第三章

一(承前)

 日が傾き、マカオの空も海も薄紫色に染まっていた。

 荷を担ぐ人足たちが倉庫を行き来するのを尻目に、バレンテは倉庫の入り口に立ち、運び込まれた品々をざっと見回した。

「フェルナンデス船長、今回の交易の売上はどうだ?」

 バレンテに気づいたフェルナンデスは、そばにいた会計係に帳簿を預け、バレンテに近づいてくる。

「司教様、大丈夫ですよ。マニラ向けの銃や銃弾、砲弾を増やしましたからね。オランダ船と明の海賊に手を焼いているのは、マカオもマニラも同じです。大量に納めれば、粗利はたんまり。その上、受注以上に上乗せして納入しますんで、その分も懐が潤います」

「そんなことをしているのか?」

「売上を上げるための常套手段ですよ。大量発注の品は少しくらい数が増えても、向こうは気にしません。そうでなければ、目新しい品を勧めて粗悪品を交ぜて買わせたり、売れてると嘘をついて値上げしたり」

小狡こずるい手だな」

「商人なら誰でもやってます。これくらいしないと、生き残れませんよ。オランダとイギリスのせいで、日本との交易は以前ほど儲かりませんからね」

 バレンテは、悪びれないフェルナンデスを物憂げに見やる。こんな調子で商いをしているなら、今後警戒しなければなるまい。これまでは、わたしの腹の底をわかった上で働いてくれていると思っていたから、都合のいい男ではあったが……。なにか嘘をついたり、売上をごまかすことも考えられる。

「それで、今後はどうするつもりだ? フェルナンデス、船主として確認しておきたいと思ってな」

 フェルナンデスは、バレンテを倉庫の外へ連れ出した。

「フェルナンデス、日本で利益を得られたのは、商人と、日本語を話せるイエズス会士が組んだからだ。日本から宣教師が追放されている今、これまでと同じやり方で交易がうまく行くとは到底思えない」

「はい。わたしも、ゴアから香辛料、薬品、ビロード、時計、ガラスを積んで、マカオで生糸、絹織物、火薬、麝香じやこうに積み替えて日本へという交易は見直さないといけないと思ってました」

「日本で宣教が禁じられてから、イエズス会は宣教先を広東、海南、広南へ変えている。たいていのマカオ商人たちも交易先の比重をそちらへ変えている。それで、そなたの事業計画は?」

「実は、フィリピン総督や商人から、人を確保してほしいと頼まれてまして」

 フェルナンデスがさりげなく質問の矛先をずらしたのにバレンテは気づいた。おそらく計画などないのだろう。

「それは、以前からやっていたのでは? それがそなたの計画か? 広南や他の島などとの取り引きは考えないのか?」

「他の連中と同じやり方をしても大きな利は望めませんよ」

 調子のいいことを。大口を叩く気か。

 長年の付き合いで、思いつきと行き当たりばったりでものごとを決める男だとわかっているが、ここは深く追求せず話を聞いてみることにした。

「では、いい算段があるのだな? これまでも明で略奪された唐人や日本人の男女を買って、マニラへ送り込んだと聞いたが? 他にもマカオで職にあぶれたり、路上で暮らす男女を集めてマニラへ送ったと」

「十人二十人じゃなく、もっと調達してほしいといわれているんです」

「明の男女を奴隷として国外へ出してはならないとされている。大勢だと、明兵に気づかれてしまうぞ。明兵に買収が通じるのは少人数までだ」

「百人は調達したいらしいんですがね。一万二千クルザードにはなりますよ。そこから経費を引いても、巨万の富だ!」

「お前のうまい話は、その通りになった試しがない。フェルナンデス、目先の利益だけではなく、お前なりの次の一手を考えなさい。そもそもなぜそんなに人手がいるといっているのだ?」

「ルソン島で鉱山や大規模農園の働き手が必要だそうで。要塞や鉱山の守備にも欲しいのではないかと」

「家事用の奴隷や個人の傭兵ではないのだな?」

 ふと、バレンテにいい考えが浮かんだ。

「ならば、日本人を集めて、送り込めばよい。日本人が出ていく分には、明の官僚は喜ぶに違いない。明兵も見逃すだろう。マニラのイスパニア人がどう思うかわからないがな」

 ルソン島マニラには日本人町があり、三千人ほどの日本人が住んでいる。近隣の島や大陸沿岸の国々にも日本人町は点在しているが、その中では最大の人数だった。日本人町には、日本から逃れてきたキリシタンや牢人などが居住しているが、時々イスパニア人に対して抵抗したり、暴動を起こしたり、蜂起したりする。そのため、マニラから追放までされた日本人もいるのをバレンテは知っていた。

