き消した。
「ほら、譲二君の救世主が戻ってきたわよ~。お帰り~直ちゃん、もう機嫌は直った?」
 春江が言いながら、出入口に向かった。
 譲二は、胸を撫で下ろした。
「申し訳ありませんが、今夜は貸し切りになっていますので」
  春江が客に説明している声が聞こえた。
「なんだ、直さんじゃないのか……」
  譲二が呟いた瞬間、怒声が聞こえた。
「ちょっと、待ってよっ、貸し切りだって言ってるじゃない!」
 怒声が大きくなり、複数の足音が近づいてきた。
 ほどなくして、五人の男がフロアに現れた。
 みな、まだ若い。
 譲二と同じくらいの歳もいれば、十代に見える少年もいた。
 スカルのスパンコールの刺繍が背中に入った黒のパーカーに黒のスエットパンツ――五人の揃いのファッションを目にした譲二の鼓動が早鐘を打ち始めた。
 彼らが身に纏うスカルファッションは、「東京倶楽部」のユニフォームだった。
 全員が、不自然なほど褐色の肌をしていた。
「なんだ、化け物とおっさんしかいねえじゃん」
 金の顎髭男が、店内を見渡し嘲った。
「こんなお化け屋敷、よく十年も続いたよな~」
 百キロは超えていそうな柔道家体型の男が、店内に飾られた花スタンドの造花を毟り取った。
「化け物とかお化け屋敷とか、ガキが好き勝手なことを言うんじゃないわよ!」
 好子が、半グレ達を一喝した。
「おいおい、見ろよ! スルメババアが赤いブラとパンティつけてるぜ!」
 左右を金と銀に染め分けた坊主男が、好子を指差し嘲笑した。
「好子ちゃんを、馬鹿にするのは私が許さないよ!」
 園子が、金銀坊主男に詰め寄った。
「マジか……スク水なんて着やがって、てめえ、公害だぞ!? コーガイ! 近寄るんじゃねえ! 変態がうつるだろうが!」
 金銀坊主男が、園子を突き飛ばした。
 助けに行こうとしたが、足が竦んで動かなかった。
 怖がっているのではなく、状況を見極めているのだ。
 譲二は、自らに言い聞かせた。
 相手が「東京倶楽部」とわかった以上、迂闊に動けない。関東の半グレ集団で最大勢力と言われる「東京倶楽部」のリーダーは工藤真という男で、盃こそ交わしていないが海東の寵愛を受けていた。いわゆる、「東神会」の準構成員というやつだ。
 譲二がヒーロー気取りで無闇に動けば、直美が巻き込まれてしまう。海東は、直美に喧嘩を売るきっかけを探しているに違いない。
 
 大義名分を掲げて正当化しているが、半グレ集団を恐れているだけだろう?
 
