第二章

二(承前)

 駿府から、ポルトガル代表団が長崎へ戻ってきた。

 聖パウロ教会堂の正門前で多聞が出迎えると、パードレ・ロドリゲスは、留守中に起こったできごとと会計の報告を求めた。

 帰還早々、会計を気にするなんて。バードレは、よほど金銭のことが頭から離れないらしい。多聞は、少し呆れてしまった。

 問題なしと判断すると、ロドリゲスは「司教様にご報告申し上げるので、セバスチャンも付いてきなさい」と言った。

「私も同席してよろしいのですか?」

「交易に関することですし、聞いておいたほうがなにかとよいでしょう」

 ロドリゲスに従い、多聞は司教館へ向かった。

 多聞は、めったにセルケイラ司教と話すことはない。パードレの上に立ち、日本司教区の長なので、親しく話しかけるのには躊躇があるからだ。

 多聞は、思慮深く穏やかな司教が好きだ。異国人の中には、言葉がわからないことをいいことに面と向かって日本人の悪口を口にする者がいる。司教は、そんな不遜な態度を戒める人だった。

 多聞がポルトガル語を理解できるようになった時、あるポルトガル人パードレが日本人を「けだもの」「野蛮人」と表現しているのを聞いた。多聞は、衝撃を受け、悲しくなった。

 そのパードレは、「キリストの教えで日本人を救うために活動しているのに、日本人にはそれが理解できない。仏教の僧が色と欲に走るように、キリシタンのパードレも寄付と称して貧富関係なく人々から財をむしり取り、自分たちの私腹を肥やすために日本へ来ていると思っている。欲にまみれているから、そんな発想しかできない。しょせん野蛮人なのだ」と、他の聖職者と話していた。

 多聞が一人落ち込んでいると、司教が話しかけてきた。多聞が事の次第を正直に話すと、司教は「そのような表現するのは、驕りを持つ証拠」と言った。「われわれは、導きがあって福音の道を歩んでいる。生まれた時から教えが身についていた者などいない。自分とは言語や習慣、環境が違うからといって、相手をおとしめてはいけない。そのような態度は傲慢であり、怠惰であり、罪への入り口になる」と口にし、聖職者を集めて布教の心得を教え諭した。

 セルケイラ司教は一室で、代表団に加わったポルトガル人たちの挨拶を受けていた。彼らがいなくなると、ロドリゲスは、扉を閉め、多聞を従えて部屋の奥で椅子に座る司教の前に立った。セルケイラは、よわい五十七になるポルトガル人で、日本に来て十一年目になる。日本人の売買禁止と日本人聖職者の育成に力を尽くす人である。

「無事に戻れてなによりです、パードレ・ロドリゲス。内府様への謁見はつつがなく……?」

「そのことなのですが、気がかりなことがありました」

「あのことが知られたのか?」

「いえ、そうではありません。われわれが駿府に到着した後、オランダの代表団が到着しました。順番から申せば、われらのほうが先なはず。ところが、オランダの謁見が終わるまで、我らは待ちぼうけを食ったのです」

「それは……いったい? あの異端者たちが内府様の側近になにか手を打ったのか?」

「いえ、そうではなく……おそらく内府様のご関心がオランダのほうへ移りつつあるのではないかと推察いたします。フランシスコ・ザビエル師が日本の地を踏まれてから約半世紀以上、イエズス会とポルトガル人が中心となり、布教を進め、交易も引き受けてまいりました。ですが、九年前、オランダ商船が豊後に漂着して以降、内府様はその船の乗組員だったオランダ人とイギリス人を重用するようになりました。その者たちがわれらについていろいろ吹聴しているようなのです。芳しくない風潮です」

「オランダは、ポルトガルやイスパニアの船を襲い、その盗品を日本で売り捌いているというのに」司教は、憤りを滲ませる。「オランダ人の略奪のせいで、六年前は百万クルザードの財貨の損失をわれらは被った。九年前、オランダ人は海賊だから処刑するようにと、ポルトガルとイスパニアは申し上げたが、内府様は聞く耳を持たれなかった。そればかりか、イギリス人に造船を任せ、領地を与え、武士として取り立てたとか」