「司教様、よろしいのですか? あまり人数が多いと……フィリペ国王陛下から、日本人を奴隷にするのはやめるように――」

「奴隷ではない、年季奉公人だ。日本人は『期限を決めて働く年季奉公だ』とよく自分たちのことをいうではないか。五年なら五年と期限を決めてマニラで働く、そう言って募れば、日本人は奴隷と思わず、集まってくるだろう。そもそもポルトガル人やイスパニア人に売られ、日本を出た日本人は生涯奴隷なのだ。解放されても、奴隷だった過去は消えない。どうもそういった概念が日本人にはないようだが、自らの意志で奴隷に戻る分にはさほどおおごとにはなるまい」

 バレンテの目の前を荷運びする人足が行き来する。浜辺で舟を修理する船大工の金槌の音や物売りをする女の声が夕暮れの港に淋しく響いていた。

「とにかく働き口もなく、マカオの町をうろついているよりよほどいい。それに、わたしが黙っている限り、明るみに出ることはない。不正な人買いだ、奴隷売買などと騒ぎ、公に訴え出ようとする者は、わたしが始末をつける」

 にんまりと笑うフェルナンデスの目が暮れなずむ夕日を受けてどんよりと光った。

「では、仰せの通りにいたしますよ」

 ふた月後――一六二二年四月

 慈愛堂の医務室の天井から薬草が吊られ、よい香りが室内に漂っている。それらは、フランスやイタリアから持ち込まれ、慈愛堂の中庭で育てられた薬草だ。

 多聞は、龍之進が持ってきた行李から漢方薬の薬剤を取り出して、棚にある小さな引き出しにひとつひとつ入れていった。

「龍王、慈愛堂の増床の件だけど、日本人パードレの中には、マカオに資産を持ったまま宣教に出ている人もいるんだ。その方は二軒の家を持っていて、日本人の神学生を住まわせたり、他に賃貸することでお金を得て、それを教会に寄付している。部屋数が足りないなら、その方に相談してみてはどうだろう? 家を貸していただけるかもしれない」

「ありがとう。そうしてみるよ」

「でも、私が見たところ、以前より改善しているんじゃないかな? 慈愛堂を診て回ると、人の入れ替わりがあるし、特にこのふた月は、少なくとも廊下まで雑魚寝するような状態じゃない」

 龍之進は、なにげなく廊下を見た。廊下に設けられた空の寝床が見える。慈愛堂は中庭のある二階建ての邸宅を利用しているが、一時は部屋ばかりか、廊下にも寝床を設け、一つの寝床に二人、三人が横になり、それでも足りない場合は雑魚寝になった。なにもかもが足りず、人々は不満を漏らすようになり、些細なことで喧嘩が起こり、病で臥してしまう人も増えた。これではいけないと思った龍之進は、食べ物や備品を手に入れるため、唐人の商家、農家、漁家を朝早くから晩まで走り回った。その時の経験から、空間でも食料でも備品でも、不足のないようにするのが自分の務めと思うようになっている。

「そういわれれば、体調がよくなったかと思うと、いつの間にかいなくなってる……あの人たちはどこに行ったんだろう」

 慈愛堂にいる人々に親身になって接する多聞と違い、院長として経営に携わる龍之進は、施設の維持で頭がいっぱいで、一人一人にまで目が行き届かない。

「多聞、なにか気になることがあったら、その都度言ってくれ。すまない。俺は気づかないことが多くて」

 多聞は、木机に置かれた薬研やげんの輪を動かし、薬草を磨り潰している。

「龍王、お前はよくやってるよ。いつか過労で倒れるんじゃないかと心配するくらいだ」

 そう言うと輪を置いて、医務室にいた手伝いの男を呼び、磨り潰した生薬を腹痛を訴える病人に煎じて服用させるよう指示を出した。そして、そばにあった布袋から乾燥したナツメを数個取り出すと、半分を龍之進に差し出した。

「これは生薬にもなるが、柔らかい食感で、うまいんだ。中の種には気をつけろ」

「ありがとう。もらうよ。よくやってるか……褒めてくれるのはありがたいけど、いつもうまくいくとは限らないからな」

 龍之進も、多聞の真似をしてナツメを齧った。

「いまだに取り引きで騙されたりするんだぞ。船が海賊に襲われて命が危うくなったりさ。追い詰めた海賊の命乞いを真に受けて気を許した途端、背後から狙われたりして。そんな気の抜けない一瞬一瞬が俺を強くしてきたと思うけど、ほんとに成長してるんだろうかって……自分では十年前とそんなに変わっていない、まだまだだと思っていても、俺を頼りにしてくれている周りはそう見ない。時々、自分と周りの見る目の隔たりに気づいて驚くことがあるよ」

