人物紹介

仁美…高校二年生。町の祭りで起きた無差別毒殺事件で母を亡くす。

修一郎…高校一年生。医学部志望の優等生。事件で妹を亡くす。

涼音…中学三年生。歳の離れた弟妹を事件で亡くす。仁美たちとは幼馴染。

景浦エリカ…涼音の母。派手な見た目と行動で町では目立つ存在。

仁先生…仁美の父親。町唯一の病院の院長。

第二話

 この先も当たり前のようにだらだら続いていくと信じていた日常が、一瞬にして不自然に捻じ曲げられてしまうことがある。

 それを受け入れるのは、容易ではない。

 だからあの祭りから一週間が過ぎても、朝起きて階下に降りるたび、仁美はいつも忙しく立ち働いていた華奢な背中を台所や庭の物干しに捜してしまう。振り向いて自分に向けられるはずの穏やかな笑顔を、無意識のうちに求めてしまう。

 そしてうんざりするほど当たり前だったそんな光景をもう二度と目にすることはできないという現実に打ちのめされ、長い時間、そこに立ち尽くすのだ。

 たいして仲のいい母娘ではなかった。

 いやはっきり言って、世間体をやたらと気にしていつも周囲にいい顔をする母に苛立ち、反発しまくっていた。でもそれは同じような明日が来ることを疑っていなかったからで、十七歳でいきなりぶっつり断ち切られるとわかっていたら、あんなにキツい言葉を投げつけたりしなかったのに……。

 突然どうしようもない哀しみにのみ込まれ、息をするのも苦しくなる。

 葬儀の際は精神的な疲労と混乱で泣く余裕すらなかったのに、今は涙腺が決壊したかのように涙が溢れて止まらず、仁美は父に気づかれないようベッドに潜って声を殺し泣き続けた。

 あの日を境に、仁美の生活は一変した。

 母の死を悼む間もなく、警察の事情聴取が始まり、祭りで起きた出来事について繰り返し何度も何度も同じ話をさせられた。そのたびに、おしるこを食べて苦しむ萌音と怜音、母、そしてかすみたちの姿が脳裏によみがえり、どうして助けられなかったのかと、なにかで抉られるようにギリギリと胸が痛んだ。

 彼らが口にしたおしるこには、パラコートという農薬が混入されていたという。初めてそれを聞かされたときは、頭の中が真っ白になった。

 この家の台所でつくり、自分たちの手で公園に運び、テントの奥に設置されたコンロにかけてからも誰かが鍋のそばについていたおしるこに、いったいいつ、誰が、農薬を入れたのか――。

 いや、ほんの一時だけ、テントが無人になってしまった時間帯があった。

 それに、事件が起きる前、ちょっと気になる揉めごとがあったのも事実だ。

 すべて正直に話したにもかかわらず、刑事たちは露骨ではないものの仁美にも疑いの目を向けてきた。傷ついたが、鍋のそばにいた自分が疑われるのはしかたないし、そばにいながらどうして防げなかったのかと自責の念にかられてもいた。

 許せなかったのは、自分だけでなく、亡くなった母までもが疑われていたことだ。

 おしるこを調理した家の中を調べさせてほしいと警察に請われたときは怒りを覚えた。それでも父が許可したのは、亡き妻と娘の容疑を晴らしたいという思いがあったからだろう。

 それが、まさかあんなことになるなんて……。

 鈍い物音にビクッと過剰に体が反応したが、充電中のスマホが震えただけだった。

 恐る恐る覗いた画面に表示された名前を見るなり、充電コードを引きちぎりそうな勢いで、仁美はスマホを引き寄せる。

 修一郎から届いたメッセージは、ごくごく短いものだった。

 ――話がある。

 修一郎が仁美の部屋に来たのは何年ぶりだろう。

 小学生のころは涼音と三人でしょっちゅうここで遊んでいたのに、中学に入ってからはさすがに互いの部屋を行き来するようなことはなくなってしまった。

 ふいに幼い彼が仁美の勉強机の椅子に逆座りし、半ズボンから伸びる少年特有の細くてしなやかな脚をぶらぶらさせながら、ゲームをしたりマンガを読んだりしていた姿がよみがえる。

