「直さんじゃないですか! ご無沙汰してます! 突然、どうしたんですか!」
「東神会」の組事務所のドアを開けた茶髪オールバックの男――望月が、大声を張り上げた。
 望月は譲二と同い年の同期で、互いに切磋琢磨した仲だ。
「海東に用事があってな」
 直美が事務所に足を踏み入れ、首を巡らせた。
 二十坪のスクエアな空間の中央にL字形に置かれた白のカッシーナのソファ、牙を剥き睨み合う全長二メートル超えのライオンとトラの剥製、真田幸村の等身大の赤い鎧兜甲冑……譲二がいた頃と変わらぬ事務所の光景に懐かしさを覚えた。
「お疲れ様です!」
 ソファに座っていた四人の組員が弾かれたように立ち上がり、一斉に頭を下げた。
 四人とも譲二が組を辞めてから入った組員だったが、直美のことはパトロール中に何度も会っているので知っていた。
 尤も、新宿のヤクザなら直美に会ったことはなくても伝説を一度は聞かされているはずだ。
「若頭はいま、『平井プロ』の社長と飲んでます」
「平井プロ」は業界最大手の芸能プロダクションで、ドラマや映画で主役を張ることのできる俳優が十人以上所属している。
「平井プロ」のバックに「東神会」がついているのは、業界関係者の間では周知の事実だ。
「平井プロ」が他事務所の所属タレントを引き抜くことはあっても、その逆はありえない。
「東神会」にとって、「平井プロ」は金の卵を産む鶏だ。
「どこの店だ?」
 直美が訊ねた。
「はい。『ルージュスター』だと思います」
 望月が口にした「ルージュスター」は、区役所通り沿いにある「東神会」がケツを持つキャバクラだ。
 事務所からは、徒歩四、五分の距離だった。
 無言で、直美は踵を返した。
「あ、もう、行っちゃうんですか?」
 望月の問いかけには答えず、直美は事務所を出るとエレベーターを使わずに階段を駆け下りた。
「直さん、別の日にしましょうよ。『平井プロ』の社長と飲んでる席に乗り込むのはまずいですよ」
 直美を追いかけつつ、譲二は言った。
「馬鹿野郎っ。北島三郎と飲んでようが王貞治と飲んでようが、俺には関係ねぇ。あの野郎、絶対に許さねえ!」
「南井の話しか聞いてませんし、若頭が直さんに楯突いたと決まったわけじゃないですから……」
「平井から東山かなえや白木杏を抱かせて貰ってるに違いねえ! もしかしたら、恋人にしたいランキング三年連続ナンバー1の葉山美優まで……海東の野郎っ、俺に内緒でいい女抱きまくりやがって! 葉山美優のぽってり唇でフェラして貰ってるに違いねえ! あ~羨ましい! 羨ましすぎる!」
 直美がプラチナシルバーの爆発ヘアを掻き毟った。
「えっ……そこですか?」
 譲二は拍子抜けした。
 十メートルほど前方で、若い女性が酔い潰れていた。
 スカートは捲れ上がり、紐パンが食い込んだ張りのある臀部が剥き出しになっていた。
 二人のサラリーマン風の男性が屈み込み、女性の尻と秘部をスマートフォンのカメラで撮影していた。
 突然ダッシュした直美が、男達の襟首を掴むと軽々と持ち上げ、まるで濡れタオルをそうするように頭上で振り回し始めた。
 周囲の黒服とキャストが足を止め、直美に声援を送ってきた。
 歌舞伎町の住人は直美の世直し制裁に慣れているが、初めて目撃する通行人は表情と声を失っていた。
「映画のロケかなにかか?」
「超人ハルクとか?」
「プロレスラーの喧嘩だ!」 
 二人の成人男性を頭上で振り回すという規格外の怪力もそうだが、直美のビジュアルインパクトは野次馬達に異次元の衝撃を与えていた。
 直美は、十回以上振り回した二人をアスファルトに叩きつけた。
