十一

 見つけたのはまったく偶然だった。

 横須賀市+孤独死でグーグル検索をした時に、たまたまヒットしたのだ。

「わたしの終活登録」なる事業に関する報道を。

 複数の新聞やネットメディアが報ずるところによると、これは横須賀市が独自に始めた制度で、行政が終活関連情報を預かってくれるのだという。

 これは耳寄りではないか。

 さっそく、市のホームページを見に行ったところ、こんな風に書いてあった。

 近年、ご本人が倒れた場合や亡くなった場合に、せっかく書いておいた終活ノートの保管場所や、お墓の所在地さえ分からなくなる事態が起きています。本市では、こうした”終活関連情報”を、生前にご登録いただき、万一の時、病院・消防・警察・福祉事務所や、本人が指定した方に開示して、本人の意思の実現を支援する事業を、平成三〇年五月から始めました。(横須賀市公式サイトより引用)

 あら、なんて好都合。

 しかも、登録は電話一本でいいそうだ。

 あら、簡単。

 これは利用しない手はない。

 それにしても、市ははぜこのような取り組みを始めたのだろうか。

 背景には、連絡先がわからないばかりに無縁仏になるしかなかった人たちを目の当たりにしてきた一人の行政マンの思いがあるらしい。

 だが、制度の話に入る前に、まずは横須賀市とはどんな地域なのかを説明しておこうと思う。まどろっこしく感じるかもしれないが、制度ができた背景には地域特性があるし、なんだかんだで現代日本の問題点をギュッと凝縮したような話になるので、少々お付き合い願いたい。

 東京湾の西側、三浦半島中部に位置する神奈川県横須賀市は、大変ユニークな街である。

 江戸時代まではのどかな農漁村地帯だったが、浦賀への黒船来航で状況は一変。明治以降は帝国海軍の本拠地の一つとなり、戦後も米国海軍のベースや海上自衛隊の地方隊が置かれている。つまり「基地の街」だ。

 私より上、終活に興味を持つ世代ならば、横須賀といえばなんといっても山口百恵だろう。私より下の世代なら、元X JAPANのギタリスト・故hideの生まれ故郷にして聖地として認識されているかもしれない。

 私なんぞはもっぱらダウン・タウン・ブギウギ・バンドのヒット曲「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」で街の名を知った口だ。リリース時、私はまだ幼児だったが(ここ重要)、歌詞の語呂の良さで地名が記憶に刻まれた。

 とはいえ、大阪に生まれ育った私は、その後も長らく横浜と横須賀の区別がつかないままだった。並び称されているぐらいだから、横浜と隣接する都市なのだろうと思い込んでいた。思い込んでいたので、初訪時にはびっくりした。街は緑の山と海に囲まれた結構な田舎で、都市機能を有する中心街がむちゃくちゃ小さかったのである。しかし、買い物場所がロードサイド店か巨大スーパーしかないような地域で育てば、十分都会に見えるレベルだとは思う。

 東京には電車で一時間から一時間半、横浜なら半時間から一時間ほどで出られるのでベッドタウン化している一方、地域経済はそれなりに独立している。数軒の駅ビルのほか、そこそこ賑わう商店街や繁華街もあるし、百貨店だって一応はあるのだ。とはいえ、その百貨店も二〇二一年二月で営業終了が決定していて、街全体が緩やかな斜陽に向かっているのは否めない。また、同じ市内でも相模湾に面する西部地域は葉山や逗子と一体化しており、都市近郊のオシャレなマリンリゾートカントリー感を漂わせている。そして、それ以外の地域は昭和の住宅ブーム時に造成された新興住宅地や団地がほとんどだ。

 また、山口百恵が「横須賀ストーリー」で歌うように、「海と坂の町」でもあるのも特筆に値する。半島の中央部を三浦丘陵が走るため、平地は少なく、土地の起伏が激しい。なにせ市街地ですら、すぐ横は小高い丘になっているのだ。市中を縦横無尽に走る階段の多さも、長崎や尾道に並ぶだろう。私の自宅だって、最寄駅から坂と階段を避けて到達することはできない。

 それにしても、住み始めてようやく理解できたのが「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」の歌詞の巧みさだった。

 あの歌は横浜で娼婦をしていたヨーコが、不義理を重ねて逃亡を繰り返した挙げ句、横須賀にたどり着くというストーリーが背景にあるわけだが、実際の横須賀を知ると「都落ち」感を醸し出すにはピッタリの場所なのがわかるのだ。

