第二章

二(承前)

 数日後―― 一六一〇年一月一日

 多聞は、日本の正月を楽しみにしている。教会は、春の復活祭や冬の降誕祭を大切にしていて、教会で壮麗なミサを行い、聖劇を上演し、信者たちは一番上等な着物を着て、食卓にご馳走を並べて華々しく祝うが、今日は人目を引く行事はない。

 教会暦一月一日と日本の暦一月朔日ついたちは、かなりずれている。今年の日本の元日は、二十四日後だ。正月には毎年慈善院で炊き出しが行われ、丸餅の入った水菜、大根の雑煮が振舞われる。それを手伝う多聞も雑煮を少し分けてもらい、正月気分を味わう。雑煮を見ると、いつも関ケ原の家族との正月を思い出す。年取りを祝う日に家族で氏神様に参拝し、丸餅、里芋、大根、牛蒡ごぼうを入れた雑煮を食べてのんびり過ごした時のことを。その懐かしい日々を思い出すたび、多聞の心は穏やかになった。

 教会のミサを終え、多聞が自室でラテン語の本を読んでいると、小神学校の生徒が慌ただしく入ってきた。

「大変だよ! 有馬のお殿様がやってきた。それも大勢の兵を連れて!」

「有馬のお殿様がなんで? 兵ってどういうこと?」

「町の人は、内府様の命を受けて、有馬のお殿様がペソア総司令官の首を取りにきたって噂してる。総司令官と配下の人たちを皆殺しにして、黒船と積み荷を押収するんだって! 海に有馬から来た兵船が何隻も並んでるって、町は大騒ぎだ!」

 多聞は驚き、杖をつきながら、外へ出た。

 町は、物々しい雰囲気に包まれていた。人々は道端にたむろし、あちこちでひそひそと立ち話をしている。

 多聞は、岬へ向かってみた。見下ろすと、海に多くの兵船が密集して浮いている。船上に台状の矢倉をのせ、装甲板で覆った大型軍船、それよりやや小ぶりな軍船と大小合わせておよそ三十隻。近くの海岸には具足を身につけた兵がぞろぞろと上陸している。一艘に三十人が乗ってきたとして、おおまかに計算すると約千人の兵だ。

 なんてことだ! 多聞は、緊張のあまり手が冷たくなってくるのを感じた。

 急いで町中に戻ると、長崎奉行所の近くでざわめく声がする。多聞は声のするほうへ近づき、人垣を掻き分けると、外町のほうから立派な着物を着て、四十を過ぎた精悍な顔つきをした侍が、大勢の侍を引き連れて歩いてくる。中には具足を身につけた者もいた。彼らは、長崎奉行所に入っていく。

 多聞がそばにいた男に話しかけると、先頭を歩いていたのが日野江藩主有馬晴信だという。

 この日、有馬晴信は、御手廻二十人と千人以上の兵を引き連れて、有馬から長崎入りをしたのだった。

 

 翌二日、多聞が外出すると、町の人々はノッサ・セニョーラ・ダ・グラサ号に船員たちが次々と乗り込んでいると噂していた。船出にはまだ早い時期なのに、まさか逃げようとしているのではないかと、こそこそと話している。

 夜になると、東風が吹き出した。船出にはよい風向きである。すると、ノッサ・セニョーラ・ダ・グラサ号は帆を張って出港した。

 神学生からナウ船が航行を始めたと聞き、驚いた多聞は、沿岸へ向かった。そこには、乗船者の一部だけを乗せて出帆したノッサ・セニョーラ・ダ・グラサ号の今後のなりゆきを見ようと、多勢のポルトガル人や日本人が集まっていた。

 沖へとゆっくり進むペソアのポルトガル船の影に向かって、灯火とのぼり旗を掲げた一隻の小早船が近づいていく。十人くらいが乗る小型船は、櫓を漕いで進むため、見る見るうちにナウ船に近づいていく。

 あの小型船はいったいなにをしようとしているんだろう? 誰かの伝言を届けにいくのか?