 地面に放り出された二台のスマートフォンを素足で踏み潰した直美は、酔い潰れた女性を片手で抱え上げ、二人連れのホステスの前に寝かせた。
「交番に運んでやれ」
 直美が言うと、二人が強張った顔で何度も頷いた。
「直さ~ん、素敵! あたしが付くから、店に寄って~」
 セクキャバ嬢のマリナが、Fカップはありそうな巨乳を両手で持ち上げた。
「直ちゃ~ん、おっパブは生殺しだから、私のとこですっきりして~」 
 ヘルス嬢のアンナが、右手で男性器を扱く仕草をした。
「最後までできるのはウチだけよ~。直さんなら、スペシャルサービスしちゃうよ」
 ソープ嬢の綾乃が、腰をグラインドさせた。
 彼女達は、「ちょこれーと屋さん」の常連客だった。
「遠慮しとくわ。下品なお前らじゃちんぽが勃たねえ。初心な新人が入ったら教えてくれや」
 直美が豪快に笑うと、三人が申し合わせたように親指を下に向けてブーイングを始めた。
 もちろん、本気ではない。
 容姿も口も態度も悪いが、彼女達は直美の生きかたに嘘やごまかしがないことを知っている。
 何事もなかったように大股で立ち去る直美の背中を、譲二はみつめた。
 生涯追い続けたい、とてつもなく大きな背中だと改めて思った。

「お疲れ様です」
 地下一階。「ルージュスター」の入り口に立っていた若頭補佐の林が、直美を認めて頭を下げた。
 百八十五センチ、百キロの林は、百九十センチ、九十キロの直美と遜色ない体格をしていた。
 林は直美のように筋肉質ではないが、高校生のときに柔道の都大会で優勝するほどの猛者だった。
 譲二より二歳上の林は、平組員の頃から海東のボディガードを務めていた。
 直美の前では従順に振舞っていたが、華奢で非力な譲二のことは馬鹿にしていた。
 林には直美がいないときにパシリとして使われていたので、正直、嫌な印象しかなかった。
「俺がくること知ってたのか?」
 直美が、林を見据えた。
「ええ。直さんがこちらに向かっていると、望月から連絡が入りました」
「海東のところに案内しろ」
「ご案内しますので、フロアでお待ちください」
「海東はVIPじゃねえのか?」
「はい。VIPルームで平井社長と商談中です」
 林の返答に、譲二の脳みそが粟立った。
 耳を疑った。
 聞き違いであってほしかった……いや、聞き違いに決まっている。
 林は、直美の恐ろしさを十分に知っているはずだ。
 大学病院の序列にたとえれば、林が講師で直美が教授ほどの開きがある。
 つまり、講師が教授に待合フロアで待てと言っているようなものだ。
「あ? おめえ、海東の話が終わるまで俺にフロアで待てと言ってるのか?」
 予想通り、直美の血相が変わった。
若頭かしらにそう言われてますので」
 林が、涼しい顔で言った。
 譲二の脳内で警報ベルが鳴った。
「ちょっと、林さん、待ってくださいよ! 直さんがわざわざ足を運んでいるのに、フロアで待てはないでしょう!」
 譲二は直美の前に出て、林に抗議した。
 小火のうちに鎮火しておかなければ、大火事になってしまう。
「なんだ、お前、いたのか? 雑魚は引っ込んでろ」
 林が譲二を一瞥し、小馬鹿にした。
「俺は直さんの言葉を代弁……」
 突然、身体が宙に浮いた。
「下がってろ」
 直美に襟首を掴まれ放り投げられた譲二は尻餅をついた。
「わかってるなら、お前も引っ込んでろ」
 直美が、林を睨みつけた。
「それは、どういう意味ですか?」
「てめえも雑魚だろうが? 俺から見りゃ、メダカ……いや、メダカは海東だから、おめえはさしずめメダカの糞だ」
 直美が、片側の口角を吊り上げた。
「いくら直さんでも、言っていいことと悪いことがあります。俺を金魚の糞扱いするのはまだしも、若頭を金魚扱いするなんて……」
