さて、「死因」が一段落ついたので、次は「死況」だ。死況とは、私が勝手にこしらえた造語で、「死ぬ時の状況」を意味する。

「死況を考える」とは、つまりどんな状況下で死ぬのが嫌なのか、もしくは理想的なのかを考えることである。

 第一回にも書いたが、私は「死後に腐った状態で見つかる」ことを大いに恐れている。

 ただし、独りで逝く死況=孤独死を怖がっているわけではない。

 むしろ、腐る前に見つけてもらえるのであれば孤独死の方がいいなあと思っている。

 そもそも騒がしいのが苦手な私だ。頭の周りでワイワイガヤガヤ、言ってしまえば死に逝く人間にとっては無駄ともいえなくもない「がんばって!」「みんな見守っているよ!」「誰々さんが来てくれたよ!」的な励ましをされるより、一人静かに命の灯火を消していく方が心静かに人生の扉を閉められる気がする。"寂しい"より"五月蝿い"方がよほど大きな心理的負担になる性質たちなのだ。こんな風だから独身独居が最適解となる。

 だいたい、枕元の声が励ましならまだいい。聞くところによると、臨終寸前の人を前に葬儀の仕方や遺産をめぐって骨肉の争いを繰り広げるなんて光景は珍しくもなんともないらしい。しかも、大金持ちより小金持ち、つまり中産階級の方が揉めやすいという。

 さもありなん。大金持ちだと事前準備ばっちりなんでしょう。犬神家の一族みたいなのはやっぱりフィクションなわけで、小金持ちの小市民ほど準備も覚悟もできないまま死んで、無駄に争いの種を残すわけである。

 いずれにせよ、枕頭延々喧嘩される最期なんて考えたくもない。そんなの、一番の地獄だ。死ぬ前から地獄に行ってどうすんのよ、って話である。

 死に際しての我が配偶者、そして我が子の振る舞いは、ある意味その人の生涯の集大成だ。人生の通信簿といえるかもしれない。厳粛であるべき死を前に、人目もはばからず争うような連中が自分の家族というのは、人としてのある部分に落第点を点けられるようなものだろう。そんなことになるぐらいなら、一人静かに逝くほうがいい。

 あ、そもそも私には家族も遺産もないんだった。争いの種なぞ最初からないのだわ。

 これぞ持たざるものの安楽!

 なんかそれっぽいことを言うなら「本来無一物 無一物中無尽蔵」ってやつだ。禅の境地だ。持たざるもの、すごい。

 ところが、どうやら世間一般様はそう思わないらしい。

 特に、私のように規格外の生き方をしていると、安楽どころではない。それだけで最初から「可哀相」カテゴリに押し込められる。

 結婚していなくて可哀相。

 子供がいなくて可哀相。

 会社に所属していなくて可哀相。エトセトラ、エトセトラ。

 でも、当の本人は自分のことをちっとも可哀相と思っていないので、一体どうして可哀相と言われるのか、さっぱりわからない。正確を期すならわからなかった。

 だって、時には配偶者のDVに苦しんでいたり、中年になっても親から金をせびるような子を持っている人からも「家族がいなくて可哀相ね」と言われるんですよ?

 私にしてみれば、「いや、あなたの方がよっぽど可哀相よ?」と思うわけだが、それを指摘するのも余計なお世話なので、曖昧な顔のまま「はあ」と気の抜けた相槌を打つぐらいしかなかった。

 でも、歳を取るにつれ、段々わかってきたのだ。

 この手の人々は「世間並み」から少しでも外れた生き方をしている人間を見ると、脊髄反射で「可哀相」と思うのだ、と。

 言うなれば、形のいびつな大根は、その味の良し悪しは関係なくスーパーの売り場からは除外されるから可哀相、みたいな感覚なのかもしれない。切ればが入っているような粗悪品でも売り場に並べてもらえる見た目さえあれば、ってことなのだろう。

 しかし、大根の晴れ舞台はスーパーの売り場だけではない。形より味を重視する料理家によって、最高のひと皿に仕上げてもらえるかもしれない。たとえ買い手がつかなくて野にうっちゃられたとしても、土に返っていけるなら見切り品として焼却処分されるよりも幸せだろう。

 規格でしか人の幸せを測れない人間には見えない幸せが、この世には数多あまたあるのだ。

 なんか大きく話がズレたようだが、そうでもない。

 なぜなら、孤独死なんてまさにその典型例だと思うからだ。

 孤独死は、辞書では「だれにも気づかれずに一人きりで死ぬこと。独居者が疾病などで助けを求めることなく急死し、しばらくしてから見つかる場合などにいう」と定義されているが、法的に明確な定義はない。また「しばらくして」がどれぐらいの期間を指すのかについても基準はない。

 研究者の調査によると、言葉自体は一九七〇年代から使われ始めているが、社会問題としてクローズアップされたのは一九九五年の阪神淡路大震災以後だという。被災者が移り住んだ仮設住宅において一人で死に、その後何日も見つからなかったケースが後を絶たなかったため、広く社会の関心を集めるようになったのである。

