第二章

一(承前)

 トリスタンと顔を合わせるのは、いい気持ちはしない。トリスタンは、落ち着きと余裕を感じさせる大人だった。席を立ちたい衝動に何度もかられたが、日本人にかかわり、話の内容も深刻なので、無下にできなかった。

 とにかく……なんとかしなければ。

 龍之進は、知り合いの日本人商人や職人、傭兵をあたり、そのツテを頼ってマカオで影響力のある人物たちと接触。彼らと会合を設けることにした。

 一週間後、龍之進の家に集まった商人や職人、傭兵は二十人余りで、龍之進は彼らにトリスタンとバレンテの話を報告した。すると、皆が日頃の不満と怒りを口にした。

 傭兵たちは、「ポルトガル人もイスパニア人も、遠い故国から派遣される兵が限られる上、熱病で毎年何人か亡くなるので、兵士の数を確保するため、こちらで兵を調達するらしい。兵器と同じく現地調達だ。日本人を兵に雇い、戦で先鋒に使うなら、最期まで篤く遇するべきである。しかし、待遇改善を要求すると、彼らは武器を取り上げようとしたり、罪人として捕えたりする。命を懸けているのに待遇が粗末だ」と言った。

 職人たちは、「ポルトガル人の家で働く日本人の待遇も気の毒だ」と口にする。「心あるポルトガル人は、家族同様に遇したり、死後財産や住居を渡したりして、自由民となった後の奉公人の生活を考えてくれる。しかし、そのような人たちばかりではない。奉公人を虐待死させたり、奉公人が働けなくなった時点で自死を命じたり、見放すように解放したりする人もいる。年を取ったり、病やケガで働けなくなった身で解放されても生きていく術がない。だから、彼らは、町で物乞いをし、行き倒れ、路上生活に甘んじている。二年前、あまりの惨状に教会は、主人が働けなくなった年季奉公人を最期まで面倒看ないのであれば彼らを自死させるのではなく解放すること、そして誰にも引き取られず、治療も受けられない者は、慈善院か病院が彼らを収容するように定めた。でも、年季奉公人は日本人ばかりではないし、未亡人等貧しい人々も施設の世話になるので、施設が足りない」と、訴えた。

「龍王、一握りの日本人の乱暴な行いのせいで、マカオに住むすべての日本人が罰せられるような事態になるのは避けたいと思います。たとえば、商人が兵を雇っている場合、その商人が責任をもって傭兵を管理し、ここにいる皆で……いえ、正式な顔ぶれは選び直すとして、定期的に会合を開き、情報を共有するのはいかがですかな。縁を辿れば、ここにはいない商人や職人、兵とも繋がり、中にはならず者にツテがある者もいるでしょう。そうすれば、今よりは状況が把握しやすくなるのではありませんか。繋がることで、ことが起こる前に手を打てるかもしれない。それに、よそから来たならず者の把握もしやすくなります」

 それまで黙っていた年嵩の商人が言った。

「ただ……その書記とパードレにお伝えいただきたい。倭寇や盗賊といった無法者対策の前に、なぜそのような事態になったのか、今一度お考えになられてはと。主人が奉公人を外へ働きに出し、稼ぎの半分を貰い受ける。しかし、稼ぎが悪ければ、罰を与え、家から追い出す。あるいは耐え切れなくなって奉公人が主人から逃げ出す。そうして町を放浪するようになった人々は生きるために盗みをしたり、人を傷つけ、脅したりしてその日の糧を得ようともしましょう。日本人の、いえ、奉公人の待遇が少しでもよくなれば、互いの憂いも減るのではないかと存じますが? 明の官僚の言い分にも一理あると思いますよ。ポルトガル人には日本人を連れてきた責任があります」

「どこにでも、根っからの無法者がいることはいるよ」傭兵も言う。

「でもな、あんたも傭兵だったから、わかるだろ? 命削って働いて、粗末なあしらいだったら、主人を見限るぜ。日本にいたって同じよ。働きに対する褒美が満足に得られない上、人を人と思わない扱いされたら、反乱だって起こすさ。やつらは、儂らを従順で、文句も言わねぇ、血を流す武器かなにかだと思ってるんだろ。儂らは、刀や火縄銃じゃねぇし、鉄や鉛の塊でもねぇんだ。感情もある、生身の人間よ」