三浦按針みうらあんじんですね。あの者は危険です。われらの正統な教えと彼らの異端の教えの対立を話すにあたり、正統派のわれらがよこしまであるかのように内府様に説いたそうです。正統派は布教によって、民の思想を支配し、いずれ主君に反旗を翻すよう先導をするつもりだ。布教と交易は国家侵略のための足掛かりだと伝えたそうで」

「それを内府様は、お信じになられたのか?」

「おそらく。内府様の側近を務めるキリシタンに訊いたところ、三浦按針はオランダやイギリスがいかにわれら正統派から迫害を受けているかを話し、それでも欧州では異端派が広まるので、正統派は勢力圏を広げるために世界へ船出し、神の名の下、他の国を武力で侵略していると説明したとか」

 司教は、しばらく黙り込んでしまった。

 布教活動にそのような思惑が? 息を潜めて二人の会話を聞いていた多聞は愕然とした。私は、日本を侵略するための手先となっていたのか? その仲間を増やす手伝いをしていたのか!?

 司教は、おもむろに口を開いた。

「軽々しくそのようなことを口にするポルトガル人やイスパニア人もいるが、短絡的で、知性と品位を欠く言動だ。日本は、内乱の国だ。それを制して上に立つ者は、いずれも愚かでは務まらない。われらが信徒を増やそうとも、やすやすと侵略を許すほど、すぐそこの危機に気づかない支配者たちではない」

「はい。この三十年間、各地で戦が起こり、わたしもよくよく戦場に出くわしました。武将たちは死を恐れず、まるで悪魔のような恐ろしい戦いぶりでございましたが、織田右府様、太閤様、石田治部様、内府様、どなたもキリストの教えは知らなくても、賢明で高い教養をお持ちでした。その上、戦乱ゆえか、人に対して用心深く、もし侮りを持って接すれば、いくら慇懃に振舞おうとも、心底を見抜かれてしまいます」

「聖と俗は、分かれねばならぬ。わたしは、国王陛下に安易に日本の侵攻を考えてはならぬと申し伝えねばなるまい。侮ると、痛い目に遭うと」

 司教の言葉に、多聞は少し安心した。

「それで、マカオの一件はどうであった?」

 司教は、話題を変えた。

「長崎奉行長谷川左兵衛様のご提案通りにいたしました。内府様から触れられた時は対応いたしますが、こちらからはあえて事件には言及しません」

「なにか訊かれたか?」

「いえ、なにも。おそらくまだお耳に入っていないのではないかと。代表団は、先月後半に謁見いたしましたが、内府様は愛想良く迎えてくださいました。念のため、キリシタンの目付にこちらが作成した事件の調書を託し、万が一内府様のお耳に入った時は、それを手渡ししていただくようお願いしてまいりました」

 報告を終え、多聞とロドリゲスは、司教館を出た。

「パードレ、布教は……その国を侵略するための手段なのですか?」

 多聞は、確かめなければ気がすまなかった。

「セバスチャン、不安にさせてしまいましたね。教えを広めることと武力による侵略は、別物です。イエズス会は、キリシタンではない人々に宣教をするために創設された修道会です。その他に、小神学校や大神学校を作り、神学だけでなく、古典や科学、美術、音楽などの教育をする活動もありますが、布教そのものがイエズス会の存在意義でもあるのです。宣教師は、異端派や異教徒のいる地へ赴き、活動をする。そこに武力による侵略という意図はありません。

 ロドリゲスは、多聞をまっすぐ見つめる。

「ですが、世俗権力者は違います。世俗権力者は、教会の保護者として、教会の活動を金銭的に支え、布教に尽力するよう求められています。海外への宣教では、ポルトガル王とイスパニア王はこの大義名分を利用しました。それが武力で奪い取った土地を支配し、教会を建て、交易をするといった行動になったのです」

 多聞の気持ちは、にわかに落ち着かなくなった。長崎を見れば、教会堂はあちこちに建っているし、交易もしている。侵略の図式の一部が当てはまる……。

 その不安が多聞の表情に現れたのだろう。ロドリゲスは、穏やかに言った。

「安心しなさい、セバスチャン。日本は、ゴアやマラッカのようにはなりませんよ。日本は遠すぎて、本国からの目が行き届きません。なにをするにも、援助はほぼ期待できないでしょう。近年は国王陛下からの教会への年金さえも滞るくらいで、日本司教区は自力でなんとかしなければならないのに、日本を武力で攻める? あまり現実的とは思えません。ですから、聖と俗、布教と侵略は別物と考えてください。日本でも、仏の教えと侵略の戦は同列には語られないでしょう? それと同じようにね」