 震災さえなければ、世間並みの死を迎えることができただろうに、一人寂しく死んでいったなんて可哀相。

 多くの論調がそうであったため、孤独死には「社会から孤立した結果の寂しい死」というイメージがべったりくっついてしまった。

 だが、このイメージが曲者くせものだと私は思う。

「誰にも看取られず一人で死んでいく」部分だけを孤独死と定義するとして、それは必ずしも寂しい死に直結するわけではない。

 たとえば、今年の二月、元野球監督の野村克也氏が入浴中に虚血性心不全を起こして亡くなられた。一人住まいの風呂場での急死だったことで、一部のマスコミは「孤独死」として報じた。

 しかし、野村氏の場合、夜中に亡くなって、未明には通いの家政婦さんによって発見されている。たまたま発見が遅くなっただけで、同じような死況を迎える人は少なくないだろう。

 最愛の妻である野村沙知代さんに先立たれてから、氏は始終寂しさを訴えていたという。そこには私などには到底わからない夫婦愛があったのだろう。氏の晩年は「生きること」が即ち孤独の源だった。そんな人にとって、あっさりと岸を渡れた死は、はたして「寂しい死」といえるだろうか。私には、孤独からの救済だったようにも思える。

 また、満足して孤独死を迎えたと思しき人もいる。

 文豪・永井荷風だ。

 明治十二年(一八七九)生まれの荷風は、後半生のほとんどの期間、一人で暮らしていた。彼もまた、群居の賑やかさより独居の気楽さを選ぶ人間だったのだろう。

 もっとも、決して人間嫌いだったわけではない。むしろ、他人との交流は好きだった。ただし、一人の人間と濃い永続的な関係を結ぶのは苦手だった。頑固で偏屈、しかも自分のルールを絶対に曲げないと来ているので、他人と一緒に住めるはずもない。要するに、一人の方がストレスは少なくて済むのである。

 人嫌いではないから、許容できる相手とは付き合う。ただし、必要以上には立ち入らせない。

 こうした晩年を送った人の結末もまた、あっさりしていた。前日まで散歩できるほどの健康を保ちながら、夜中に突然吐血し、出血性ショックで逝ったのだ。発見者はまたしても通いの家政婦だった。

 荷風は大変なお金持ちだったので、当時養老施設と呼ばれた介護施設に入ることもできたはずである。だが、荷風自身が自分はそんなところでは暮らせる人間ではないと重々承知していただろう。その面倒くさい性格ゆえに、本人も介護者も悲惨なことになったはずだ。彼にとっては、自宅でバタンと倒れてそのまま逝ってしまうのが正解だったのだ。

 さて、この二人に共通するのは、死のその瞬間は一人であっても、一日以内に発見され、多くの人々に死を悼まれたという点だ。

 結局のところ、彼らの死は孤独死ではあるが、ではなかった。

 先述した仮設住宅での死は、だった。

 この差はとても大きい。

 死後何日も気づいてもらえない事態は、孤独だから発生したのではない。社会的に孤立した無縁状態だったから発生したのだ。

 人は孤独=無縁と考えがちだ。だが、孤独は必ずしも社会からの孤立を意味するわけではない。孤独を楽しむという言葉があるが、その通りあくまで境遇の選択肢の一つであり、それは時として人生に大きな安らぎと楽しみをもたらす。

 一方、誰とも適切な縁を結べない「孤立」は、おそらく誰にとってもつらい。そして、同居する家族がいようとも、会社や組織に所属していようとも、孤立することはある。

 死を目前に枕頭で家族が争う様を見なければならなかった人。その人は、孤独死ではないが、孤立死に近い。家族に囲まれながら、無縁社会を生きていたようなものだ。

 葬儀に何百人と集まろうと、誰一人心からの涙を流してくれなければ、それもまた無縁である。

 別に観念的な話をしているつもりはない。現実として、そうなのだ。

 ゆえに、この連載では、孤独死と孤立死を混同しないようにしたいと思う。

 混同すると、孤独死は「世間並みの死を迎えられなかった可哀相な死」になってしまう。しかし、諸々の事例を考えると、看取られない死である「孤独死」は、上手に逝くための一つの方法であるように思われるのだ。

 この問題は、死に方を考える上ではとても重要な部分になってくるのだが、今のところちょっと保留にしておきたい。

 ひとまず、死況については「孤独死はウェルカムだが、孤立死は嫌」という結論に着地した。

 よって、ここからはどうやれば孤立死を避けていけるのかを考えていきたい。

 なぜなら、私のような健康で自立している独身独居フリーランス人間にとっては、五〇代から六〇代あたりが一番の「孤立死」危険地帯だからである!(この部分は川口浩探検隊が人類未踏の洞窟に入る寸前ぐらいの緊張感で読んでください。川口浩が誰かわからない世代の方はあと十年か十五年後に読んだ方が、本連載を楽しめるかと思います。)

(第五回につづく)