 小早船がいよいよ黒船に接近しようとしたその時、何発もの発砲音が闇に響いた。

 黒船からの銃撃を受けた和船は、近づくことができないでいる。しかし、黒船もそれ以上進めず、外洋に出ることはできなかった。風向きが西風に変わったからだ。

 さらに続く三日は無風だった。多聞が昨夜と同じ沿岸に行ってみると、ノッサ・セニョーラ・ダ・グラサ号は港から半里進んだあの場所に停泊したままだ。

 しかし、その夜、また動きがあった。

 松明たいまつを灯した三十隻もの兵船がポルトガル船を追うように現れた。そのうちの数隻が小舟を曳いて黒船に向かっていく。小舟にこんもりと積まれたなにかが勢いよく燃えている。まるで火だるまが海の上を進んでいるようだ。

 小舟に燃えやすい草や萱を積み上げて火をつけたのだろうと多聞は推測した。小舟を曳く兵船がポルトガル船に接近しようとせず、風上に進んでいるところを見ると、風上から燃え盛る小舟を流して黒船へ体当たりさせ、延焼させようという策なのだろう。

 灯火をすべて消した黒船は、沈黙したままだ。真っ暗なせいで、乗員たちの動きはわからない。和船も夜襲をかけ、ペソアも船員の動きを見せない。まさに夜戦だった。

 突然、空が割れるような大音響が響いた。

 黒船の大砲だ。多聞と同じく海岸にいた見物人たちから悲鳴があがる。多聞は、大砲の大音響に驚き、危うく転びそうになった。とっさに支えてくれたのは、パードレ・原だった。

「大丈夫か? こんな寒い晩に……海風は傷に響くだろう?」

 多聞が原に礼を述べた時、周りがどよめいた。砲弾に当たった小舟が海へと沈んでいったからだ。

「パードレ、ペソア総司令官は、このまま長崎を出てしまわれるおつもりなのでしょうか? まだ町にはあの船に乗って長崎にきた人たちが残っているのに」

「ペソア総司令官に従う三十名ほどが乗船したようだね。大砲を撃つとは……どうやら総司令官は本気で日本を去ろうとしているんだな。パシオ副管区長から聞いたのだが、一昨日の一月一日、有馬様はお奉行様と相談し、三日の今日司教館で絹の船荷について相談したいとペソア総司令官に持ちかけたそうだ。ところが、総司令官は交渉を断ってきた。会合は自分を誘き出し、捕らえるための罠と察知したのだろう。有馬様は改めて昨日も使いを出したが、総司令官は船員たちに招集をかけ、予定を早めて出港してしまった」

 黒船から再び大砲が火を噴き、多聞は耳を塞いだ。

 燃え盛る小舟が木っ端みじんに吹き飛ぶと、見物する日本人は落胆の声を発し、ポルトガル人は尺八のような楽器シャラメラを吹き鳴らした。

 騒ぎの中でも構わず、原は続けた。「有馬様は、そこで家臣二人を小早船に乗せて総司令官のもとに送り出したそうだ。それが昨日の晩のこと。二人は、懐剣のみで刀は差さず、総司令官と目通りするのが目的だ。帯刀しないことで総司令官を油断させ、刺し違えても討ち漏らさないようにと命を受けたらしい。しかし、二人を乗せた船は、黒船からの銃撃を受け、近づくことさえできなかった」

 それがまさに多聞が昨夜見た情景だった。

 海上では、最後の一艘となった小舟が砲弾を受け、沈んでいくところだった。ポルトガル人の歓声とシャルメラの音が辺りに響いた。

「お奉行様は、『総司令官に交渉の申し出は嘘だとイエズス会が告げ口した』と駿府へ報告したそうだ」

「ほんとうに、イエズス会のどなたかがそのようなことを?」多聞は、驚いた。

 原は、首を振った。「真相はわからない。情報が錯綜しているから。とにかく連日の戦のようすは、その都度駿府へ報告されているらしい」

 一月四日、多聞が岬から浜辺を見ると、数人の侍が見守る中、大工たちが二艘を横に繋いでその上に材木を井桁に組んでいた。

 なにをしているのだろうと、多聞は首を傾げた。

 その船普請をよそに、ポルトガル船への攻撃が始まった。

 四日五日と三日から風は吹かず、停泊したまま動けない黒船に、三十隻の兵船による弓矢と火縄銃による攻撃が続けられた。にもかかわらず、ノッサ・セニョーラ・ダ・グラサ号の大砲が火を吹き、そばに近づくことはできないでいた。

 六日、巨大な櫓を据えた井楼船せいろうぶねを浜辺で見た時、多聞に震えが走った。櫓の高さは、おそらく黒船の船尾楼の高さに匹敵するのではないか。城攻めに使われる攻城櫓のようなものを二艘の舟を繋いで作っていたのだ。

 これを使って、あのナウ船に乗り移る気だ!