 ヨーコのような女は、都会でしか生きられない。一方で、掟破りをしまくれば華やかな街には居場所がなくなる。海沿いにどんどん移動していき、最後にたどり着いたどん詰まりの場所が、三浦半島唯一の「都会」である横須賀なわけだ。あの短い詞に、これだけのドラマと地域性を織り込むのだから、阿木燿子さんはやっぱりすごい。

 そんなわけで、昭和の頃は治安がよろしくない場所もそこそこあったらしいが、今では全体的に穏やかで、便利な都市生活を享受しながら、異国情緒やカントリーライフが楽しめる暮らしやすい街になっている。

 それなのに、横須賀の高齢化率は高く、人口流出率は全国的に見てもトップクラスだという。

 どうしてそんなことになるのか。

 その理由は、ここまで延々と書き連ねてきた横須賀の特殊事情に依るところが大きい。

 高齢化は日本全体の問題だが、横須賀の場合、戦後の高度経済成長期に新興住宅地が多数造成され、そこに移住した人々が現在老齢期を迎えているのが大きな理由の一つだ。そして、地方都市のご多分に漏れず、子世代は東京や横浜といったより大きな都市に移り住んでおり、それが人口流出率の高さに繋がっている。つまり、体力的に坂や階段の多い場所に住めなくなった老人層が、子供の近くや平地の施設などに移り住むようになった結果、どんどん人が外に流れてしまっているそうなのだ。

 なぜ子供たちが戻ってこないかというと、これはもうもつぱら「坂と階段が多い」という地勢が理由になる。新興住宅地の多くは丘陵地帯に造営されているが、中には家までのアプローチが自動車も通れないような狭い坂道か階段のみという場所も少なくない。中には百段以上の階段を登らないと玄関にたどり着けないような家もある。このいかにも昭和的に無計画な造成っぷりは呆れるばかりだし、正直「よくこんな所の家を買うつもりになったもんだ」と思いもするのだが、そんな物件でもこぞって買うのが経済成長期の空気というものなのだろう。

 今となっては住み手が見つからないような家は、一度主が失われてしまうと、新規居住者が転入してくることはまずない。自動車で行き来できるような広い道路が通っている場所ならば、丘陵地にあってもスクラップ・アンド・ビルドが可能だ。実際、うちの近所などは最近その動きが急増、住人の入れ替わりが進んでいるわけだが、アプローチが階段しかないような場所は空き家のまま放置され、朽ちていくに任されている。

 高齢化と人口流出のダブルパンチは、単身世帯の増加という結果を生んだ。市の統計資料によると、現在、単身世帯は全体の三割を占めるという。さらに高齢者の単身世帯は二万もあるのだ。高齢者のいる核家族は七万七千ほどだそうだが、そこはすぐにでも単身世帯に変化する層であることはいうまでもない。試算によると二十年後の二〇四〇年には、四割の世帯が単身になるとされている。

 総人口が三十万程度の都市でこの数字は、なかなかのインパクトだ。

 こうした中、横須賀市では二〇〇〇年前後を境に、単身者の死亡後、その遺骨の引き取り手がいないケースが急増した。直近では年間五十件ほどのペースが続いているという。

 そう聞くと「やっぱり人と人の関係性が薄れているのねえ。親族っていっても当てにならないわねえ」と短絡的に考えてしまいがちだが、そういう話でもないようなのだ。

 なんと、最大の元凶は携帯電話やスマホの普及らしい。

 その昔、昭和から平成の初め頃まではみんなアドレス帳なんてものを持ち、そこに緊急連絡先や友人知人の電話番号を控えておいたものだった。しかし、携帯電話やスマホの普及によって情報は端末内に収められるようになった。結果として、個人情報は漏れづらくなったわけだが、それがいざとなると仇になる。

 つまり、単身者が死ぬ → 身元は判明する → だが親族や友人に連絡を取ろうにも連絡先が入っている端末にロックがかかっている → 昔と違ってアドレス帳などのアナログな記録がない → 身元はわかるけれども引き取り手がわからない、という図式に陥ってしまうらしい。また、本人はしっかり終活をして、葬式や身辺整理の生前契約を結んでいたにも拘わらず、それを誰も知らなかったがためにすべて無駄になったケースもあるそうだ。前回、私が危惧していた事態は実際に起こっているのである。

 こうした事態を目の当たりにしてきた行政の福祉担当者が作ったのが、横須賀市の「わたしの終活登録」制度というわけだ。

 成り立ちから何から、なんて私にぴったりな制度なのだろう。サービスを開始したのは二年前だそうだが、私はその一年前から横須賀に住み始めたわけで、まるで私のために作ってくれたようなものではないか。