「わかりました。今日の内容は、要望を含めて先方にお伝えします」

 龍之進は答えた。

 散会すると、龍王はさっき発言した年嵩の商人に近づき、礼を述べた。不満を口にする者が多い中、まとめる道筋をつけてくれたからだ。

「龍王、倭寇にしろ、傭兵上がりのならず者にしろ、日本人でうまく対応できるようになるとよいですね」

「はい。できれば、日本人の置かれている状態も改善できればと思っています」

「これからもたびたび集会を開くのであれば、元老院に話を通しておいたほうがいいでしょう。そうすれば、日本人が集まってなにか不穏な動きをしているのではないかと勘繰られずにすみます」

「ご助言ありがとうございます。そのようにいたします」

「おそらく倭寇対策について日本人へは厳しく対応したと、元老院は明に大げさに報告するでしょう。しかしながら、実際は見せかけか、最低限な形を取るだけだと思います。マカオにとって日本はいいお得意様のはずですからね。日本の武器、兵が必要なのは確かですし、日本は交易で富をもたらす国でもあります。こんなうまみのある国を冷たく扱えば、どのようなことになるのかわかりきっていることです。龍王は、元老院の財源をご存じですか?」

「いいえ」

「交易の税収です。一説には、年間二万五千クルザード以上の収入を得ているとか。その主たる交易先は日本で、ポルトガル船が日本へ渡来して取引すればするほど、収入は多くなります。それもあって、マカオで有馬家の家臣との商いを断ったのでしょう。明の手前、お侍様方に沙汰を申し渡したようですが、ことを穏便に済ませたつもりでしょう。それにしても、有馬の方々も、間の悪い時に問題を起こしたものです。いい風を待てば、出港は半年後。それまで、何事も起こらず、無事に済めばよいのですが」

 三日後――十一月三十日。

 龍之進は、万吉と連れ立って、話し合いの内容をまとめた文書を元老院のトリスタンへ届けた。トリスタンが留守だったので、入り口で応対したポルトガル人に文書を託した。

 帰り道、龍之進は、万吉と海岸そばにある屋台に立ち寄った。蕪と豆の煮物、木の実と茶を頼み、屋台のそばに置かれた床几に腰を下ろす。隣の席では、唐人たちがサイコロで遊んでいて、時々奇声を上げた。

「龍王、ポルトガル人は、日本人の要望をきいてくれるのかな」

 少し肌寒くなってきた浜風を全身に受けながら、龍之進は温かいお茶を飲んだ。

「とにかくやれるところまでやるよ。このままではまずい気がする」

「そのパードレとトリスタンって人、どんな人? 話は通じそう?」

「パードレは気をつけたほうがいい。以前話しただろ? マヌエルを異端審問に送ったパードレだ。俺はポルトガル名を名乗らなかったし、年を重ねて容姿も変わったから、向こうは気づいていないみたいだ。でも、いずれわかるだろうな。トリスタンは、パードレみたいな狡猾さはないような気はするけど……まだよくわからない。実は、一週間前に会ってるんだ。その時は、まさかこんなことになるなんて思わなくてさ。万吉、トリスタンは……トリスタンは沙羅の婚約者らしい」

「え?」万吉は、茶を膝に零した。「え? ど、どうしてそんなことに?」

 龍之進は、沙羅との再会とその時知った事実を話した。

「〝シルバの女主人〟って沙羅だったの? それにしても相手がいたなら、そう言ってくれないと! 龍王だって……龍王をなんだと思ってるんだ。こっちはさ、大変なことになってると心配して、必死になって捜してたのに!」

 万吉は愚痴を口にしたが、龍之進が静かなのに気づくと、背中を叩いた。

「忘れちまえ! そんな女なんて。なんなんだよ、まったく! 女なんてな、あちこちにいるよ。トリスタンってやつもさ、今回のことでこてんぱんにぶちのめしてやろうぜ。こっちに喧嘩売ってんだよ」

