第三章

一(承前)

 港の船大工たちにフェルナンデスの家の場所を尋ね、龍之進は、彼の家へ向かった。フェルナンデスの家の前の通りの先に、聖パウロ聖堂が見えた。

 玄関の前に立った時、竹籠を抱える唐人の召使いが出てきた。フェルナンデスは不在で帰宅はいつになるかわからない、船出の予定も近日中にはないという。フェルナンデスの行くあてを尋ねると、司教館か倉庫か娼家だろうと召使いは答えた。それぞれの詳しい場所を訊き終えたところで、聖パウロ聖堂のほうから万吉がこちらにやってきた。

「龍王、藤九郎は見つからなかったよ。知人の職人の家に身を寄せていたけど、三日前に出ていったってさ。マカオを出るかもしれないと言ってたって。今日の昼過ぎに、借金を返しに藤九郎が来たと言ってたから、龍王が会ったのはその帰りだったんじゃないかな。他もあたってみたけど、藤九郎はどの家にも世話になってなかった」

 万吉と龍之進のやり取りをちらりと見た後、召使いはそそくさと出かけていった。

 万吉は、目の前の家を見上げた。「ここが、そのポルトガル商人の家? 立派だね」

「フェルナンデス船長は、羽振りがよさそうだね。フェルナンデスは当分マカオにいるようだから、藤九郎もまだマカオのどこかにいるはずだ」

「でも、日本人街にはいなかった」

 龍之進は、少し考え込んだ。「前金をもらってそのまま姿を消す人もいるかもしれない。フェルナンデスは、とりわけ唐人や日本人を信用していないから、念のために対策を取っていると思うんだ」

「そういえば、藤九郎からお金を返済してもらった職人が話してたんだけど、藤九郎がお金を返しにきた時、表で男が待っていたって」

 さっき自分が会った時も、藤九郎の近くにいかつい男がいた!

「逃げ出さないように、見張りがついているんだ。ということは、集められた人たちは監視されているということか……」

 龍之進は、目の前のフェルナンデスの家を見上げた。

「この家か……いや、ここは人目につきやすいな。よし、フェルナンデスの倉庫へ行ってみよう」

 黄昏時が迫ってきた。

 先ほどの召使いから教えられたフェルナンデスの倉庫の辺りは静まり返っていた。龍之進と万吉は倉庫の外を一周してみた。

「龍王、なにもおかしなようすはないけど? ほんとにここなの?」

 そこで、龍之進は片手を挙げて制した。「人の声がする」

「え? 倉庫から?」

「いや」

 立ち止まり、龍之進は耳を澄ませる。

「あっちだ」

 倉庫の裏手にある古びた二階建ての人家。そこから時々ぼそぼそと人の声がする。人家の塗装はあちこち剥げていて生活感がなく、表の扉も窓の鎧戸もすべて外側からかんぬきがかけられていた。

「ここから? 龍王、閂かけられた中から声がするって……閉じ込められている?」

「たぶんフェルナンデスが集めた人たちをこの中に監禁してるんだろう」

 表扉の閂には錠前がついていて開けられなかった。しかし、窓の鎧戸の閂は外から太い木材を渡しただけだった。閂を外して鎧戸を開けると、窓枠に木材の縦格子が嵌められていた。そこから中のぼんやりとした灯りが見える。灯りの周りにうずくまったり、横になったりしている男たちが十人くらいいるようだ。

「藤九郎、そこに藤九郎はいるか?」

 声をかけると、中の一人が立ち上がり、窓に寄ってきた。藤九郎だ。

「龍王、どうしてここに?」

「藤九郎、そこにいるのは日本人か?」

「唐人もいます。他にも上の階には女たちが。船長は、まだ人を集めると言っていました。百人近く集まったら船出するそうです」

「今すぐここを出るんだ。出してやる!」

「いえ、儂は出ません。ここに残ります。儂は働かないといけないんです。体が動くのに、いつまでも慈愛堂にいるわけには……あそこは、もう働けなくなった老人や夫を亡くして食っていけない女、動けない病人がいるところです」

「藤九郎も体調がよいわけじゃないだろう?」

「でも、寝たきりじゃない。まだ動けるのに、あそこにいるのが心苦しくなるんです。もっと働きたい、いえ、昔のように動きたいんです! 病に負けたくないから」

 藤九郎は、以前のように動きたい、その一念なのだろう。それだけに自分の体の不調を意識しながら日々生きているのだ。やつれた顔を見ると、もしかすると病状は以前より悪くなっているのかもしれない。