 今、目の前にいる十六歳の修一郎も、長い手足をもてあますように勉強机の椅子に逆座りしているけれど、記憶の中の少年とはまるで別人だ。

 直視するのがつらくなるほど、修一郎はやつれ果てていた。

 まだ小学六年生だった妹、かすみの死が、彼をここまで打ちのめしたのだ。

 かすみは生まれつき体が弱く、幼いころから入退院を繰り返していたが、泣き言を言わず病気と闘う健気な妹を修一郎は溺愛していた。彼が医師を志したのも、かすみの病を治したいという強い思いがあったからに違いない。

 どうにかして慰め、励ましたいと思いながら、仁美はかける言葉が見つからなかった。修一郎も同じなのか、なにか言いかけては口を閉ざし、深いため息をつく。

 ふたりの間に流れる重い沈黙に耐え兼ね、仁美が口にしたのはあまりにもありきたりな言葉だった。

「……ごめん」

 椅子の背もたれに顔を伏せかけていた修一郎が、ハッと仁美を見た。

「なんで?」

「え?」

「今、なんで謝った?」

「だって……、かすみちゃんのこと、助けられなかったから」

 医師である父がついていながら、彼女を救えなかった。その原因となったおしるこは、仁美も手伝い、母がつくったものだし、鍋のそばについていながら、農薬の混入に気づけなかった。それに、もしも吐きもどす萌音を見てすぐにおしるこを食べるなと仁美が警告を発していれば、かすみはあれを食べずに済んだかもしれない。

「そんなことない。あのとき、僕も萌音ちゃんのところへ走っている途中で苦しんでいるかすみに気づいた。あの時点でかすみはすでにおしるこを口にしていたんだ」

「でも……」

「悪くないのに謝っちゃだめだ。誤解される。悪いのは仁美でもおばさんでも仁先生でもない。おしるこの鍋に農薬を入れた犯人なんだから」

 コクンと素直にうなずく。そう言ってもらえて本当にありがたかったし、久々に修一郎が名前を呼んでくれたことが、泣きたくなるほど嬉しかった。彼の言葉に力を得て仁美は尋ねる。

「で、話って?」

 なぜ修一郎が急に家にまで会いに来てくれたのか、もしかしたら、祭りの日の朝にもらった『ふたりで話したい』というメッセージと関係があるのではないか……。

 あんな事件が起きてしまい、祭りのあとに会う約束は当然果たせなかった。修一郎がふたりだけでなにを話そうとしていたのか、仁美はずっと気にかかっていたのだ。

 だが、修一郎の答えは、そんな淡い期待を秒殺する。 

「あ、すずが来たら、話すよ」

「……え? 涼音も、来るの?」

「うん、もう来ると思う」

 彼の言葉が終わらないうちに、玄関のチャイムが鳴った。

 迎えに部屋を出た仁美は、こんな状況にもかかわらず、浮ついた気持ちを抱いた自分がひどくあさましい人間に思え、バシバシ頬を叩きながら階段を下りる。

 覗いたドアスコープの円の中に、予想どおり、景浦涼音が立っていた。

 涼音だとわかってドアを開け、玄関に迎え入れたのに、仁美はその姿に息をのむ。

 涼音もまた面やつれしていた。もともと華奢な体がさらにやせ細り、血色を失った肌は白を通り越して蒼く見えるほどだ。

 にもかかわらず、涼音は美しかった。

 その透きとおるように蒼白い肌は儚げで、頬がこけた分、ただでさえ大きな瞳がよりいっそう際立って見え、まるで精巧につくられた美しい人形と対峙しているみたいだ。

「……仁美ちゃん?」

 声をかけられ、思わず見惚れていた仁美はハッと我に返る。

「あ……、涼音、ごめん、上がって」

 脱いだ靴を修一郎のぶんまできちんと揃えながら、涼音がつぶやく。

「修一郎君、もう来てるんだね」

「うん。ヤバいくらいやつれちゃってる。仕方ないけどね、あんなことがあったんだから」

 仁美の顔を覗き込んだ涼音の形のよい眉が、わずかに下がった。いつにも増して表情の変化が乏しいが、それでも姉妹のように育った仁美にはわかってしまう。彼女は心配しているのだ。やっぱり涼音も修一郎のことを……?