「安心しました。私は幼い頃、寺に通い、文字や算術を習いました。その時、住職様は、子供たちを集めて殺傷を禁じ、仏の道を説いておりました」

 多聞の記憶の中に、懐かしい関ケ原の無常寺住職が現れた。

「セバスチャンは、天台宗や一向宗を知っていますか?」

「仏教の? いえ、教えは、その……二つの違いもわかりません」

「セバスチャンが生まれる前、織田右府様は、比叡山延暦寺の焼き打ちをし、一向宗徒とも対立しました。殺傷を禁じられているはずの仏教徒集団が武将と戦ったのです。このような前例があるので、信仰に対して内府様が強い警戒心を持ったとしても不思議はありません。そのような疑念を持たれないよう、わたしは努めているつもりですが」

 ロドリゲスは、大門から外へ出ると、西坂の方角を眺めた。多聞もつられるようにそちらへ視線をやる。

「十二年前になります。あの西坂の丘で、二十六人のキリシタンが処刑されました。事の発端は、イエズス会とは違う修道会フランシスコ会士たちの言動です。禁教令が出て布教が禁じられていたにもかかわらず、彼らは積極的に活動したので、時の権力者太閤様の逆鱗に触れました。わたしは、彼らに日本人のように振る舞い、日本の風習を取り入れ、布教するにしても目立たぬように慎重に行動すること。欧州での振る舞いを当然と思い、押し付けないこと。これを軽視すると、日本の秩序を乱し、権力者の意向を無視する危険な者として、太閤様に警戒されると忠告しました。しかし、彼らはわたしの忠告に従いませんでした。対して、イエズス会は、太閤様の機嫌を損ねないよう行動していたこともあって、多くが捕らわれずにすみました。今、オランダ人とイギリス人が内府様にうまく取り入ったのなら、われらイエズス会は、別の道を模索しなければならないかもしれませんね。さもなければ……」

「さもなければ、追放……ですか?」

「いえ。生か、死か。場合によっては、あの時のフランシスコ会士たちの運命を、次はわれらが辿ることになるでしょう」

「セバスチャン!」

 唐突に、甲高い童女の声がした。喜久きくだ。満面の笑みで多聞に向かって駆けてくる。その後から、質素な衣を着た喜久の父と喜久より三歳年上の兄がやってきた。

「一緒にきて!」喜久は、多聞の手を力強く引く。

「これ、喜久、手を放しやんせ。お忙しかで」

 父親が喜久の手を掴んだ。それから、ロドリゲスと多聞に詫びた。「お話し中のとこ、おじゃまいたしまして」

 ロドリゲスは、喜久の前にしゃがみ、微笑んだ。「お喜久は、いくつになりますか?」

「四つです、パードレ!」

「病院で看ていただきまして、こげんさかすなりもした」父親がロドリゲスに説明した。

「よかったですね。神はお喜久とともに」ロドリゲスは、喜久の額の上で小さく十字を切って祝福し、立ち上がる。「セバスチャン、わたしは先に住院に戻っているから、ゆっくりいらっしゃい」

 多聞は、喜久に手を引かれ、喜久の父、兄と聖パウロ教会堂へ向かった。教会の扉を開けると、廻廊から差し込んだ西日がステンドグラスを通して内部を黄金色に染めている。正面の祭壇の十字架が両側の小窓から漏れてくる光で白く輝いて見えた。