 龍之進は、そんな藤九郎の焦燥を感じて切なくなった。

「藤九郎、病は勝ち負けじゃない。病は自分の体の中にあるんだ。自分の体と戦ってどうする? なあ、藤九郎、人生は生きてるだけで大変だ。勝つこともあれば、負けることもある。間違うことだって。でも、それすべてが生きるってことだ。もっと体をいたわってやれよ」

「でも、マニラ行きはいい話なんです。儂にもできる楽な仕事のようですし、前金をもらって使ってしまってるから、ここを出るわけには――」

「十クルザードどころじゃない借金を背負わされるんだぞ」

 藤九郎は、驚き戸惑った顔をし、一瞬黙り込んだ。

「儂は……マカオに行けば、日本よりましな暮らしができると思ってた。でも、体を壊して……運命に見捨てられたんです。だから、どんなに苦しくても、虐げられても、この体を引き摺っていくしかない。ここを出ても行くところはないし、ここにいるみんなも働かないと食っていけない。生きていけないんです!」

「藤九郎」龍王は、木格子を握る藤九郎の手に掌を重ねた。「焦るな。慈愛堂へ戻ろう」

 龍之進の穏やかな眼差しを見て、藤九郎の目から涙が零れた。

「どうせ死ぬのに、必死になって、運命に逆らって生きるのになんの意味があるんですか!」

「藤九郎、お前は十分精いっぱい生きてる。だから、今はゆっくりしよう。今後のことは慈愛堂で一緒に考えよう」

「龍王」藤九郎は、泣きながら話した。「どうすれば生き延びられるか……それを考えて。いつも必死なのに、うまくいかない。周りに迷惑ばかりかけて、そうしたくないのに、なにもいい方法が思いつかない。この体が思うように動いてくれないんです! もう……絶望しかなくて」

「そんな時は、『どうすれば』ではなく、『なぜ』と考えてみたらどうだ?」

「『なぜ』……? どういう意味ですか」

「『なぜ』ここにきたのか、だよ。自分の人生からの問いに答えるんだよ。なぜここにいるのか。そうすれば、希望をつないで生きていける」

「龍王、誰かくる!」万吉が小声で叫ぶ。

 路地の向こうから四人の男の影がこちらへ近づいてくる。

「必ず迎えにいくからな。待ってろ」

 そう藤九郎に声をかけ、龍之進は鎧戸を締めて閂をかけ直した。

「おい、そこでなにをしてる! 窓から離れろ!」

 四人の中の一人が剣を抜き、勢いよく向かってくる。

 龍之進も万吉も丸腰だ。

「町で物騒なまねするなよ。明兵がくるぞ」

 睨む龍之進の言葉を無視して唐人の男は、剣で襲いかかってきた。それを巧みによけ、激しく振り回される刃を交わしながら、龍之進は一瞬の隙をついて男の手首を取って捩じ上げる。すぐさま手から剣をもぎ取ると、その腹を蹴り上げた。唐人が呻きながら、その場からよろよろと後ずさりし、細い路地へと消えていった。

 気を緩めず、龍之進は剣を構えた。薄暮の中、二人の船乗りらしき男らを従えた大柄の男が現れたからだ。

 フェルナンデスだった。

 五十歳を過ぎた彼を見て、ずいぶん年を取ったと思った。濃い栗色だった髪の毛に銀髪がまじり、顔の頬や目の下の皮膚も垂れて、もともと太めだった体形は腹がつき出ていた。

「船長、この中にいる人たちを解放しろ。さもなければ、人買いで荒稼ぎしていると――」

「妙な言いがかりはやめろ」フェルナンデスは、龍之進を遮り、鼻で笑う。「こっちは親切心から仕事を斡旋してやってるだけだ。いいか、どこへ訴えても無駄だ。まず、お前のような取るに足らないやつの言うことを誰もまともに信じない。それに、わたしにはたいていのことなら、もみ消せる力がある。もしどうしてもっていうなら、千クルザードを持ってこい。そうすれば、そこにいるやつらを解放してやってもいい」