 多くの兵で浜辺が埋め尽くされ、井楼船や兵船に弓矢や銃などが積みこまれている。戦に臨もうとするそのさまには、異様な緊張感が漂っていた。

 最後の決戦が始まる……。

 多聞に辛い思い出が蘇った。関ケ原で見た累々と横たわる死者たち。苦しそうにいななく馬。血塗ちまみれになって死んでいった父……あのような光景は、もう二度と見たくない。

 同じく岬から眼下のようすを眺めていた欧州人たちは、両手を握り締めて「東風が吹きますように」と口々に呟いた。黒船が錨を上げて風に乗り、一刻も早く無事に長崎を離れることができるよう願っているのだ。

 多聞は、岬の教会に入った。日本人の神学生やイルマンが「ペソア総司令官が逮捕されますように」と祈っていた。

 彼らが出ていくと、多聞は祭壇に近づき、跪いた。

「ポルトガル人と日本人が分断することなく、どうか、すべての人との平和を……」

 多聞は、祈りを捧げた。

 背後から複数の具足の擦り合う音が近づいてくる。振り向くと、甲冑を身に付けた五人の男たちが教会へ入ってきた。多聞は、脇へ退いて彼らに祭壇の前を譲った。

 彼らは、キリシタンらしく、胸で十字を切ると、跪いた。多聞は、彼らのようすを柱の陰に座り、祈るふりをして窺った。侍たちは、長く祈りを捧げていたが、先頭にいた一人の男が顔を上げると、周りを見回し自分たち以外に誰もいないのを確かめ、後ろに控える四人に小声で言った。

「内府様は、殿が江戸ば発つ時、もしも黒船がうまく逃げおおせたなら、長崎におるポルトガル人ば全員、司教様やパードレたちも殺し、キリシタンが彼らを守ろうとするなら、町ごと焼き払えと内々に命じられたそうだ」

「まことでござるか!」

 先頭の男が続ける。「声ば落とせ。外に聞こえる。ペソアを打ち損じるなという脅しであろう。われらがキリシタンゆえ、同じキリシタンのポルトガル人のペソアば庇い、手加減して逃すんやなかかと疑われておらるるばい。助命をパードレから頼まれれば断れず、われらが武士の矜持をいともたやすく捨てるとお思いなんであろう」

「そがんことは! われらとてマカオで有馬の者たちが無残に殺されたと知り、どがん悔しかったか」

 別の男が言うと、その隣の侍はこう推測した。

「内府様は、試しとらるるのだ。キリシタン武士は、まことに内府様の命に従うかを。こん戦は、日野江藩の存続にもかかわること。心してかからんば」

 先頭にいる武士は、深く頷く。

「左様。そしてキリシタンの信仰も問わるる戦ぞ。長崎はキリシタンの中心地。そこを焼き払うなど、考えられん。黒船ば取り逃がしたら、パードレたちは全員殺されてしまう。長崎だけやなか、強いては日本中のキリシタンも根絶やしにさるると思え。よかか、本日われらは命ばかけてあん黒船ば阻止する。われらには神ばついとう。神はわれらば力づけ、支えてくださる。死を恐れてはならぬ。それこそ殉教であり、キリシタンとして本望たい」

 有馬の侍たちは、無言で頷きあった。

 彼らは、パードレやキリシタンの命を背負って戦うつもりだ。その悲愴で鬼気迫る決意は、多聞の胸を締めつけた。

 

 同日六日の夕暮れ時、風が吹いて、ノッサ・セニョーラ・ダ・グラサ号は再び出帆しようとした。ところが、夜にはまた風がほぼ凪いでしまった。

 停止した黒船に向かって、兵船六隻が海へ繰り出した。黒船の左右に三隻ずつで囲み、弓矢と火縄銃で一斉に攻撃を始めた。井楼船も黒船の船尾につき、火縄銃と火矢を黒船に目がけて放った。さらにその外周を大小さまざまな兵船が幾重にも取り巻いた。