「いや? 向こうは、俺をよく知らないし、気にも留めてないと――」

「いやいや、そうなの! そうなんだって! そうじゃなくてもさ、売られた喧嘩は受けて立つ! 倍にして返してやらなきゃ、気がすまないさ! 日本人の誇りにかけて!」

 龍之進は、そんな万吉を見て微笑んだ。

「万吉……お前、いいやつだな」

 自分のことのように怒り、悲しんでくれる万吉の心がうれしかった。

「そうだな、同胞をこのままにしてはおけないよな。ならず者もだけど、行き倒れもなんとかしないと……異国で苦しい目に遭うのを黙って見ていられないし」

「そうだよ」万吉は、茶をひと口飲む。「そういえば、会合を解散した後、傭兵の頭が話してたんだけど、夜になると闇に紛れて倭寇がマカオに上陸してくる時があるんだって。家や店に押し入って金目のものを盗った後、いい船を盗んで逃げるらしいよ。実は、一昨日の晩も難破した唐船が岸に打ち上げられたってさ。頭は怪しいって言ってた。たぶん倭寇が乗ってた船だろうって。もうやつらは、マカオに上陸してるんじゃないかってさ」

「こんな時に? 間が悪すぎるよ。倭寇なんて」

 突然、そばの酒楼から悲鳴と男たちの怒鳴り声がする。続いて、激しく食器が割れる音が響いた。

 龍之進と万吉が音のしたほうへ顔を向けると、

「槍を振り回すな! 危ねぇだろ! お前らみたいな者のせいで、こっちは迷惑しとるんじゃ!」

 怒気を含んだ大声と唐の言葉で罵声が聞こえる。

「銭ば払えと言いようと!」他の男の声もする。

「お侍さん、あんたらには関係ねぇ! 下がっとれ。お前ら、いいかげんにせぇよ。店に迷惑じゃ。ごちゃごちゃ言ってないで、表へ出ろ!」

 再び怒りを滲ませた男が凄みをきかせて叫んだ。

 店の中から、勢いよく男たちが表へ飛び出してくる。彼らはそれぞれ手に刀や剣、槍、弓矢、銃を持ち、話す言葉と身なりから唐人と日本人らしい。二刀差しの日本の侍もおり、龍之進が知る傭兵もいた。

 武器を手にした男たちが店の前で二十人くらいの塊になっている。店の主人らしき男がおずおずと店の中から現れ、入り口でことの成り行きを不安そうに見つめる。

「ただ飯を食おうと店で暴れるとはなんごとばい。払うてくれと店んもんは言いよーぞ!」

 怒鳴る侍に見覚えがあった。有馬の若侍だ。その周りにいる身なりの整った侍は、同じく有馬家の家臣たちだろう。バレンテが忠告したような変装はしておらず、髷も隠さず、日本の着物を着て帯刀した、どこから見ても日本の侍だった。

 言葉が通じてないのか、言われた十人くらいの集団はただ不敵に笑っている。結った髷は乱れ、着ている唐の衣で薄汚れていたり、上着と袴が高級な衣と庶民の衣の組み合わせだったりして、なにか違和感がある。

 若侍の横で、不敵な輩の前に仁王立ちしている大男がいる。三日前の会合に参加していたあの傭兵の頭だった。

「お前ら、日本人か? 違うだろ! 明の言葉はわかるんだろ? 店の主がなにを言ってるのかわかるはずだ。言葉が通じないふりをするな」

「頭、こいつら、見ねぇ顔だ。一昨日の晩に着いた難破船のやつらじゃねぇのか」

 傭兵の頭のそばにいた男が言った。

「おい、こっちの話ば聞いとうんか! そこんわい、ここに座れ!」

 怒った若侍は、言葉が通じていようがいまいが構わず、食ってかかった。傭兵の頭を押しのけ、にやける細身の男の前に立った。

「やめんね! これ以上かかわりなさんな。帰られんようなるぞ。殿に迷惑ばかけられん」

 若侍の宥めに入った少し年嵩の侍が、二人の間に入って細身の男に背を向けた瞬間、細身の男は短刀を抜いてその背中を刺した。

「なんばすっと!」

 若侍は、目をむいて細身の男を突き飛ばし、抜刀した。

 すると、店の前にいる刀や剣を携えた男たちも次々と刀や剣を抜く。そのさまを目にした店主は、慌てて屋台のほうへ逃げてきた。

 侍や傭兵、怪しい輩たちは、店の床几を投げつけたり、盾にして乱闘を繰り広げ、刀や剣、槍を使って斬り合いも始まった。

 龍之進の周りのお客は、悲鳴をあげて逃げ出したり、遠巻きにことの成り行きを見守ろうと人垣を作った。ほどなく有馬家の家臣や傭兵の味方が駆けつけ、ならず者たちの仲間も加わって、騒乱に加わる人数は六十人以上に膨れ上がった。