 その時、先ほど路地に逃げた唐人がフェルナンデスの後方から戻ってきた。

「傭兵を連れてきました!」

 倉庫の角から、十人以上の黒い影が次々と現れる。

「まずい! 数が多すぎる。とっとと引き揚げるぞ!」

 本能的に万吉が一瞬でも立ち止まらせない勢いで、龍之進の腕を強引に引っ張った。龍之進は引きずられるようにしてその場から駆けだした。

 フェルナンデスと男たちの罵声と嘲笑が背中を追いかけてきた。

「くそっ! 必ず救い出すからな、藤九郎!」

 走りながら、龍之進は拳を強く握りしめた。

 翌日、龍之進は、聴訴官ディアスの家を訪ねた。多聞は、六時課(正午)を過ぎると、たいていディアスの家で執務を手伝っているからだ。

「多聞、フェルナンデスを覚えてるか? マヌエルの船の船長だった男だよ」

「接点がなかったから、記憶がおぼろげだ。話したこともないからね。彼がどうした?」

「彼について、相談がある」

 一階の客間で、多聞は龍之進に丸椅子に座るよう促した。二人が円卓に着くと、唐人の召使いが茶とポルトガルの揚げ菓子を運んできた。

 召使いが部屋を出ていったのを確かめ、龍之進は口を開いた。

「マヌエルは異国人に別け隔てなくやさしかったけど、フェルナンデスは当時から日本人や唐人、柬埔寨人とか、ヨーロッパ人ではない人々をどこか下に見ているところがあった。そのせいもあるんだと思う。実は、フェルナンデスが日本人と唐人をマカオから連れ出してマニラで売っている」

 多聞は、あまり驚かなかった。少し眉根を寄せて考えこむような顔つきをする。

「前金で人を集めて船出まで彼らを人家に閉じ込め、マニラでは前金の十倍以上の大金をフェルナンデスは手にするらしい。そして、マニラへ連れていかれた人々は、借金を背負わされて、ずっと農場や鉱山で過酷な状況下で働かされる。藤九郎が働き口を見つけた件だが、昨日、人家で藤九郎が監禁されているのを確認した。藤九郎の他にも十人くらいたよ」

「龍王、実は、似たような相談が明の人々からも寄せられているんだ。仕事が決まったと言って家族にまとまったお金を渡した後、消息不明になる。一旗揚げると言って、それまでの借金を返済した後に姿を消す。そんな事案が半年くらい前から増えている。仕事を求めて、マカオからいなくなるのは珍しいことじゃないが、行方知れずになる前に十クルザードを手にし、その後連絡が途絶えるのはいずれも共通している。一昨日も二件の相談があった」

 龍之進は、ずいと前のめりになった。

「なら、早急に手を打たないと! 藤九郎たちを解放したいんだ。フェルナンデスの船の出港を止められないか」

「ディアス殿に相談してみる。まずは証言と証拠集めだな」

 

 三週間後――五月。

「バレンテ司教様、ご相談したいことがございまして」

 聖パウロ聖堂でミサの準備をするため、バレンテは祭壇を見て回っていた。礼拝堂の祭壇の前で十字架の位置と蠟燭の本数を確認していると、思いがけなく声をかけられた。

 フェルナンデスだった。ただごとではないその表情から、バレンテはそばに控えていたパードレやイルマンたちを下がらせた。

「今でなければならんのか、フェルナンデス? 商いのことは司教館で聞くと言っているではないか」

 邪険な表情を露わにしながらも、バレンテは少し声を潜めた。

「司教様にもかかわることです。急ぎのほうがよいかと思いましてね。最近、おかしなことが周辺で起こっているんです。三週間前、二人の日本人がわたしの家を訪ねてきました。その後、集めた奴隷を留置している人家にその二人らしき男たちがやってきた。その時は追い払いましたが、それから倉庫の人足やわたしの下で働いたことのある船乗りに、奴隷たちやわたしの交易について聞き回っている者たちがいるんです。下級裁判所で働く知人は、唐人から行方知れずの相談が寄せられていると言っていました。もしや役所が動いているのでは?」

 不安そうに訊いてくるフェルナンデスを見て、バレンテは眉根を寄せた。いつもは小賢しいのに、いざとなると腰が引けるとは。丸々とした大きな図体をしながら、この小心で愚かなさまはなんだ? 虎の体に鼠の心臓か? バレンテは厭わしくなってきた。