 ここ数日のうちで、一番大がかりな船団だった。

 海戦を見物しようと、海岸に大勢の見物人が押し寄せた。多聞も月明かりの中、彼らと戦を見守った。

 大砲が轟き、双方の船から絶えず銃声も聞こえる。砲弾が命中し、兵船が砕けるのがぼんやりと見えた。ケガ人や死者のようすは、暗がりのため、よくわからない。火花と白煙が見えるだけだ。

 小さな爆音と共に、突如として黒船の船尾楼から火の手が上がった。すると、黒船の後尾に付いていた井楼船から兵たちが次々と黒船へと乗り移っていく。

 やがて黒船の後帆柱の帆が燃え、さらに黒船の甲板でも爆発が起こった。

 それを見た海辺の人々から、どよめきがあがる。

 黒船が燃える炎で辺りが明るく照らされ、刀と剣で戦う人影が見えた。

 それから、まもなく空と海を震わす大爆発が起こった。炎が円状に飛び散り、火柱が空高く立ち上る。耳をつんざく、恐ろしい轟音は、多聞の痛んだ胸骨に響くほどだった。

 横腹に大穴が開いた黒船は、見る見るうちに海へと沈んでいく。

 海岸にいたポルトガル人たちは言葉を失い、日本人は歓声をあげた。

 あれほどの爆発が起こるなんて、いったいなにが起こったんだ……?

 多聞は、愕然と立ち尽くした。

 戦を見物していた人々も、しばらく無言のままポルトガル船の最期を見つめている。しかし、しばらくすると、

「黒船の船長は、異国で有馬の人々を殺した張本人ばい。罰が当たったんやなあ」

「そうばい。よか風も吹かんってことは、これぞ神の御心よ」

「逃げようとしたってそうはいくか。有馬の兵が仕留めたんやけん、これぞ敵討ちばい」

 そう言って日本人たちは単純に喜び、異国人たちは憮然としたようすで、海辺から引き揚げていく。

 爆沈していく船を見ながら、多聞の胸に去来したのは虚しさだった。

 教会で祈りを捧げていた侍たちはどうしているだろう。ペソア総司令官はどうなったのだろう。

 炎に包まれながら、折れた帆柱や船体の黒い影が徐々に海に呑まれていく。取り巻く兵船の中には大砲の砲弾を受けて壊れたり、黒船の爆発が飛び火して燃えていたりする船がある。井楼船に組まれた塔も炎と黒煙を上げ、今にも崩れそうだ。

 言葉が出てこなかった。この光景を全身で受け止めるのが精いっぱいで。

 これでパードレやキリシタンたちの命は救われた。そういうことなんだ……。

 しかし、目の前の状況に圧倒された多聞に、喜びの感情は沸き上がってこなかった。

 

 翌朝、浜辺には海から引き揚げられたポルトガル人や日本人、唐人などの遺体やナウ船の船荷が並べられた。役人はそれらを一体一体、一つ一つ確認しながら帳簿に書き留めていた。

 祈りを捧げた後、痛ましい浜辺に背を向け、多聞は、ケガ人が収容された病院や修道院などの施設を回ることにした。足は不自由だが、手当てはできるだろう。

 ある病院の前を通りかかると、院内に入れない兵たちが地べたに座って治療の順番を待っていた。火傷や弾傷、剣による傷とさまざまだが、命にかかわるような大ケガを負った兵は中へ運ばれたのだろう。院内から、呻き声や悲鳴が聞こえる。

 多聞は、彼らの傷を一つ一つ診ていき、手当てできる者はその場で対処した。彼らは意識がはっきりしているので、昨夜の戦いのようすを話した。

「お奉行様のお身内も昨晩の戦におって、黒船に乗り移って、按針の首を取ったという話ばい」

 多聞は、若い男の切り傷のある左腕に、薬草の湿布を当て、布を巻いていた。すると、若い男の隣にいるすすに塗れた顔をした男が「儂はその場におったけんわかる」と口を挟んできた。その男の頬と肩、手には火傷があり、水膨れを起こしている。

「儂はな、井楼船で銃ば撃っとった。そしたら、ポルトガル人が手投げ弾をこちらに放ろうとしたけん、儂はそやつば撃とうと銃ば構えた。ところが、手投げ弾の着火が早すぎたんばい。こっちに放る前にその場で爆発してしもうたんさ。ポルトガル人はその場から逃げたんで、長谷川様や他の侍が黒船に乗り込んでいった」