 立ち回りがそばに迫ったので、龍之進と万吉は急いで屋台から離れた。

「ど、どうする、龍王?」

「どうするって、まずいよ。町中で乱闘なんて。それに、これじゃ……まるで日本人が暴動を起こしてるみたいに見えるよ」

 乱闘に加勢する人数は、さらに増えていく。

 その時、三人のポルトガル人が人垣を掻き分け、警護の日本人傭兵を伴って現れた。一人の男が先頭に立ち、自分は総司令官に次いでマカオ行政に責任を負う特別治安院判事だと名乗り、今すぐ武器を捨て、騒ぎをやめるよう忠告した。しかし、その声は床几しようぎや戸板、食器が壊れる音や怒号で掻き消された。

 判事はさらに前進し、同じ内容を繰り返した。すると、斬り合いに判事も巻き込まれそうになり、警護の傭兵たちは判事を守って周りと刃を交わした。が、虚を衝かれ、一人の傭兵は脇腹を槍で突かれた。続いて、判事も肩から胸を斬りつけられ、その場にうずくまった。判事に従っていたポルトガル人の若者がすぐさま駆け寄り、判事を庇いながらその場から連れ去ろうとする。その若者も背後から刺されてしまった。

 龍之進は急いで駆けつけ、若者が持っていた剣を手に取ると、万吉に二人を下がらせるよう叫んだ。それから、万吉と二人を守るように自分が盾になりながら後ずさった。

 危機を告げる教会の鐘が激しく打ち鳴らされ、町中に響いている。

 騒ぎの様子を見に来たパードレやイルマンが判事と若者のケガを診てくれた。

 判事の傷口は大きいが、浅く、意識もしっかりしている。しかし、若者のほうは出血が酷く、見る見るうちに顔色が白くなっていく。背中の傷から血が溢れるように出てくる。

 ざわめきを伴い、人垣を掻き分け、総司令官のペソアが銃兵を引き連れて現れた。バレンテが付き従っている。長年軍人を務めるペソアは、堂々たる体躯で眼光も鋭く、五十歳くらいだろうか。

「今すぐ武器を捨て、争いと破壊をやめろ! さもなければ、全員銃殺する!」

 ペソアが大きな声で警告を発した後、バレンテはペソアの言葉を日本語にし、同じく声を張り上げて告げた。

 銃兵が空に向けて一発撃った。

 すると、戦いは波が引くように一旦鎮まった。ペソアとバレンテがそれぞれ順番にもう一度同じ内容を叫んだ。次の瞬間、逃げ出す者や酒楼に逃げ込む者、武器を捨てて戦いを放棄する者とに分かれた。

 武器を捨てた者はその場で兵に逮捕され、深手を負って動けない者はパードレやイルマンたちに介抱された。

 ペソアは、酒楼の前に立つと、「暴徒ども、武器を捨てておとなしく出てこい。お前らが一昨日上陸した倭寇だということはわかっている。その他の日本人は、倭寇に加担したとみなす。歯向かうと容赦はしない。もし立て籠もるつもりなら、こっちにも考えがある」と叫んだ。