 目にも留まらぬ速さで伸びた直美の右腕が、林の胸倉を掴んだ。 
「金魚じゃねえ、海東はメダカでおめえはメダカの糞だって言ったんだよ」
 直美が嘲りつつ、右腕を振り回した。
「嘘……」
 思わず、譲二は声を上げた。
 林はビクともせず、直美の右の手首を掴んだ。
 いままで直美に投げ飛ばされる者達を百人以上は見てきたが、踏ん張った者を見るのは初めてだった。
「柔道ごっこやってただけあって、ただのデブってわけじゃねえな」
 直美が、ニヤリと笑った。
「ペーペー時代の俺とは違って、いまは『東神会』の看板である海東さんを補佐する立場です。俺には若頭の命令がすべてで、歯向かう者は身体を張って排除します。たとえ直さんでも、例外ではありません。おとなしく、言うことを聞いて貰えませんか?」
 直美を前にしても、林が臆しているふうはなかった。 
 もともと胆の据わった男だったが、直美に面と向かって歯向うほどではなかった。
 本人が口にした通りに、海東への忠誠心がそうさせているのだろう。
「面白れえじゃねえか。だったら、おめえがペーペー時代となにも変わらねえってことを思い出させてやるぜ!」
 直美の左の拳が、林のみぞおちに食い込んだ。
 身体をくの字に折り曲げた林の革靴の爪先が、自らの嘔吐物に塗れた。
 直美が、膝蹴りで林の顎を砕こうと首相撲に捕らえた。
「星咲さんですよね?」
 女性の声に膝の動きを止めた直美は、首を巡らせた。
 深紅のドレスを纏った百七十センチ近い細身の長身、胸元から零れそうな巨乳、括れた腰にキュッと盛り上がった尻……直美に声をかけてきたのは、初めて見るキャストだった。
 モデル顔負けの圧倒的なビジュアルとスタイル――一目でナンバークラスのキャストだとわかった。
「なんだ、おめえは?」
「卑弥呼と申します。海東さんに、星咲さんをVIPルームへご案内するように言われました。こちらへどうぞ」
 キャスト……卑弥呼が踵を返し、レッドカーペットが敷かれた通路を優雅な足取りで歩き始めた。
「メダカの糞野郎、命拾いしたな」
 四つん這いの姿勢で荒い呼吸を吐く林の頭をはたき、直美は卑弥呼のあとに続いた。
 卑弥呼というキャストは、ただものではない。
 普通の感覚を持つ女なら、あんな修羅場を前にして平然とした顔で直美に声をかけることはできない。
 恐らく、海東の女に違いない。
 卑弥呼が、カーペットと同じ深紅のドアの前で足を止めてノックした。
「星咲さんをお連れしました」
 卑弥呼は言いながらドアを開けた。
「直さん、ご無沙汰しています」
 十坪ほどの空間、全面鏡張りの壁、コの字形に並べられた赤革のソファ――中央に陣取るモスグリーンのスリーピースのスーツにツーブロック七三ヘアの男……海東が、座ったまま挨拶をしてきた。
 海東の背後には、四人の組員が厳しい表情で立っていた。
 四人とも黒スーツに身を包み、屈強な体躯をしていた。
 みな知らない顔だったが、いかにも腕が立ちそうな者ばかりだった。
 ボディガードなのだろう、ご主人様を護る護衛犬さながらに直美を睨みつけていた。
「おめえ、俺をフロアで待たせるとは、いい度胸してんじゃねえか」
 直美が、ドスの利いた声で言った。
「それは、失礼しました。『平井プロ』の社長と大切な商談中でしたもので」
 海東が、言葉とは裏腹にふてぶてしい態度で言った。
 やはり、海東は変わった。
 以前なら、直美を前にして席を立たないなど考えられなかった。
 いや、代わったのではなく本性を露したといったほうが正しいのかもしれない。
「誰もいねえじゃねえか」
 直美が、周囲を見渡した。