「それが最初の爆発だったんですね?」多聞は、手を動かしながら訊いた。

「そう。その時の爆発で帆に火が燃え移って、その帆が甲板にあった火薬箱に落ちたんばい。それで、甲板でも爆発が起こった」

「それが二度目の? では、最後のあの大爆発は?」

「あれはな。儂は見たわけやなかが、黒船に乗り移って間一髪のところで、海へ逃げて助かったお侍の話によると、黒船の船長の自爆らしいぞ。船長が、松明を持って船底へ下りていくんば見たそうだ。戦の最中、船底へ下りるんはおかしかと察したお侍は、周りに逃げるよう声をかけたそうだ。次々と海へ飛び込んだり、井楼船に戻ろうしとったら、あの爆音や。儂もたまげたばい」

 その時、黒船に乗っていた船員は、およそ三十人。ケガをした者もいる中、鎮火にあたり、日本兵と戦い、風を受けた時には船の操縦もしなければならない。それだけの兵力はもう残っていない。そう悟ったペソア総司令官は、松明を持って船の火薬庫に下り、自爆したのだろうとそのお侍は話したと男は言った。

 ノッサ・セニョーラ・ダ・グラサ号は、二百余人の乗組員のうち約三十人の乗組員と六十万クルザードに相当する絹、二十万クルザード以上に相当する銀と共に海底に沈んだ。海を捜索したが、ペソア総司令官は、その遺体さえもとうとう見つからなかった。

 事件後、徳川家康は、長崎にいるポルトガル人を皆殺しにするという発言を取り下げ、長崎にいるイエズス会士全員に赦免を与えた。

 しかし、三月、駿府へ行っていた長崎奉行が長崎へ戻ると、徳川家康はイエズス会副管区長とロドリゲスにマカオへの追放を命じたとイエズス会に告げた。ただし、副管区長については長崎奉行が徳川家康にとりなすので、退去する必要はないと言ったそうだ。

 いよいよロドリゲスは、長崎を、日本を去らなければならなくなった。日本のイエズス会と徳川家康がロドリゲスの追放を決めたからだ。

 

 住院で荷物を丁寧に櫃に収めるロドリゲスのそばに立ち、多聞はなんと声をかけてよいのか悩んだ。日本で暮らしたロドリゲスの年月は、多聞が生きてきた時よりも遥かに長く、三十三年間にも及ぶ。

 ロドリゲスは、一つ一つの小物を手に取っては思い出に浸っているようで、すべての動作がゆっくりだった。

「パードレ、お手伝いできることはありませんか?」

「大丈夫ですよ。わたしにそんなに荷物はありませんから。ちょっと感傷に浸ってしまい、時間がかかっているだけです」

 多聞は、ペソア総司令官の死で、徳川家康がロドリゲスの通辞罷免を撤回し、引き続き日本の滞在を認めるのではないかと期待した。そうなれば、聴聞会でロドリゲスの退去を決めたイエズス会も処分の見直しをするかもしれない。しかし、そうはならなかった。その上、同じく追放処分となったイエズス会のパシオ副管区長は長崎奉行により残留を見逃されるが、ロドリゲスは処分そのままである。あからさまな待遇差だった。結果、イエズス会の責めをロドリゲスが一身に負う形になったが、これまでの経緯を知るだけに多聞はその理不尽に憤りを感じた。

「わたしは日本で死を迎え、埋葬されるのだろうと思っていました。それがわたしの望みでもありましたが……これも神の御心なのでしょう」

 屈んで片づけていたロドリゲスは、顔を多聞に向けた。

「セバスチャン、お前はパードレになりたいのでしょう? 司教様にはわたしから今後のことは頼んでおきました」

「ありがとうございます」

 多聞は、深々と頭を下げた。ロドリゲスは、ちゃんと見ていてくれたのだ。こんな時でなければ素直に喜べたのに。複雑な心境だった。

「なぜ日本にいる欧州人の聖職者が、日本人のパードレの叙階に消極的なのかわかりますか?」

「それは……日本人には、キリストの教えが身につかないと思われているから」

「少し……違いますね」ロドリゲスは、再び櫃に小物を詰める。「日本では仏教が当初は単一であったと思われるのに、今では多種多様に分派しています。そのため、教会を日本人に委ねると、仏教と同じく分裂するのではないか、異端が生まれるのではないか、それを恐れているのです。正統なキリストの教えは一つですから」