 柔らかな金色の光に包まれ、四人は、身廊しんろうをゆっくり進んだ。

「セバスチャン、マリア様はわたしのお母さまにもなってくれる……?」

 喜久は、祭壇にある赤子を抱く聖母子像を見た。母を赤子の頃に亡くしたようで、喜久は母の顔も知らない。

「マリア様は、お喜久をいつも見守ってくださっているよ」

 セバスチャンは、喜久の隣に腰を屈める。

「マリア様、きれいなお顔。この間、ここに来た子もよくお寺で祈ってたって言ってた」

「喜久、それは観音様だよ」

 兄が指摘する。「あの人たちは、キリシタンじゃないんだから。長崎に来たばっかで、洗礼を受けるかどうかまだ考えてるって言ってただろ?」

 兄は、明るく言った。その笑顔を見て、多聞はほっとする。四か月前は、笑顔一つを見せない子だった。おそらくずっと不安と緊張を感じていたせいだろう。

 今年、薩摩ではキリシタンとドミニコ会のパードレらが退去を命じられ、海を見下ろす丘にあった彼らの教会が壊された。長崎代官の村山等安の助力で、解体された木材は船で運ばれ、今、長崎で建て直されている。その時、薩摩から長崎に逃れてきた人々の中に喜久一家がいた。五月に到着した時、喜久は、熱を出し、痩せ細って床に伏していた。しかし、多聞は枕元で話しかけ、食べ物を口に運び、励まし続けた。喜久が生気を取り戻すにつれ、笑顔になっていくのが、多聞はうれしかった。

 薩摩で小間物の行商人をしていた喜久の父は、ここで暮らすことを決め、食べていくために今は普請場の人足をしている。

 彼らのように迫害された信者ばかりでなく、ここに来れば寝食に困らないらしいという噂を聞きつけて、貧しい人々も長崎に集まってきていた。彼らにとって、観音でも聖母でも身の安全が保障されれば、どちらでもいいのである。そんな彼らの世話をし、伝道するのは日本人の同宿たちの役目だ。同宿から声がかかると、多聞は彼らの中にいる病人やけが人を看てまわった。

「そこにいるのは、セバスチャンか?」

 振り向くと、扉口にバレンテが立っていた。開いた扉から影が細長く斜めに伸び、壁に映る。

 多聞は、立ち上がり、バレンテの前へ進んだ。

「パードレ・バレンテ、なにか御用の向きでも?」

「用というほどではない。もう五年も前になるが、隠れユダヤ教徒として告発されたマヌエル・カルバジャルのそばにいた日本人を覚えているか? お前と同い年くらいの、名は……タデウス」

「はい。覚えております。そのタデウスがなにか?」多聞は、警戒した。

「長崎であの後、噂を耳にしたことはないか?」

「あの後と申されますと? 確かマヌエル殿と逃亡する最中、崖から落ち、その後行方知れずと聞いておりましたが? 港に手配書が回ったそうですね。私はそれくらいしか……」

「あの後、崖下で浜の漁師がけがをした童を見つけ、手当てをしたという話は聞いた。それがタデウスならば、その後どうなったのか。長崎の外へ逃げたのか?」

 バレンテは、独り言のように呟く。

「私は存じませんが……それがなにか?」

「いや。なんでもない」バレンテは、片手で制すると、じっと多聞の顔を見つめる。「お前も大きくなったな。もう成人の顔つきだ」

 バレンテが教会から出ていくのを、多聞は黙って見送った。

 いやな予感がする。

 なぜ龍之進を気にかけるのだろう? またなにか企んでいるのだろうか。

 翌日、多聞は、大神学校でロドリゲスを見つけ、近寄った。

 ロドリゲスは、大神学校内に保管されている交易品の葡萄酒や酢、砂糖、砂糖煮の果物、布地を木箱に入れ、二人のイルマンにそれを渡して送り出した。イルマンは、修道院内に構えた店でそれらを売るのだ。聖職者が商いをすることに、イエズス会士の中からも批判が出ているが、ロドリゲスは意に介さなかった。

「パードレ・ロドリゲス、ご報告したいことがあります」

「なんでしょう」ロドリゲスは、交易品の在庫数を確認しながら訊いた。

「パードレがご不在の間、後学のために過去の帳簿を拝見しておりました。そうしたところ、ある一定の条件で調べていくと、かなりの金額が消えているようなのですが……昨年春から五年以上は遡るのをやめましたが、会計とはあのようなものなのでしょうか」

「セバスチャン、その額はいくらになりましたか」

「五年で総額三千六百クルザードです」

「そのことを他に話しましたか?」

「いいえ」

「よろしい。その件については、早々に司教様と相談するつもりです。ですから、知らなかったことにしてください」

「では、パードレはご存じだったのですね。マカオの日本語教師にパードレ・バレンテを推薦したのは、そのためですか。パードレ・バレンテ不在のこの一年、お金の動きがあるかどうか、ようすをみていたのですね」