 その内容は、すぐさまバレンテに通辞され、店内にいる者に告げられる。

 店主は、今にも泣きそうな顔つきをし、祈るように両手を合わせてペソアの背後に立っていた。

 銃兵が店を取り囲み、一斉に銃を構えた。

 誰も出てこない。

 さらに、ペソアは待った。

 辺りは静まり、緊張感が漂う。

 再びペソアは、声を張り上げた。「従う意思はないとみた! 火を用意しろ!」

 ペソアの合図で、松明を持った複数の兵が酒楼に火を掛けた。それを見た店主の泣き叫ぶ声が周囲に響く中、家屋はあれよと言う間に炎と煙に包まれていく。

「出てくる者は撃て!」

 ペソアの号令からまもなく煙と炎の中から一人、二人と男たちが出てくる。銃兵は、彼らを容赦なく撃っていく。

 濛々たる煙の中から、咳き込んだ声がする。「……撃つんはやめてくれ。こん中にはケガ人もおる! おいは倭寇やなか! 日本の正式な――」

 銃声が一斉に轟き、着物姿の男が倒れた。

 あの若侍だった。

 龍之進は、ペソアに飛びついた。

「やめてください! 彼は有馬家の家臣です! ご朱印状を持った日本の侍です。倭寇でも暴徒でもありません!」

「なんだ、お前は!?」

 すると、パレンテがペソアに耳打ちする。ペソアは、眉根を寄せ、龍之進を胡散臭そうに見る。

「お前が龍王?」

 それからペソアは、駆け寄ってきた兵の報告を受けた。この場から逃げた男たちの行く先が判明したと兵は言った。副官をその場に残すと、すぐさまペソアは、銃兵の半数を引き連れて、兵の案内で別の場所へ向かった。

 龍之進は、万吉にこの場の経過を見届けるように伝えると、ペソアの後を追った。

 ペソアのそばにはバレンテがぴったりと付き添い、話しかけている。「……有馬の家臣には、町でみだりに諍いを起こさぬため、明兵に日本人と悟られぬ変装をするようにと忠告しておりました。もし従わなければ、生きてここから出られないだろうと脅しを含めてきつく申し渡したのです。にもかかわらず、彼らはその忠告を無視しました。その上、刀を振るうとは。非は有馬の方々にあります」

 酒楼前から逃げた男たちは、一軒の宿屋に駆け込んでいた。兵が入り口を見張り、追い出されたのか、逃げ出したのか、宿屋の主人や客が道端で不安そうに宿を見上げている。

 ペソアは、中にいる男たちに宿から出てくるように呼びかけた。

 宿の二階の窓が開く。「おいは、日本の有馬から来た侍ばい。こん宿には四十人くらいおる。まず事情ば聞いてほしか! 撃たんでくれ!」

 銃兵が一斉に宿に銃口を向ける。

「話を聞いてくれと言っています」バレンテがペソアに言った。「四十人ほど立て籠もっているそうです」

「出てくる気はないのだな。火の準備を!」

 ペソアの命で、兵が火のついた松明を何本も用意する。

 松明を掲げた兵にペソアが放火の合図しようとした時、龍之進はペソアの前に立った。

「やめてください! 有馬の侍たちとマカオの傭兵たちは、店を荒らされた店主のためにならず者を戒めていたんです! 彼らは悪くない! 店主に訊いてください!」

「見ていたのか? 倭寇に与し、暴れているのではないのか?」

「違います。諍いを見ていました。他にも証人がいます。彼らは、ならず者たちを戒めていました! さっき店先で撃たれた若侍は代金を払わなかったならず者を注意しました。店に居合わせた傭兵たちも店内で暴れるならず者らを一緒になって糾そうとしていました。でも、彼らは従わず、いきなり有馬の侍の一人を刺したんです。ほんとうです! 店主も見ています!」

 ペソアは、宿に放火するのを止めさせた。「ならば、宿にいる者たちを説得できるか? 武器を捨てて出てくるように」

「そうすれば、火をかけたり、銃で撃ったりしませんね?」

 その時、バレンテがペソアを引き寄せ、耳打ちした。「ペソア殿、有馬の藩士を撃ってしまったとなれば、面倒なことになるかもしれません。日本に知られれば、交易が途絶える可能性も……総司令官の懐に入るのは、長崎への一航海につき取引高の一割でしたか? ペソア殿の収入もなくなり、下手をすれば、交易断交の責任を問われることもありえます」

 ペソアは、バレンテを凝視する。「ならば、どうしろと?」

「有馬の侍や朱印船の船乗りに証言されると、ペソア殿も交易がやりづらくなるのでは? ここまで大ごとになると、明も黙っていないでしょう。いっそ彼らを倭寇としてひとまとめにして処理なさったほうが……そうすれば、日本側に証言する者は誰もいなくなります」

 ペソアは、ぎょっとしてバレンテを見る。「全員を……?」

「日本側には、朱印船は倭寇の襲撃を受けたと説明すれば……よくある話です」

 囁き声をところどころ聞き取った龍之進は焦った。有馬の侍や水夫たちを捕らえ、帰国させないか、最悪全員を殺すつもりか?