 情報の預かり先が行政なのはやっぱり安心できるし、連絡を受けた方も行政からの発信なら余計な警戒をせずに済むだろう。

 そういうわけで、さっそく市の担当部署に連絡してみた。

 すると、本当に電話一本で登録できた。

 担当者も余計なことは何も聞かないし、言わない。ただ必要なことだけを丁寧に教えてくれる。対応に安心感があった。私はとりあえず喫緊の課題である緊急連絡先とリビングウィル及び臓器提供意思の登録情報だけを預かってもらうことにした。

 数日後、市から登録内容用紙のコピーと、携帯できるカードサイズの登録証明書が送られてきた。

 そして、登録用紙に記載されている項目を見て驚いた。

 個人情報や緊急連絡先はもちろんのこと、遺言状やエンディングノートの保管先、さらには各種生前契約の契約先など、まさに死んだその時にわかっていないと困る情報を、完全にワンストップで登録できる仕組みになっていたのだ。おまけに墓の所在地なども預かって、死後も抹消せずに取っておいてくれるらしい。

 さらに開示先もかなり細かく設定できるようになっている。

 大変良くできた制度だ。

 横須賀市GJグッジョブ

 そして、登録用紙を見ていくうちに、自分が生前に何を決めておかなければならないのかも、随分クリアに見えてきた。これはエンディングノートでは得られなかった効果だ。

 実は、この連載を始める前、私はエンディングノートを購入し、記入し始めていた。

 だが、やたらと項目が多い上、私にはあんまり関係ない情報も多く(遺産相続とか家系図とか)、結局のところ放置する結果に終わった。それに比べて、これはそもそも身寄りのない単身者を視野の中心に据えているため、無駄がない。

 そんなわけで、しばらくは登録用紙の空白を一つずつ埋めていく方向で「死に方探し」を進めていくことにした。

 まさか、こんなところに道しるべがあったとは。

 いやはや、行政サービスといっても気後れせずに試してみるものである。

 と、ここまで読んで「え~、うちの自治体はこんなサービスやってないもの。なんか読んで損した~」と思ったあなた。ちょっと待っていただきたい。

 たしかに、こうした取り組みをしている自治体はまだほとんどない。私が知る限りでは横須賀市のみである。

 だが、報道によれば、この制度に関心を持っている地方自治体は複数あるらしい。つまり、今後、同様の制度があなたの住む街に創設される可能性は十分ある。もしかしたら、もう始まっているかもしれない。

 だから、一度自分の済む自治体の支援情報を確認してみてほしい。

 そして、もし無いようなら市民相談係のようなところに「横須賀にこういう制度があるらしいんですけど、うちでもできませんかね」とメール一本送ってみてはどうだろう。もしくは、比較的福祉関係を熱心にやっている地方議員に送ってもいいかもしれない。

 動けば道は自ずと拓かれる。

 動かなければ何も起こらない。

 独り者が死んでいくには、行政や公的サービスをうまく利用する必要がある。

 そして、残念ながら、行政や公的サービスの情報は自分が主体的に収集していかないと得られないのが実情だ。頭がしっかりしている今のうちに、行政や公的機関にアクセスする方法を学んでおいた方がよい。市民として意見を伝えるのも、そうした訓練の一環である。スルーされるのが関の山かもしれないが、それでもやってみないとわからないのだ。

 雛鳥は、親から餌をもらうために全身で存在をアピールする。

 私たちのような独り者も、全力で世間に存在をアピールしていかないと、行政から無視され続けることになる。

 幸い、横須賀市は信念を持って制度を立ち上げてくれた公務員と、それを承認する議会に恵まれた。よその自治体にだって、そういう人がいないとは限らない。特に、横須賀市と規模や事情が近い自治体ならば、望みはあるのではないかと個人的に思っている。

 安らかに死んでいくためには、個人的な準備はもちろん、社会の理解を得ていくことも必要だ。

 これからは身寄りのない人間が一人で死んでいくケースがどんどん増えるんですよ。

 ご家族がいるあなただって、どうなるかわかったものですか。

 けれど、一人で死ねる制度が整っていれば、ひとまずは安心でございましょ?

 そんな風に声を張り上げることも、時には必要だ。

 ちょっと大きなことを言ってしまうと、最後の人口ボリュームゾーンとなった団塊ジュニア世代である私たちは、それをやるのも後の世代への責務だと思うのだ。

 自分のよりよい死に際のために。

 社会のみんなが安心して死んでいけるために。

 できること、やらなきゃいけないことはいっぱいあるのだ。

(第十二回につづく)