「……仁美ちゃんは?」

「は? え……、私?」

「仁美ちゃんは、大丈夫?」

 こちらをまっすぐに見つめる瞳の奥に、仁美のことを案じる色が濃く宿っている。

 涼音が心配していたのは、修一郎ではなく、この私……?

「う、うん、大丈夫だよ。いつまでもオチてたら、らしくないしね」

 驚きを隠し答えると、ホッとしたのか、ほんの少しだけ涼音の頬がゆるんだ。彼女と違って感情がすぐ顔に出る仁美は安堵を気取られないよう、うつむきがちに尋ねた。

「涼音は? 大丈夫?」

 涼音の弟妹、怜音と萌音も救命叶わず、四歳と二歳で短かすぎる生涯を閉じていた。

 放任主義のエリカに代わり、赤ちゃんのときからミルクをあげたり、おしめを替えたり、母親のようにふたりを可愛がってきた涼音の心痛は計り知れない。

 だが、いつもどおり感情を押し殺したポーカーフェイスで、涼音はただ小さくうなずいただけだった。

「涼音、しんどくなったら、いつでも呼びな。真夜中でも駆けつけるから」

 心配になってそう言うと、かすかに口角を上げ、涼音はシャツの上から胸元を押さえる。

「ありがと。仁美ちゃんも」

「うん。……じゃあ、二階、行こっか」

「あ、仁美ちゃん、ちょっと待って。その前に、これ、おばさんに」

 そう言って涼音が取り出したのは、母が好きだったリンドウの花だ。自宅の庭から切ってきてくれたのだろう。涼音に請われ、仁美は彼女を仮祭壇に案内する。

 母の遺影を目にしても涼音は泣き出しはしない。だが眉尻と唇の両端がかすかに下がったその顔から、彼女が母の死を悼んでくれていることが伝わってくる。

「こんな写真しかなくってさ」

 遺影は家族旅行のスナップ写真を引き伸ばしたもので、母の顔はどこか間が抜けて見えた。必死に探したが、最近の写真は数えるほどしかなく、中学一年の夏を最後に家族旅行への参加を仁美が拒否したため、これも四年前の母の姿だ。

 そんな遺影をじっと見つめ、涼音は静かに首を振る。

「いい写真だと思う。千草おばさんらしいもの」

 カメラに向かって無理して微笑むその顔は、母らしいと言えば、らしいのかもしれない。

 もらったリンドウの花を手に仁美はいったん下がったが、花瓶に活けて戻ってもまだ、涼音は母の遺影に手を合わせ続けていた。ついさっき涼音がシャツの上から押さえたネックレスが細い首できらりと光る。それは涼音が父親を亡くしたとき、千草が涼音と仁美にくれたもので、単体だと翼の形なのだが、ふたつ合わせるとハート型になる。これ、恋人同士がつけるやつでしょと文句をたれた仁美に、母は得意げに首を振った。

「これはね、女の子同士の絆を深めるネックレスなのよ。涼音ちゃんと仁美にはこれからもずっと本当の姉妹みたいに仲良く助け合ってほしいから」

 そんな母の言葉に感動したのか、涼音はお守りのようにいつも大切に身に着けている。

 遺影に祈る姿を見て、いつだったか涼音がぽつりとつぶやいた言葉を思い出した。

 千草おばさんが、本当のお母さんだったらよかったのに……。

 涼音は、仁美以上に、母、千草のことを慕っていたと思う。

 でもそのとき、仁美は苦笑したのだ。自分もまったく同じことを考えていたから。

 涼音の母、エリカが自分の母親だったらどんなに自由で楽だったろう、と。案外、その組み合わせのほうがしっくりきたのかもしれない。

 母、千草も涼音も真面目で堅実で、なにごとに対しても見ているこちらが息苦しくなるほど一生懸命なところがそっくりだったし、片や、仁美は、他人の目なんて気にせずやりたいことをやる奔放なエリカと馬が合った。

 いや、千草にとっても、自分は理想の娘像からはかけ離れた存在だったろう。

 もしも涼音のような性格に生まれついていたら、母を傷つけることなくもっといい関係が築けて、幸せにしてあげることができたのかもしれない――。

 抑え込んでいた感情が体の深いところから湧き上がってきそうになり、仁美は慌てて廊下に出た。ふたつも年下の涼音に甘えて泣くわけにはいかない。大きく息を吐いて、母への想いを再び抑え込み、仁美は涼音が来るのを待った。