「総司令官、彼らを撃たないと約束してくれますね!」

 龍之進は強く念を押したが、ペソアは答えなかった。

 さらに龍之進は、詰め寄った。「総司令官、お返事を!」

「ペソア殿、即刻、このような殺戮はお止めになるように。司教様がこの事態を憂慮なさっていらっしゃいます」

 突然、人垣の中から現れた一人のパードレが声をかけてきた。

「もし、中にいるのが有馬の方々であるなら、日本の布教と交易に悪い影響を及ぼします。有馬の殿様はキリシタン大名で、領内の神学校運営に尽力され、布教活動に理解のあるお方とうかがっております。そのお方の臣下を罪人の如く粗末に扱ってはなりません!」

「しかし……」

 バレンテが少し反論しかけると、「パードレ・バレンテ、わたしはマカオ司教様の代理としてこの言葉をお伝えしています」と、きっぱり言ってから、龍之進と向き合った。

「では、彼らを説得してくれますか?」

「やります。やらせてください! ですから、宿に火をかけたり、彼らが出てきても撃たないと約束してください。お願いします。彼らの誇りを重んじ、礼節をもって接してください!」

 ペソアは、じっと龍之進の顔を見つめる。

「いいだろう。約束しよう」

 龍之進は、宿に近づくと、二階の窓に向かって日本語で話しかけた。

「わたしは日本人の商人で、龍王ロンワンと申します。今から、そちらへ向かいます。武器は持っていません」

 宿屋に入ると、一階にいる侍や傭兵、水夫たちが一言も発せず不審そうに龍之進を見送った。ゆっくりと二階へ上がると、刀や剣で傷ついた侍たちが目に入った。

 龍之進は、彼らにペソアの言葉を伝えた。そして、騒乱に加わった者は一昨日上陸した倭寇の仲間と思われていること、昨今マカオでは日本人兵の傍若無人な振る舞いや日本人の盗賊も増えていて、日本人の評判が悪いことなどを説明した。

「外にいる総司令官ペソアは、マカオの行政の頭です。今は無事に日本へ帰るため、ペソアのいうことをきいたほうがいいと思います」

「信じられるんか、あん男は?」

「総司令官は、日本との交易の責任も担っています。それが彼の役目だからです。これ以上の揉め事は、避けたいはずです。有馬の方々は、内府様ご所望の品を占城に買い付けにいらしたのでしょう? ご朱印状もお持ちでしょう。それがどういう意味を持つのか、わたしからもきっちり説明いたしますので。マカオ司教様もこの事態を案じておいでです。きっと皆様方のお味方をされるでしょう」

「他の者はどがんした? ここにおらん者がおる。ケガをした者もおるはずだ」

「酒楼に逃げ込むんば見た。あん者たちはどうなった? 無事か?」

 龍之進は、戦いを放棄した者やゲカをして動けない者、酒楼に逃げ込んだ者たちにどのような対応がなされたのかを説明した。

「火ばかけて……丸腰のもんを撃ったとか! そんな……許さんばい!」

「異国へ来て、罪人の汚名ば着せられて命ば落とすは無念たい!」

「日本の侍とわからんかっこうで歩けと言われた。それは、武士に帯刀せず、髷ば隠し、異人のまねばして歩けいうことたい。そがん恰好で、船が出る春まで暮らせというんか!」

 男たちは、切々と恨みを口にし、嗚咽も聞こえてきた。

「なんとしても、殿に、いや、内府様にご報告せねば! まず生きて帰ることたい!」

 武器を手放し、宿から出た有馬の藩士たちは、イエズス会の仲介もあり、処罰を免れた。

 一方、ならず者の倭寇たちは身柄を拘束され、マカオ当局の取り調べを受け、明国沿岸で唐船を奪ってマカオへやってきたと自白した。倭寇の頭目は処刑され、他はマカオから追放された。

 この騒乱で、多数の死傷者が出た。特別治安院判事は重症を負い、そばにいた町の有力者の息子は死亡。ポルトガル人数人と日本人傭兵らも死亡、もしくは負傷した。そして、有馬から朱印船でやってきた侍以下百五十名のうち、約四十人がこの事件で命を落とした。

 この一件で、有馬の藩士はペソアに強い恨みを抱くだろうと龍之進は思った。それはマカオにいる日本人、たとえば商人、傭兵、職人、奉公人、パードレ、イルマンも、日本人が不当に虐殺されたことに憤りと悲しみを感じたからである。

 龍之進は、多聞宛ての消息(手紙)にこの事件の詳細を書いた。

(第9回へつづく)