 ロドリゲスは、答えなかった。

 多聞は、さらに近寄り、声を潜める。「あのお方がほんとうにかかわっているのかを確かめるためですね。狙い通り、あのお方がマカオに赴任されてから、お金の動きはなくなりました。駿府からお戻りになった時、すぐに会計の報告を求めたのも、パードレ・バレンテがなにか不自然な動きをしていないかを確認したのですね」

「セパスチャン、お前は賢いですね。わたしの想像以上です。イエズス会士たちがみな、お前のように数字に強ければよいのですが」

 ロドリゲスは、帳簿を閉じた。

「どういう意味ですか?」

「聖職者は、金銭に執着しないのを美徳とするあまり、金銭の流れを把握していない者が多いという意味ですよ。どれくらい懐に入ってきて、どれほど出ていっているのか。生糸を含めた交易品を見れば、お金が入ってくるのはわかるでしょう。でも、その金額がどれくらいで、自分たちがどれくらい使っているかわかっていない。収支会計書を巡察使が見れば、たいてい腰を抜かします。お金が入ってきたからといって、限度を設けず使っては負債が膨大になるばかりです」

「そんなにお金がないのですか?」

「儲かっていたら、お金の用立てを願う書状を書かなくてすむのですがね。パードレやイルマンの衣類、食事、長崎に逃れてくるキリシタンや治療を受けに来る会員、貧者のために、年間四千クルザードは必要です。しかも、近年、教会堂や修道院を建てるのに七千クルザードもかかりました。建物は建てれば終わりではなく、維持費もかさみます。とても寄付金だけでは足りません。日本では貴人と会うたびに、豪華な贈り物が必要ですが、その額もかなりの負担になります。それなのに、船が必ず入港してくる保証はありません。難破したり、オランダに奪取されたり、その都度収入を失うのです。ですから、日本や明、マカオの商人、ポルトガルやローマのイエズス会から借金をしています。もし資産が潤沢であれば、食料と薬品も容易に手に入り……イルマン・レオーネも亡くならずに済んだかもしれません」

「では、パードレが生糸を高値にしたり、修道院内で交易品を売るようにしたのは……」

「宣教活動を続けるには資金が必要です。よそを頼れないのであれば、自力で生み出す他はありませんからね。たとえそれが周りから叩かれ、批判を受け、孤立することになっても、神がわたしに与えられた試練であれば、喜んで受けましょう。それがわたしの信仰の道なのですから」

「孤立するのは淋しくないですか? 仲間や味方してくれる人がいないって……一人で戦うのは心細くないのですか?」

「いつも神が見守っていてくださるのですから、一人ではありませんよ。誰も自分を気にかけないと思うから、淋しいと思うのです。自分を愛し、いつも見ていてくれる存在がいれば、人は強くなれます。そして、愛してくださる神に恥ずかしくない行動をしようと思うのです。遠く離れて実体はすぐそばにおられなくても、その存在を感じる限り、心の支えなのです」

 その時、多聞の心に浮かんだのは、関ケ原にいる母と兄、姉、弟であり、亡くなった父であり、遠い異国にいる龍之進だった。

「それに、信仰は、心温まる楽園のような世界ばかりではありません。異国の地でキリストの教えを広めていくのは苦難の連続ですよ。迫害、殉教……宣教師の中にいても、似たような状況は起こり得ます」

 多聞は、強い衝撃を受け、感動を覚えた。ロドリゲスは、自分が仲間から誤解され、孤立していることを知りながら、それでも自らの道を貫こうとしている。

「たとえわたしが孤立無援になっても、最後までできる限りのことはするつもりです。そうすることで、聖職者も従者も貧しい者も病んだ者も、衣を着て、飢えず、心安らかにこの日本で生きていけるのならば」