 

「痩せたな、すず」

 部屋に連れていった涼音を見るなり、修一郎がボソッとつぶやいた。いったいどの口が言う?と呆れるほどすさまじい彼のやつれ具合に、さすがの涼音も目を見開く。

「修一郎君こそ、ちゃんと食べてるの?」

「僕は別に。すずほど痩せてないし」

「はぁ? 修一郎、あんた、ガッリガリで今にも死にそうなのに、自分で気づいてないの?」

 驚きのあまり、仁美の声が裏返る。さっきは自分以上に病んでいる修一郎に気圧されてなにも言えなかったが、涼音が来てくれたおかげで、いつもの調子が少しずつ戻ってきた。

「涼音がチワワ一匹分痩せてるとしたら、修一郎なんて柴犬まるまる一匹分痩せてるっつーの!」

「なんだよ、その雑なたとえ。柴犬だってチワワみたいに小さいヤツもいるだろ」 

「小さいのは柴犬じゃなくて、豆柴ですぅ」

「豆柴なんて犬種は存在しない。成犬になっても大きくならない柴犬が、通称で豆柴って呼ばれているだけだ」

「え? そうなの?」

 驚く仁美に、修一郎は冷ややかな視線を向けた。

「仁美は言うこともやることも、すべて適当で大雑把過ぎる」

 呆れられているにもかかわらず、また『仁美』と呼ばれたことに思わず喜んでいる自分がいる。

「三人揃ったから」とすぐに話題を変え、修一郎は仁美と涼音を座らせて本題に入った。

「単刀直入に訊くけど、ふたりは、誰が毒を入れたと思ってる?」

 いきなりの核心を突く質問に、仁美はぎょっとして修一郎を見た。

「そ、そんなのわかんないよ。わかってたら、警察に言って、犯人、逮捕させてるって」

「絶対に犯人とは言い切れなくても、犯人かもって疑ってるヤツはいるんじゃないか? ふたりはダンスのリハ以外の時間、ずっと鍋のそばにいたんだから」

 修一郎の言葉に、仁美は涼音と顔を見合わせる。

「確かに鍋のそばにはいたけど……」

 ただいただけじゃなく、揉めごとにも巻き込まれた。だけど……。

「それでも私、正直いまだに信じられないんだよ。この町の人が鍋に農薬を入れたなんて」

 秋祭りの参加者、百八名全員を、当然、仁美はよく知っていた。問題がある人もいるにはいたが、おしるこの鍋に毒を混入し、四人もの命を奪っておいて何事もなかったかのように暮らしていけるほどの悪人がいるとは、どうしても思えないのだ。

「修一郎は、本当にこの町の誰かが無差別殺人をしたと思ってるの?」

 少し考え、修一郎はゆっくりと首を振る。

「……いや、思ってない」

 仁美も涼音もハッと顔を上げた。

「じゃあ、鍋に毒を入れたのは、外から来た誰かってこと?」

「は?」

 端正な顔がゆがみ、眉間に露骨な縦ジワが寄る。

「そんなことあるわけないだろ。警察があれだけ調べて、あの日、祭りの会場にいたのはこの町の住人、百八人だけだって言ってるんだから」

「えっ? でも、だったら……」

「僕は無差別殺人だとは思っていないと言ったんだ。テレビのコメンテーターかなんかがそう言ってたらしいけど、無差別に人を殺すならこんな田舎じゃなくて、もっとインパクトのある場所でやるはずだよ」

「だったら、犯人はどうして鍋に農薬を入れたの?」

「動機は、怨恨だと思う」

「怨恨……?」

 その言葉が腹に重く響いた。幼い怜音や萌音が殺したいほど誰かに恨まれていたとは思えない。小学四年生のかすみと麗奈も同じだろう。だとすると、母、千草かエリカを狙って、毒が盛られたってこと?