「ああ、平井社長なら三十分前にお帰りになられました」
 海東の言葉に、譲二の額に脂汗が吹き出した。
「あ? 三十分前に帰った!? だったら、どうして俺を待たせた!?」
 直美の目尻が吊り上がった。
「かなり神経を使う商談だったので、卑弥呼の酌でクールダウンしていたんですよ。直さんとお会いするのは緊張しますからね」
 海東が人を食ったような態度で言った。
「海東、てめえ、もしかして、俺を挑発してるのか?」
「直さんを挑発するなんて、とんでもない。あ、紹介しますよ」
 海東が卑弥呼を手招きした。
「卑弥呼はこの店のナンバー1で、私の彼女です。元は『平井プロ』に所属していたモデルなんです。そこらのキャストとは次元が違うでしょう?」
 海東が、隣に座らせた卑弥呼の腰を抱き寄せた。
「調子に乗るのもそのへんにしておけや。忘れたのか? チーターはどこまで行ってもライオンにゃなれねえんだよ」
 直美の眼が据わった。
 まずい展開になってきた。
 このまま海東が舐めた態度を続ければ、楽園であるはずのVIPルームが一瞬にして地獄と化してしまう。
「やめてくださいよ。直さんとやり合おうなんて思うほど、私は愚かじゃありませんから」
 口ではそう言っているが、海東が直美を恐れているふうは微塵もなかった。
「だったら、なんで俺が面倒を見てる店主達にちょっかい出してんだ? おお!? みかじめもいままでの倍の額を要求しているそうじゃねえか。 拒否する店にゃ、半グレどもを送り込んでるんだってな。どう見ても、俺に喧嘩を売ってるとしか思えねえがな。あ? どうなんだ!?」
「直さん、なにか誤解があるようですから説明させてください。とりあえず、お座りください。いま、女の子を付けますから」
 海東が、直美を促した。
「おめえの女に劣るキャバ嬢なんていらねえよ。それより、座ってやるからどけや」
 直美が、海東に命じた。
「ここは、私の席ですから。空いているところをご自由にどうぞ」
 海東が、落ち着いた口調で言った。
「そこは、格上の奴が座る席だ。おら、さっさとどけ」
 直美が、野良猫をそうするように右手で払う仕草をした。
 足を踏み出そうとした四人のボディガードを、海東が片手を上げて制した。
 譲二の掌が冷や汗に塗れ、心臓が早鐘を打った。
 なんとかしなければ……。 
 焦燥感と危機感が、競い合うように譲二の背筋を這い上がった。
「昔から、私は直さんを尊敬しています。それは、いまも変わりません」
 海東の言葉が、譲二の耳に白々しく響いた。
「ただ、格上がどうのとか、いまの言葉は聞き捨てなりませんね」
 海東が赤ワインのグラスを傾け、感情の窺えない冷え冷えとした瞳で直美を見据えた。
「ほう、それじゃまるで、おめえが俺より格上みたいに聞こえるぜ」 
「私の生きる世界では、堅気になりチョコレート専門店に転身した直さんより『東神会』の若頭である私のほうが格上だと思いますがね」 
 海東が、酷薄な笑みを片側の頬に張りつけた。 
「上等じゃねえか。おめえ、いつから俺にそんな口を利けるようになった?」
 直美が瞳を爛々とさせながら、口もとを綻ばせた。
 直美は余裕ぶっているわけでも、怒りを静めようとしているわけでもない。
 海東を叩きのめせる大義名分ができて、嬉しくてたまらないのだ。
「ついでに、言わせてもらいます。直さんは面倒を見ている店主達に私がちょっかいを出したと言いますが、逆ですよ。ちょっかいを出しているのは、直さんのほうです。歌舞伎町の飲食店、風俗店、遊戯場は『東神会』のシマです。堅気の直さんが面倒を見ること自体、おかしなことでしょう? シマうちでトラブルがあったら私ら組が対応する。元通りの流れに戻しただけですよ」