「なぜそれをみんなの前でおっしゃらないのですか。話せばーー」

 ロドリゲスは、ゆっくり首を振る。「セバスチャン、お前は賢過ぎて、数字に疎いという意味がよくわかっていないようですね。一万クルザード単位の負債額を聞いても、敏感に事態を悟ることのできる者はそう多くはいないのですよ。額が多すぎるのか、たいていなにを言っているのかという顔をされます。下手をすると、水をワインに変えたように、奇跡が起こってなんとかなると口にする者さえ出てきます」

「お許しください。パードレは、いつも、いえ、たいてい率直に話されるので、つい……」

「お前は、ポルトガル人が思っていることを口にすると考えているでしょう? 日本人よりはそうかもしれませんが、だからといって、すべてを口にするわけではありませんよ。信念をいちいち言い訳がましく説明するのは、謙虚ではありませんし、そもそも軽々しく口にするものではないと思っています。それは、心の中で静かに燃やすものですよ」

 翌月―― 十月 長崎

「パードレ・バレンテ、少しお時間をいただけませんか?」

「なんです?」

 ロドリゲスは、聖パウロ教会堂から出てきたバレンテを捉まえ、大神学校の裏へ招いた。

「一年前まで長崎にいた頃のことなのですが、パードレにお渡ししたとされる額が年々高額になっていました。最初の頃は、百クルザード、それがある年は五百クルザードになり……いったいなににお使いになったのか、その確認をと思いまして」

「それは、肥後や安芸、江戸でもキリシタンが棄教を迫られる事案がたびたび起こるので、有力者に贈り物をしたのだ。そう書いてあると思うが?」

「あちこちにいる会員に頼まれてということですね? 残念ながら、そう書いてある場合と書かれていない場合がありまして」

「それは、たまたま失念したのだろう」

「たまたま失念……そうですね、人間は過ちを犯すものですから」

 わざと単語を強調しながら、ロドリゲスは、小さく頷く。「先日、たまたま帳簿に記載のあった国の会員が長崎にきまして、話をしたところ、パードレ・バレンテに贈答品の依頼をした覚えはないと、その者は申しました。これは……記載の誤りでしょうか」

「そうかもしれない。他の国だったのを勘違いした可能性もある」

「なるほど。ところで、気になるのは、多額であれば目につきやすいのですが、貴人への贈り物のわりに少額と思われる額がたびたび出金されていることです。少額でも貯まり貯まって、五年間で貧者や迫害から逃れてきた人々に使う額の三年分に上りました」

「それは、一気に大金を求めては、他の入用にゆうように差し支えると思ったのだ。少しずつ貯めておけば、いざという時に使える」

 ロドリゲスは、天を仰いだ後、威圧感のある低い声で言った。

「とても苦しい言い訳ですよ、パードレ・バレンテ。これらのお金はどうしたのですか? マカオへ持ち込んだのですか?」

「そんなことを調べてどうする? 過去の金銭にいちいちこだわるとは。聖職者が金銭にうるさいのは世俗に塗れた証拠だ。即刻、職を辞されよ。まるで守銭奴だ! 失礼する!」

「パードレ・バレンテ、あなたの使い込みは、司教様にご報告せざるを得ません。なにしろ多額ですからね」

 それでも、バレンテは、踵を返してその場から立ち去ろうとする。

「三か月の猶予を設けます。全額返金すれば、司教様へのご報告は一旦見送りたいと思います」

 バレンテは、振り返ると、ロドリゲスを侮蔑した目つきで見る。「まるで金貸しの取り立てだな」

 ロドリゲスも一歩も引かなかった。「神は見ていますよ。あなたの行動をすべて」

 一瞬も目をそらすことなく、二人は睨み合った。

「ここにいたか! パードレ・ロドリゲス!」

 司教が珍しく慌てたようすで、近づいてくる。

「どうされたのです?」

「おお、パードレ・バレンテ、ちょうどいいところに。たった今、内府様から書状が届いた。マカオ事件が内府様のお耳に入ったようだ! ペソア総司令官に駿府へ出頭するよう命が! 逮捕するおつもりだ!」

「司教様、いったいどこからマカオの情報が?」

「パードレ・バレンテ、それどころではない」

 司教がロドリゲスとバレンテにさらに近づき、声を潜めた。

「真相を知りながら、黙っていたわれらをたいそうお怒りで……長崎にいるポルトガル人を全員処刑し、イエズス会を追放すると!」

(第11回へつづく)