「なにがあってもわたしに逆らえる者などいない。安心せよ」

 その一言でフェルナンデスは、易々やすやすと安堵した。

 この男、そろそろ手を切らねばならないな。バレンテはそう思ったが、決して顔には出さなかった。

「司教様、実は、三週間前にわたしの家に現れた日本人のうちの一人は龍王でした。召使いはもう一人の男がそう呼んでいるのを聞いたんです。その時、龍王は、倉庫の場所を召使いに訊いています。わたしが倉庫のそばで会った日本人は、召使いから聞いた恰好からして龍王です」

「龍王? あの男が絡んでいるというのか?」

「はい。司教様は、龍王をよくご存じで?」

「いや、親しくはない。公的な場でしか話したことはないからな」

「龍王は、もともと長崎にいた日本人で、十代の頃からポルトガル語とイスパニア語を話し、算術と航海術に長け、武芸に秀でていたとか」

「そのような話を、わたしもトリスタン・デ・カリバーリョ殿から聞いたことがある。確か、龍王は通り名で、李旦があの男の能力を買ってそう呼ぶようになったと」

 フェルナンデスは頷く。「司教様、長崎でマヌエルの下にいた日本人奴隷を覚えていますか? 確かタデウスといった。マヌエルが捕らえられた時、崖から落ちてそのまま行方知れずになった……」

「タデウス……カルバジャルか?」

「そうです。マヌエルはタデウスを引き取ると、やつが侍の子だから武芸を習得させたいと、槍の稽古をさせていました。その上、イスパニア人の教師を雇って、息子ペドロと一緒に天文学や算術などを学ばせていた。マヌエルはタデウスを将来交易商にするつもりで、海図の見方、四分儀やディバイダーの使い方も熱心に教えていました」

「なるほど……タデウスと龍王の経歴が一致するというわけか」

 バレンテの目が宙を彷徨った。脳裏に、長崎のトードス・オス・サントス教会にマヌエルに伴われた子供のタデウスの姿が蘇った。

 タデウスは、戦で孤児となり、身寄りもいなかった。それ故、養父のマヌエルを失えば、のたれ死ぬと思っていたが、よもや……生きていた?

「司教様、大人になって顔がわかりづらかったのですが、龍王はおそらくタデウスです」

「そうか。十四年前、初めて龍王に会った時、なにか違和感を覚えた。初めて会った気がしなかったが、その理由が今わかったように思う」

 バレンテは、祭壇に置かれたキリストの十字架像を見つめた。白い受難像は、燭台の揺れる炎に映えて赤く染まってみえた。それは、バレンテが子供の頃に見た火炙りの光景と重なった。

 ――この子は嘘をついてます! 真実ではありません! ほら、ほんとうのことをお言い!

 わたしを養っていたあの夫婦は醜悪で、性根が腐っていた。だから、わたしは証言したのだ。彼らがいかに邪悪だったかを。しかし、子供の証言で、いともたやすく大人が火刑に処せられるとは……。

 思い返してみると、あの時から、わたしの道は決まっていたのかもしれない。

「わたしは、行く手を阻もうとする者を何人たりとも排除すると決めている。龍王がタデウスなら……なおのことだ」

 

 フェルナンデスは、ほくそ笑みながら家路についた。バレンテとの付き合いが続いてよかったと心底思う。以前から狡賢ずるがしこく、野心的だとは感じていたが、バレンテが予想以上に出世してくれたおかげで自分もいい思いができる。ご機嫌取りをしなくてはならないが、マヌエルよりはましだ。マヌエルは商売上手で、自分は船のことだけを考えていればよかった。しかし、異端審問に巻き込まれているなら話は別。下手をしたら、こちらの身まで危うくなる。その点、バレンテに従っていれば、将来も安泰だ。

 家の前に来ると、召使いが外でそわそわしたように辺りを見回している。フェルナンデスを見つけると駆け寄ってきた。

「大変でございます。中に――」

 そう言いかけた時、三人のポルトガル人が家の中から出てきて、即座にフェルナンデスの両脇を押さえ、家の中に引き入れた。

 あっという間に家の中で待っていた一人の身ぎれいな男の前に、フェルナンデスは立たされた。

「ガスパール・フェルナンデス。これまでお前が大勢の男女を不正な取引で買い入れ、マニラへ送ったのはわかっている。よって、今、人家に監禁している男女は一人としてマカオから送り出してはならない、またお前が管理するガリオン船の出港を禁じる沙汰が出た。お前と航海士は逮捕され、取り調べの上、公判にかけられることになる」