「ちょっと待って」と、涼音が口を挟んだ。

「それは無理があるんじゃないかな。だって、あの状況で、毒入りのおしるこを誰が食べるかなんて、犯人にも予測できなかったはずでしょう?」

 涼音の言うとおりだ。エリカがおしるこを怜音と萌音に与え、かすみと麗奈にも四時前に配ってしまうなんて、その瞬間まで誰にもわからなかったはずだ。

「僕は毎年十番以内に並んでおしるこを食べていたから、時間どおりに配られていたら、犠牲になっていた可能性が高かった。去年はおしるこが足りなくなってもらえない人が出ただろ。だから、今年、おばさんのおしるこファンは絶対早めに並んだはずなんだ」

「修一郎君は、おしるこを楽しみにしていた誰かを狙った犯行だったって言うの?」

「それはわからないよ。可能性のひとつでしかないから。でもそう考えたら、特定の誰かを狙うのは無理だとは言い切れないだろ」

 真剣な表情の修一郎に、涼音も口を閉じてうなずく。

「だからもう一度聞かせてほしい。当日の状況を。あの日、起こったことをすべて詳細に」

「……でも、修一郎の言うことが本当なら、犯人逮捕は時間の問題なんじゃないの?」

 仁美の言葉に、修一郎は怪訝な顔を向けた。

「どうして?」

「だって容疑者はこの町の住人、百八人に限られてるわけでしょ」

「だから簡単に逮捕できるって? 事件から一週間経っても、警察は容疑者を絞り込めてすらいないのに?」

 そう断言する修一郎を、仁美はまじまじと見た。

「それ、警察に訊いたの?」

 首を横に振り、訊いてもなにも教えてくれないと、声に苛立ちを滲ませる。

「だったら、どうして?」

「だって、怪しい人物に心当たりがないか、いまだにしつこく僕なんかに訊いてくるの、おかしいだろ? もし犯人の目星がついているなら、今ごろは証拠固めをしているはずだ。捜査は難航しているんだと思う」

「このまま犯人が逮捕されないかもしれないってこと?」

 独り言のような涼音の言葉に、修一郎がうなずく。

「その可能性もあるし、この手の事件は冤罪も多いから、警察の思い込みで無実の人間が逮捕されないとも限らない。だから……」

 驚いて顔を上げた仁美を見て、修一郎は言葉を呑んだ。

「どうした?」

「え……? 別に……、なんでもない」

 目が泳いでいるのが自分でもわかるが、どうにもしようがない。

「なんでもないわけないだろ。なにかあったのか?」

 訊かれても、話せない。たとえ相手が修一郎と涼音でも。

 家の物置から、あんなものが発見されたなんて……。

 でも、隠し通せることではないのかもしれない。捜査関係者のひとりが誰かに漏らせば、噂はすぐに広まるはずだ。そのとき、自分はどうすればいいんだろう?

 いや、そもそも、どうしてあんなものがうちに……?

「ちょっと、聞いてる?」

「……え? あ、うん」

 母を喪った悲しみからさえまだ立ち直れていないのに、どう捉えればいいのかわからないものの存在が仁美を混乱させていた。

「そんなにわかりやすく動揺しといて、なにもないとかありえないから」

「そうだよ、仁美ちゃん、心配ごとがあるなら話して」

 眉根をかすかに寄せ、案じてくれている涼音に思わずすがりついてしまいたくなったが、仁美はなんとか自分を制し、声を絞り出す。

「……私、疑われてるんだ。警察に」

「えっ!? どうして、仁美ちゃんが?」

 涼音の問いに答えられず、思わずうつむく。

「ちゃんと話さないとわからないだろ」

 修一郎の声が、優しく包み込むように降ってきて、胸にじんと響いた。顔を覗き込んでくるまなざしも、いつもと違っていたわるように温かで真剣だ。

 修一郎も涼音も、自分のことを大切に思ってくれている。

「なにがあった、仁美?」

 情のこもった声で修一郎に名前を呼ばれ、頭で考えるより先に口が動いていた。

「……あったんだ、うちの物置に。警察の人が見つけた」 

「あったって、なにが?」

 なおも言いよどむ仁美に、修一郎がハッと目を見張る。

「……え、まさか」

 驚く修一郎から視線を逸らし、仁美は小さくうなずいた。

「そう、パラコートが」

 息をのむ修一郎の気配に、仁美の背中を冷たい汗が伝い落ちた。

(第3回へつづく)