 脳内で、嘲る声がした。
「君っ、レディになにをするんだ!」
 常連客の一人……五十絡みの中年男が、園子の肩を抱き寄せ金銀坊主男に抗議した。
「バーコード禿ぇ~っ、タイキーック!」
 痩せマッチョの茶のロン毛の男が、中年男の尻に回し蹴りを浴びせた。
 中年男が園子に覆い被さるように俯せに倒れた。
「お! ベッドシーンか!」
 右耳にシャネルのピアスを嵌めた男が、中年男の頭髪を鷲掴みにして園子とキスするように押しつけた。
「や、やめろ……なにを……するんだ……。僕達は……そういう関係じゃない……」
 中年男が、園子の唇に触れないように必死に抗った。
「照れなくていいから、チュウしろよ!」
 シャネルピアス男が、中年男に馬乗りになった。
「譲二君、なにやってるのよ! 徳さんと園子ちゃんを助けてよ!」
 フロアの隅で傍観していた譲二のもとに、春江が駆け寄ってきた。
 徳さん……徳永は、中学校の教諭だと春江から聞かされていた。
「い、いま、直さんに電話を……」
「なに言ってるのよ! 直ちゃんを待ってる間に、店をめちゃめちゃにされちゃうわよ! 早く、譲二君があの半グレガキをぶちのめしてよ! 譲二君は元『東神会』の組員だから、奴らにビシッと言えば言うこと聞くから!」
「そうだよっ、譲二君! あいつらは『東神会』の手下だろ!? だったら、譲二君の舎弟も同然だ。鶴の一声で止めてよっ」 
 別の常連客……居酒屋店主の橋田が、春江に追従して譲二を煽った。
「でも、俺は現役じゃありませんから『東神会』の代紋を出すわけにはいきませんよ。それに直さんから、お前はもうショコラティエだから、代紋を口にしたら絶縁すると言われてるんです」
 直美に「東神会」の組員だった過去を口にするのを止められていることを口実に、譲二は自分が逃げているのはわかっていた。
 直美を前にして一歩も引かない海東の子飼いの半グレどもが、影の薄い平組員だった譲二の言葉に従うとは思えない。
 だからといって、指をくわえて見ているわけにもいかない。
 ほかに常連客は四、五人ほどいるが、徳永と園子がされているのを遠巻きにするだけで助けに入ろうとする者は皆無だ。
 彼らを卑怯者と非難する資格は、譲二にはなかった。
「私は……君達の父親くらいの年齢だぞ!? こんなことをしたら……」
「だからなんだよ? さっきから、バーコード禿のくせにカッコつけてんじゃねえよ! おっさんにお似合いのヘアスタイルにしてやるから!」
 俯せの徳永に馬乗りになっているシャネルピアス男が、ニヤニヤと笑いながら両手で残り少ない頭頂部の毛髪を毟り始めた。
「や、やめてくれ! 髪の毛は、やめてくれー!」
 それまで冷静さを保とうとしていた徳永が、初めて取り乱した。
 あっという間に、徳永の頭頂部は落ち武者のように禿げ上がった。
「なんだこりゃ! ウケるんだけど!」
「このおっさん、リアル波平だ!」 
「おいおい、こいつ涙目になってんじゃね?」
 顎髭男、金銀坊主男、茶ロン毛男が爆笑しつつ、徳永の頭頂を我先に叩いた。
 三人とも二十歳そこそこで、徳永は息子から屈辱を受けているようなものだ。
「スク水ババアにフェラさせるから、誰かこいつのズボンとパンツを脱がしてくんない?」
 シャネルピアス男が言うと、柔道体型男と顎髭男が嬉々とした表情で徳永のベルトを外し始めた。
「待てっ……なにをする気だ……待ってくれ……頼むから……こんなこと、やめてくれ!」
 徳永の涙声の訴えも虚しく、三十秒とかからずにパンツとブリーフを脱がされた。
「おっさん、頭は禿げてんのにさ、ちん毛はボーボーじゃん!」
「おーい、ちんこはどこですかー? ちっちゃ過ぎてちん毛に埋もれてわかんねーよ」
 顎髭男と柔道体型男が、徳永を辱めた。
「おっさんのしょぼいちんこを勃起させるから、そこをどいてくれ」
 柔道体型男が、徳永に馬乗りになっているシャネルピアス男に言った。
「おっ、もしかしてフェラさせんのか?」
 シャネルピアス男が、弾む声で言いながら立ち上がった。
「ビンゴ!」
 柔道体型男が、軽々と徳永を抱え上げた。
「やめろ……お願いだから……やめてくれ……」 
 徳永がバタつかせる左右の手足を、金銀坊主男と茶ロン毛男が拘束した。
「あなた達……なにをする気? だめよ……だめだめ……」
 園子が顔を横に背けた。
「だめよだめだめじゃねえよ! フェラなんて久しぶりだろ? 俺らに感謝しろよ! スク水ババアの顔を押さえてくれ」
 金銀坊主男に指示された顎髭男が、園子の顔を真上に向かせ両手で固定した。
「じゃあ、おっさんのしょぼいちんこを、スク水ババアの口に突っ込むぞ! ゆっくり腰を落とせ!」
 シャネルピアス男の号令に、徳永を支える三人が腰を沈めた。
「あんた達、いい加減にしなさい! 神様は、あんた達の悪行を全部見ているのよ!」
 業を煮やした好子が、制止に入った。
「引っ込んでろっ、スルメババア! 俺らの悪行より、てめえの赤いブラとパンティ姿のほうが神様も許せねえよ!」
 シャネルピアス男が、好子を突き飛ばした。
「好子ちゃん、大丈夫!?」
 春江が好子に駆け寄り、譲二のもとに引き摺ってきた。
「譲二君! なんで放っておくんだよ! 早く徳さんを助けてくれよ!」
 橋田が譲二の腕を引っ張った。
「譲二君っ、橋さんの言う通りよ! あれが見えないの!? 好子ちゃんまでこんな目にあってるのよ!? 早くっ、早く!」
 春江も、譲二の腕を引っ張った。
「さっきから、言ってるじゃないですか! 俺だってそうしたいけど、『東神会』の代紋を出すわけにはいかないって!」
 譲二は、逆ギレ気味に言うと二人の手を振り払った。
「そんなこと言って譲二君、もしかしてあいつらのことが怖いんじゃないでしょうね!?」
「え!? そうなのかい!? 譲二君は『東神会』の組員だったのに、半グレどもを恐れているのか!?」
 春江と橋田が、譲二に疑念の眼を向けてきた。
「え? 俺があのガキ達を!? そんなわけないでしょう」
 強張る表情筋を従わせ、譲二は平静を装った。
「だったら、すぐに止めてよ! 直ちゃんがどうのこうのとか、そんなことを言ってる場合じゃないわ! ほら!」
 春江の指先を、譲二は視線で追った。
 園子が引き結ぶ唇に十センチのところまで、徳永の縮み上がったペニスが迫っていた。
「わかりました……止めてきますよ」
 譲二は肚を括った。

(第8回へつづく)