「私もそうさ。期待されるほど自分がうまくこなせるか、時々不安になる」

 龍之進と多聞は、笑いあった。

「長崎を出る時、なにもできない童だったから、李旦に力を持たないと誰にも相手にされないって言われた。だから、力を持ちたい、強くなりたいって思った。マヌエルや沙羅、ベルを救うため、人を守るためにね。最近になって、お父が言っていた意味がわかるような気がするんだ。『やり切れ。諦めるな。お前の大切な人を守れ』って、お父にとってお母や俺を守ることが心の支えだったんじゃないかってさ。自分のためだけに生きるのは……淋しいものだよ」

 多聞は、龍之進の物悲しい表情を見て、小さく頷いた。

 ディアスの家に立ち寄り、晩課(午後五時)までに修道院に戻りたいと多聞がいうので、龍之進は多聞と慈愛堂を出た。

 新緑の葉を茂らせた通りの樹木が、真上から降り注ぐ強い日差しを受けて濃い木陰を作っている。

 ディアスの家に近い聖パウロ聖堂前の広場に向かって二人で歩いていると、輿に乗ったポルトガル人の女とすれ違った。女はマカオの裕福な女たちの間で流行りの豪華な金襴きんらんの日本の着物を羽織っている。ほどなく歓声が背後から近づいてきたかと思うと、龍之進と多聞の脇を、ポルトガル人と唐人の童が一緒になって走り抜けていく。

 交易で潤うマカオには、商人だけでなく、仕事を求める人々が集まってきた。年々増える住人のために町には人家や商家が新たに建てられ、そのせいで道が複雑に入り込むようになった。

 聖パウロ聖堂に続く通りから、二十代の痩せた男がやってきて龍之進と多聞に軽く礼をして通り過ぎようとした。

「藤九郎? 藤九郎じゃないか」龍之進が声をかけた。「いつ慈愛堂を出たんだ? もう体はいいのか?」

「はい、おかげさまで。慈愛堂ではお世話になりましたが、十日前に退院しました。儂もようやく働くことが決まって」

 藤九郎は、以前は鍛冶屋の住み込み職人だった。しかし、次第に咳き込むようになり、休みがちになったので、親方から休養するように勧められ、事実上解雇された。住まいもお金もなくなり、路上で暮らすようになったため、慈愛堂に引き取られた。半年療養しても咳が完全になくなることはなかったが、いつの間にか慈愛堂から姿を消していた。

「仕事が見つかったのか。よかったな。夜中の咳き込みはどうだ? 不安があれば、いつでも訪ねておいで」

 やさしい言葉をかけつつ、多聞は、細身の藤九郎を観察した。満足に食べていないのか、血色も良くなく、体調がいいようにはみえなかった。

「大丈夫です。儂はまだ動けます。だから、稼がないと。いつまでも慈愛堂で世話になるわけにはいきません。怠けてるとか、病のせいにして甘えてるとか言われたくないですから。実は、いい話を紹介してもらったんです。この機会を逃すのはもったいなくて。前金を十クルザードいただけるから、まずはそれで借金が返せます。住み込みですし、賃金もいいんです」

「そんな働き口が……?」

 龍之進は、はたと考えた。思い浮かばない。そして、藤九郎から少し離れたところにいる厳つい男に気がついた。藤九郎が話し終えるのを待っている……手持ち無沙汰そうに立つ態度から、そう察した。

「こんな儂みたいなのでも雇ってもらえるんです。賃金がもらえて、住む所も賄いもある。ありがたいです」

 笑顔を浮かべて藤九郎はそう話すと、一礼をして待っていた男と去っていった。

「藤九郎の胸の病は、おそらく治らない。満足に働くのは難しいと思うんだが」

 藤九郎を見送りながら、多聞が龍之進に囁いた。

「龍王! あ、イルマン・甲斐も。ちょうどいいところに!」

 万吉が慌てたようすで駆けてきた。慌ただしく連れていかれた道端で、目を瞑ったまま動かない汚い着物を着た女が横たわっていた。その横に痩せた童女がしゃがみ込んで、しきりに女の体を揺すって泣いている。