「いったいなんのことです?」

「申し開きは、下級裁判所でせよ」

「ちょっと待ってください。船を差し押さえるおつもりで? わたしは雇われ船長で、船主は別にいます。そのお方がこのことを知ったら、あんたたちもまずいことになる!」

「わたしは、ただ役目に従っているまで」

 この程度の脅しには慣れているのか、役人は聞く耳を持たないといったふうで、虫でも払うように右手を振り、フェルナンデスを外へ連れていくよう兵に告げた。

「放せ! 司教様だ、船主はバレンテ司教様だぞ! 後悔するぞ、こんなまねをして! ただで済むと思うな!」

 役人に向けたフェルナンデスの叫びが家中に響いたかと思うと、その声は屋外へ虚しく消えていった。

 元老院庁舎の廊下から、誰かを呼び止めようとする騒がしい声が徐々に近づいてくる。

 扉が勢いよく開き、壁にぶつかった。

「ディアス聴訴官、即刻フェルナンデス船長を釈放しなさい!」

 バレンテがパードレとイルマンをそれぞれ一人ずつと身辺警護の傭兵二人を従えて部屋に押し入ってきた。

 ディアスのそばで机に向かって書類を作成していた多聞は、立ち上がってうやうやしくバレンテに礼をした。

「あのガリオン船はわたしの船だ。それを知りながら、このようなまねをするのか?」

「これはこれはバレンテ司教代理、このような俗人まみれのむさ苦しいところへ御身自らご足労いただき恐縮でございます。ご一報いただければ、室内をマカオ中の花で飾り立てた上で、お迎えに上がりましたものを」

 老いと病で痩せ細ったディアスは、ゆったりとした所作でバレンテを迎えた。その口調は、いつものように飄々ひようひようとして、嫌味が嫌味に聞こえない。

「しかしながら、どなたであっても、わたしはすべきことをするまで。今回の件は、明との外交にかかわり、マカオの治安を乱しかねない事案でもありますから、船長には事情聴取をせねばなりません。ところで、わたくしどもは、今マカオ総司令官に頼まれた急ぎの案件に取りかかっておりまして。どうか今日のところはお引き取りいただけませんか」

 バレンテは、明らかにむっとした顔つきをした。

「セバスチャン、秘書のお前も当然この一件を知っていたのだな」

「セバスチャンは、わたしに代わって書類を作成するだけでございますよ」

 ディアスが多聞を庇った。

「セバスチャン、お前が従うべきは、教会か? 元老院か? 司教に従順にしたがう誓いを立ててたのではないのか」

 多聞が口を開く前に、ディアスが答えた。

「司教代理、セバスチャンには訴訟案件について誰にも漏らしてはならないと重々言っておりますから」

「ディアス殿、フェルナンデスを捕らえ、聴取するということは、わたしを捕らえ、取り調べをするということだ。ディアス殿は、司教を世俗の裁判にかけるつもりか? 世俗の権力が教会よりも上にあるというのか? 今すぐフェルナンデスを釈放しなさい。公判を開くことは許さない。さもなければ、そなたたち二人に破門を言い渡す!」

 場が凍りついた。

 バレンテが船主と知った時、多聞はいやな予感がした。もしかすると、ただでは済まないかもしれないとも思った。しかし、まさかディアスと自分に懲戒罪の、それも破門を言い渡すつもりだとは! 多聞は動揺し、喉がからからに乾いてゆくのを感じた。

「司教を愚弄するにもほどがある。そのような態度を悔い改めなければ、全キリスト者はお前たちとの接触を絶ち、お前たちの魂は悪魔へ引き渡されることになる!」

 悪魔に魂を引き渡すと聞き、従者のパードレとイルマンは、恐れおののき胸の前で十字をきった。

「なんなのです、この騒ぎは? どうなさったのですか?」

 慌てた様子でトリスタンが仲裁に現れた。室内の只ならぬ雰囲気を悟ったトリスタンは、双方へ忠告した。

「マカオの教会と元老院の諍いを、国王陛下はお望みではありません! どうか歩み寄りを!」

 バレンテは、多聞ににじり寄り、

「セバスチャン、タデウスに伝えておけ! 妙なまねをやめないと、お前もマヌエルのようになるとな!」

 凄んで忠告すると、その場から大股で立ち去った。

(第20回へつづく)