結局のところ、死に方を考える上でもっとも厄介なのが「人間、いつ死ぬかさっぱりわからない」という事実だ。

 私だって、今これを書いている最中にいきなり心臓が止まるかもしれない。連載が途中でいきなり打ち切りになったら、おやおや突然死したのかなとでも思ってもらいたい。

 一方、百三十歳代という前人未到の境地に達し、ギネスブックに載ってしまうかもしれない。いや、そこまでいったらギネスブックなんて目じゃないな。医学的な研究対象になって遺伝子を採取され、超長生きDNAの提供者として歴史に名前を残す可能性だってある。それが嬉しいかどうかは別として。

 とにかく、先が見えないから不安も起きるし、備えようにもどこから手を付けていいのかわからない。

 いっそ、寿命がわかる機械が発明されたら……なんてSF的なことを思ったりもしないではないが、「寿命のわかる社会」が確実にディストピアでしかないのは、それこそSF作品で語られ尽くしていることだし、やはり未来は不確定でないといけないのだろう。

 きっと、そうじゃないと世界は上手く回らないのだ。

 いつまでも空想科学の世界に遊んでいても話は進まないので、現実を確認していきたい。

 まずは、私が死ぬ確率を、年齢ごとに見ていくことにしよう。

 頼りになるのは統計資料だ。

 生命表、という言葉をご存じだろうか。

 保健福祉関係や保険関係の仕事にでも就いていない限り、あんまり耳馴染みがないことと思う。

 デジタル大辞泉によると、「年齢別、男女別などに類別し、生存数・死亡数および生存率・死亡率、平均余命(寿命)などを一括して示した表」だそうだ。要するに、この表を見れば、各年齢で死んでしまう確率がどれほどあるのかとか、平均してあと何年生きるのかなどの値をチェックできるのである。

 製作しているのは厚生労働省で、データは国勢調査が元になっている。よって、一応信頼できる資料といってよい。こんな表、さすがに改竄かいざんするメリットもないだろうし。

 また、試算は「一定期間、国内の死亡状況が変化しない」と仮定した上で行われている。

 よって、今後戦争が勃発するとか、新型コロナウイルスなんて目じゃない高致死率の伝染病によるアウトブレイクが発生するとか、国民皆保険制度が崩れて医療格差が広がるなんてことが起こると、まったく違う数字に書き換えられる可能性はある。

 だが、今のところ現実問題として心配しなきゃいけないのは最後の国民皆保険云々だけなので、ここは公表されている数字を鵜呑みにしておこう。

 数式の記号を見る限り、たぶん微分とか積分とかを使って求められた解だと思うのだが、中学時代に数学のテストで三点を取った私にはそれ以上のことはわからない。興味があれば、ご自分でサイトにアクセスしてほしい。間違っていたらそっと耳打ちしてください。

 

厚生労働省 第22回生命表(完全生命表)の概況

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/22th/index.html

 もちろん、あくまで統計資料である以上、個々の事情を反映させたいなら自分で判断して加減算するしかないが、私の場合、今現在死に直結するような病気は抱えていない。それどころか、つい最近受けた健康診断の結果は健康優良中年として表彰してほしいほどの出来だったので、数値をそのまま当てはめていいだろう。

 というわけで、「女/四十八歳」の列を見てみると、次のような数字が並んでいる。

生存数98291

死亡数124

生存率0.99874

死亡率0.00126

死力0.00121

平均余命39.96

 ……なんだこれ?

 平均余命はまあ「平均してあと何年生きるか」なんだろうけど、他の数字はさっぱりわからない。だいたい「死力」ってなに? 死力を尽くすとか、そういう話ではないよね?

 よくわかんないので、とりあえず説明書きを読んでみた。

 まず生存数。

 これは同じ年に生まれた人が十万人いたとして該当年齢まで生き延びる人数を表しているのだそうだ。死亡数はその逆。

 それぞれの率は生存数と死亡数の十万人に対する確率で、百をかければパーセンテージになる。

 と、いうことはですよ。

 どうやら、私と同い年の人たちはほぼ百パーセントに近い確率で生き残っているらしい。確かに、これまでのところ同い年の友人知人が亡くなった例は身近にはない。

 次は問題の「死力」だ。

 資料によると「x 歳における瞬間の死亡率を死力と呼び、μx で表す。」と定義されている。

 うん、なるほど!

 さっぱりわからん。

 瞬間の死亡率ってなに? 井上陽水の「マリーナ・デル・レイ」って曲に瞬間のAngelって歌詞があるけど、マイナー過ぎる歌だからきっと誰にもわからないし、わかったところでまったく関係ありませんよね。

 そこでまた辞書のお世話になることにしたわけだが、さしものデジタル大辞泉さんも「え? 死力? 死んでもいいという覚悟で出す力じゃないの? 他にもあるの?」って感じでまるっきり役に立たない。

 そこで最後の手段、ウィキペディア先生に教えを乞うたところ、さすが先生はご存じだった。

「それはね、保険数理で用いられる用語で、X 歳に達した人が次の瞬間に死亡する確率を統計的に表しているんですよ」

 ははあ、ということは、「四十八歳になった瞬間ポックリ逝っちゃう確率」ってことでだいたいいいわけだ(たぶん)。そんな指数があったなんて、びっくりである。半世紀近く生きてきても、世の中知らないことだらけであることよ。

 意味を(たぶん)理解できたので、改めて数値を見てみると、四十八歳女の死力は0.00121。パーセントになおすと0.1パーセントである。要するに、四十八歳になった途端のポックリ死はほとんどありえないわけだ。四十九歳でも0.00131なので、ほとんど状況は変わらない。

 死力が0.01を超えてくるのはなんと七十四歳になってから。0.1超となると九十一歳を待たなければならない。ほぼ百パーセントになるのは百十五歳のこと。

 数字の読み方が正しいのかどうかはさっぱり自信ないのだが、それでも比較的体も頭も動きそうな年代のうちにポックリ、はなかなか難しそうである。

 うわ~、こりゃ大変だ。

 ひとまず、明日にでもカチンコチン体操になることはほとんどなさそうだが、ゼロではない。

 一方、心身ともに自由になるうちにさくっと死ぬのも難しそうだ。

 現在の健康寿命はだいたい七十五歳ぐらいと言われている。八十五歳になると認知症の発症率が五五パーセントを超えてくる。

 ああ、やっぱり早い目に死んでおかないと、何一つ意のままにならない状態のまま孤立死して腐る、みたいな満貫死になってしまうかもしれない。やっぱり早々にこの世を退去したほうがいい気がする。

 ……ってなことを広言すると、

「ははは、お若い方はだいたいそうおっしゃいますな。しかし、実際に年を取ると死にたくない、長生きしたいと思うようになるものですよ」

 と、したり顔の謎紳士がいんちきおじさんのように登場するかもしれないが、独身高齢者候補はそんな情緒的な話をしているわけではないのだ。

 貯蓄はほぼなし、もらえるのは国民年金だけ。その状況で働けるほどには体が動かなくなってしまった独身高齢者の死況はどう考えても闇だ。一筋の光もない。暗夜行路である。

 切実に、心身健康なうちに死んでおかないと、ヤバい。

 なんということでしょう。

 若くして死んでもうまくいかないし、年取ってからでもうまくいかないなら八方塞がりではないか。

 連載六回目にして、何一つ解決していないどころか、ますます困ることになってしまった。

 そろそろ本腰を入れて解決策を探らねば。

 よし、やるぞ!

(第七回につづく)