 海東が無言で差し出す空のグラスに、卑弥呼が赤ワインを注いだ。
 やはり、卑弥呼という女の肚は据わっていた。
 天下の「東神会」のナンバー2の寵愛を受けているのだから、怖いもの知らずになるのも無理はない。
「みかじめの件もそうですよ。銭湯だって十年前より値上がりしているんですから、当然だと思いますがね。おい、直さんにも一杯お注ぎしろ」
 海東に命じられた卑弥呼が、「オーパスワン」のボトルをワインクーラーから抜いた。
 直美が卑弥呼の手からボトルを奪い取りラッパ飲みした。
「おいっ、若頭に失礼……」
 気色ばみ駆け寄ってきた金髪坊主のボディガードの脳天に、直美はワインボトルを振り下ろした。
 宙に飛散する赤ワインと鮮血――ボトルの砕け散る音と卑弥呼の悲鳴が交錯した。
 直美は、片膝をつく金髪坊主の顔面に垂直蹴りを浴びせた。
 仰向けに倒れた金髪坊主の背中で、グラスや皿が砕け散った。
「てめえ……」
 突進してきたスキンヘッドに、直美は右腕を突き出した――スキンヘッドの頬を、割れたボトルで切り裂いた。
 頬を押さえのたうち回るスキンヘッドを尻目に、直美は残り二人のボディガード――口髭とパンチパーマの髪の毛を鷲掴みにし、海東の目の前で顔面をテーブルに叩きつけた。
 二回、三回、四回、五回、六回、七回、八回、九回、十回……直美は、海東の瞳を見据えながら二人の顔面をテーブルに打ちつけ続けた。
 前歯が全損し鼻が曲がって顔面血塗れになってゆく配下を、海東は眉一つ動かさずにワイングラスを傾けつつ眺めていた。
 対照的に卑弥呼は、血の気を失った顔で固まっていた。
 止めなければ……。
 わかっていたが、譲二の身体は金縛りにあったように動かなかった。
 二十回を超えたところで、直美が口髭とパンチパーマの髪の毛から手を離した。
 テーブルに広がる折れた歯の浮いた血溜まりに、二人は崩壊した顔面から突っ伏した。
「本当は、おめえがやられるはずの仕置きをこいつらが受けた。今日のおめえの無礼な態度は、こいつらに免じて水に流してやる。一週間後に、事務所に顔を出すからよ。それまでに、半グレのガキどもに名刺を撒かせて脅した店に詫びの電話を入れておけ。もし、それをやらなかったら今度はおめえがこれ以上の目にあうからよ」
 直美は一方的に命じ、VIPルームの出口に向かった。
「直さん、わかりました」
 海東の言葉に、直美が足を止め振り返った。
「最初から、いまみてえに素直にしてりゃこいつらも怪我することは……」
「やっぱり、歌舞伎町からあなたを排除しなければならないことをね」
 海東が、ぞっとする冷徹な瞳で直美を見据えた。  
「昔のよしみで、いまの言葉は聞かなかったことにしてやる。一週間で、歌舞伎町を元通りにしろ。命令に背けば、マジにちんぽ引っこ抜いてタマ潰すぞ」
 直美は高笑いしながら、VIPルームをあとにした。
「直さんに伝言を頼む」
 直美のあとを追おうとした譲二は、足を止めた。
「伝言って……なんですか?」
 背を向けたまま、恐る恐る譲二は訊ねた。
「百獣の王も銃弾の前では呆気なく仕留められることをお忘れなく……ってな」
 背中を追ってくる海東の声に、譲二は弾かれたように振り返った。
「海東さん……なにを考えてるんですか?」
 干乾びた声で、譲二は質問を重ねた。
「その薔薇の花束が、菊にならなければいいな。ま、おとなしくチョコレート屋のおやじをやっていれば関係のない伝言だ」
 血の海に喘ぐ配下など見えないとでもいうように、薄笑いを浮かべつつワイングラスを傾ける海東に譲二は底知れない恐怖を覚えた。

(第7回へつづく)