 多聞が考えもしなかった答えだった。

「なにも日本人だけが危険というのではありませんよ。欧州の山奥にある寒村では、異端派がはびこり、そこで司牧するパードレさえその教えが間違っていることに気づかず、異端者と退廃的に暮らしていたりします。だからこそ、教育と学びは大切なのです。ただ、日本にキリスト教が広まるようになったのは、ここ五十年余りのこと。歴史が浅いゆえ、異端派が生まれやすい懸念はあります。でも、諦めてはいけませんよ。日本人のパードレが求められる時は必ずきます。いずれこの国のパードレは、日本人に委ねられるでしょう」

 ロドリゲスは、立ち上がると、小さな鍵を多聞の手のひらに置いた。

「お前が預かっていなさい」

「これは?」

「図書室の書棚の下にある引き出しの鍵です。その中に木箱に入った書類があります。それをお前に託します。中には、わたしがラテン語と日本語の対比を書いた紙の束が入っています。言葉すべてを網羅できたわけではありませんが、今後ラテン語を学ぶ上できっと役に立つでしょう。それと、もう一つ……パードレ・バレンテの不正の証拠が入っています」

「パードレ・バレンテが私的に使い込んだという?」

「そうです。わたしは、もう彼を追及することは叶わなくなりました。今や日本とマカオのイエズス会で、バレンテの発言力は強固のようです。たとえ訴えても握り潰されてしまうでしょう。この世は正しさがいつも通るわけではありません。それはお前もわかりますね?」

「はい」多聞は、こうべを垂れた。

「誰の目にも明らかだとしても、その時の力の強弱で理不尽がまかり通ります。ですから、ここぞという時を待たねばならないのです」

 ロドリゲスは、多聞の手に置いた鍵を握らせた。

「とはいえ……もしもバレンテがお前になにか危害を及ぼそうとした時は、この書類を役立てなさい。弱みを握っていれば、お前の能力次第でことを有利に運べます。わたしは、それをするには愚直すぎて、手を打とうと思った時にはなにもかも遅すぎました」

「パードレ……」

 ロドリゲスはすべてを飲み込んだ上で、日本を去ろうとしている。多聞は、その心中を想像しようとするが、経験が浅く、なにも見えなかった。ただ多聞は、胸苦しいほど切なかった。

 ロドリゲスは、そこで微笑み、多聞に鍵を握らせた拳を両手で包み込み、少し力を込めた。熱く、意思の強さが感じられる手だった。

「セバスチャン、人が生きていく上で大切なのは、理不尽や不平等を乗り越える力を持つことです。不条理を受け入れ、向き合い、戦う。その勇気を持つことです。弱音を吐き、くじけてもいいのです。また立ち上がればいいのですから。何度でも……何度でもね。きっと神が助けてくれますよ」

 三月後半、ロドリゲスは、ノッサ・セニョーラ・ダ・グラサ号に乗ってきたポルトガル人商人や乗組員と一緒に唐船に乗り、長崎を離れていった。

 その唐船が青々とした海の彼方へ見えなくなるまで、多聞は一人、海岸で見送り続けた。

 多聞の胸に、ずっと後悔がくすぶっている。峠でロドリゲスの書状を奪われなければ……あれが原因で長崎奉行のロドリゲスへの印象は一層悪くなった。自分がロドリゲスを追い詰める一因を作ってしまったのだ。パシオ副管区長の残留を認める長崎奉行の処遇といい、ロドリゲスの悔しさはいかばかりだろう。

 私の短慮のせいで……。それなのに、パードレ・ロドリゲスは、私の将来や身の安全を心配してくださった。多聞の胸は、押し潰されそうなほど痛んだ。

 人の役に立ちたいと願いつつ、結局人の足を引っ張っている。

 悔し涙で視界がぼやけ、多聞は手の甲で頬に垂れる雫を拭った。

 物事の先を見据えてもっと深く考え、先の先まで見越した、慎重な振舞いをすべきだった。私は愚か者だ!

 気持ちが高ぶった多聞は、大声を張り上げた。全身に力を込めて叫んだ。

 それから、息を整えて水平線を睨むように見つめる。

「私は私に課す。もう二度と人を危険に晒すことはしない。人の役に立ちたければ、せめてそれくらいしろ、多聞!」

(第15回へつづく)