 多聞はすぐさま女の横に屈み、声をかけ、鼻と口に手をかざし、生きているかを確かめた。吐く息は弱々しく、童に揺すられているのにまったく反応がない。

 いつの間にか、背後にポルトガル人や唐人、日本人の人だかりができていた。

 多聞は、慈愛堂へ運ぶよう、周りに声をかけて立ち上がった。人々は、どこからか板を持ってきて倒れた女を移し、泣く童女を抱き上げて、慈愛堂へと向かった。

「まったく……神も仏もないもんだ!」

 思わず万吉が小さな声で悪態をつくと、多聞は穏やかながら毅然と忠告した。

「万吉、神がいないのではない。もし貧しい人々が飢え死にするなら、神が見捨てたのではなく、目の前にいるわれらが彼らに与えなかったからだ」

 そう言い残して、多聞は女を運ぶ人々の後に足早に続いた。

 多聞の言葉は、真を突いている。目の前のできごとに、われわれはもっと主体的にかかわらなければならない。龍之進は、多聞の聖職者としての深遠な精神を見た思いがした。

「どうせ儂は、教会にも寺にもいかない不心得者さ」そばで万吉がいじけている。「神仏を信じないわりに、なんでも神頼みだよ」

「万吉はあの二人を見捨てなかった。ちゃんと助けを求めたじゃないか」

 万吉は、きまりが悪そうに口をとんがらせる。「いや……やり過ごそうと思ったけど、あの童があんまり泣いてるから。ほっとくわけにはいかないだろ」

「多聞の言うことは正論だけど、お前の言いたいこともわかるよ。世の中、神や仏がいたら、こんなことにはならないと思う辛い時はたくさんあるからな」

 龍之進は、万吉の肩を軽く叩いた。

「万吉は、神頼みどころか、自分ができることをやった。血相変えて本気で心配してたし、立派だと思うぞ」

 照れた万吉は、一時黙り込んだ。

「あ、それで、龍王に相談があったんだ。マニラからやってきた日本人の船大工が話していたんだけど、マカオから唐人や日本人がマニラに送り込まれて、ルソン島の鉱山や農園に売り飛ばされているっていうんだ。住み込みで、賄いもあって、支度金として前金も出す。賃金は一年で前金の十倍以上支払うと言われるんだって。マカオに働き口がない人たちは飛びつくよ。だから、人伝ひとづてで広まっているようでさ。最近、慈愛堂からふいにいなくなる人たちがいるだろ。たぶん、それじゃないかっていうのさ」

 ――前金を十クルザードいただけるから、まずはそれで借金が返せます。住み込みですし、賃金もいいんです。

 そういえば、さっき藤九郎も同じような話をしていた。

「当初は、荷運びだが大した重さじゃないし、楽な仕事だと説明を受けるみたいだけど、連れていかれる場所は鉱山や農園や要塞の普請場で、けっこうきつい労働らしい。その上、後になって連れていくまで運賃がかかっているから、それを払えと言われて、借金を背負わされるんだよ。それが前金の十倍以上にもなる。賃金から賄いや長屋の賃貸料、他にもなにかと理由をつけられてお金を差っ引かれて、手元にはほぼ残らないらしい。借金をいつまで経っても返せないから、結局死ぬまで働くはめになる」

「あこぎだ、酷過ぎる! それ、ほんとうなのか?」

 思わず声を荒げる龍之進に、万吉は切なそうな顔つきをして頷いた。

「話してくれた船大工はさ、作物を運ぶ舟の修理のために農園の近くへ行ったことがあるんだって。そこで逃げてきた日本人と会ったと言ってた」

「その人から話を?」

「うん。その日本人は衰弱してて、船大工に匿われて数日のうちに亡くなったそうだよ。誰がこんなことやってんだかわかんないけどさ、まともな仕事の斡旋じゃないよ。どう見ても、人買いだ。なあ、龍王、慈愛堂を開いて、粗末に扱われてるマカオの同胞をなんとかしようと思ってやってんのに、なんなんだろな。慈愛堂で病やケガを治して体力つけさせるのは、南蛮人に死ぬまでこき使わせるため? 痩せ細って惨めに死なせるために儂らは同胞を世話しているのか? おかしいよ!」

 万吉は、悔しそうに怒気を発した。

 両手の拳を強く握り締め、腹の中に苛立ちをため込んで、龍之進は、宙を睨んだ。

 フェルナンデス……あの男だ! 沙羅は、フェルナンデスに芳しくない噂があり、前金を餌にして人を集め、マニラで十倍以上で売ってるらしいと言っていた。

「万吉、藤九郎を捜してくれ」

「藤九郎って、慈愛堂にいた?」

「そう。さっきたまたま会った。そしたら、仕事が決まったって……前金で借金を払ったって言ってた。藤九郎もたぶん騙されてる。さっき藤九郎は、聖パウロ聖堂のほうからやってきたんだ。聖堂近くの城壁外に日本人の職人たちが住んでいる一角があるだろ? まずは、そこをあたってみてくれないか」

「うん、わかった!」

 万吉の返事を聞くや否や龍之進は、反転し、すぐさま駆け出した。

「龍王、どこに行くんだよ!」

「ポルトガル商人のところ!」

(第19回へつづく)