「『プロパガンダゲーム』と聞いて、驚いた方もいらっしゃるかもしれません。ですが、ご心配には及びません。今回実施するのは、過去の事例と現在の世界情勢をふまえ、最新の状態にアップデートされたゲームとなります」
織笠は話しながら、タブレットをタップする。スクリーンに表示された白地図には「プロパガンダゲーム 新政府チーム」という大きな文字が並んだ。
「はじめに、ゲームの目的についてご説明いたします。プレイヤーの皆様はこれより『クラフト国』政府の一員となって広報を行い、ある国民投票を勝利に導いていただきます」
織笠がそう言うと同時に、白地図の一部に色がつく。緑色に塗られた島の下には「クラフト国 CRAFT」の文字が表示された。
「課題を開始する前に、皆様がゲームの中で関わる国々をご紹介します。クラフト国は、約一千万人が住む島国です。その領土は五万キロ平方メートルで、一つの大きな島が国の領土となっています」
説明と共に、四角形の島が緑色に点滅する。織笠は説明を続けた。
「このクラフト国の北に位置するのが、イーゼル国です。イーゼル国は約一億人の人口を抱える大陸国家です。その領土は百万キロ平方メートルを超え、大陸の中に多数の民族が暮らしています」
地図上には、新たに「イーゼル国 EASEL」の文字が表示され、その国土が赤色で表示される。領土面積はクラフト国の優に二十倍以上はあるように見えた。
「クラフト国は市場の自由な競争を重んじる資本主義国で、議院内閣制を採用しています。対するイーゼル国は、国家による管理経済を軸とする社会主義国家で、社会党による一党独裁が行われています」
そこまで説明されたところで、春名は双方の国のモデルとなった国家を察する。織笠は、チームの全員に向けて説明を続けた。
「現在クラフト国では、近い将来、イーゼル国から侵略を受けるのではないかという風説が国中に広がっており、激しい議論の末、クラフト国政府は『イーゼル国への編入の是非』を問う国民投票を実施することとなりました。皆様は、クラフト国政府の一員となって、この国民投票を『編入反対』、つまり、クラフト国の独立維持へと導いていただきます」
スクリーンには、クラフト国の地図に重なる形で「独立維持」の四文字が行書体で並ぶ。大国の脅威が迫る中で、大国の一部になるか、現状の独立を維持するか。いずれの選択も、一筋縄ではいかないことは確かだった。
「皆様が宣伝を行う対象は、我々が抽選で選ばせていただいた、一般市民の方々百名です。この百名の皆様は、我々が自治体用SNSを改修して作成したコミュニティサイト『クラフト』に接続しています。皆様には、このサイトに動画や画像、文章を投稿することで、クラフト国の『独立維持』を目指していただきます」
織笠がタブレットに触れると、スクリーンにコミュニティサイト『クラフト』の画面が大写しになる。『クラフト』の画面は、緑色のトーンに統一されており、中央には、『広場』と書かれた白い掲示板と、テスト投稿が数個あった。
「今回、市民の方々にはメディアと情報伝達に関する社会実験という名目で、このゲームに参加いただいております。市民の方々には、五分ごとに簡単な在席確認が行われ、最後まで参加していた方には、謝礼がお支払いされます。このため、参加者はある程度高い意欲で、こちらの『広場』を閲覧している想定です」
こちらの質問を先取りするように織笠が言う。少額であったとしても、百人に謝礼を支払うとなれば相当な額が費やされるはずだ。「試験」の不穏さはさらに増していた。
「『広場』には、皆様を含めた『クラフト国民』が、一度に五百文字までの投稿を自由に行うことができます。画像付き、映像付きの投稿も可能で、画像は十メガバイト、映像は二分二十秒までの動画を自由に投稿することができます。投稿に、クラフト国民は一人一つまで『いいね』をつけることができ、たくさんの『いいね』を獲得している投稿は、広場の上部に表示されやすくなります」
説明と同時に、広場に画像と映像がデモンストレーション的に流れる。コミュニティサイト『クラフト』は、大手SNSと同等程度の機能を有しているようだった。
「ここまでのところで、何かご質問はございますか?」
織笠がそう問いかけると、隣の雫石が手を挙げた。織笠は表情を変えずに「雫石さん」と名前を呼ぶ。
「イーゼル国とクラフト国は、一応、架空の国ということですが……国土や人口以外の情報、特に軍隊をはじめとした戦力の情報は、ご提供いただけるのでしょうか」
雫石が真っ先に尋ねたのは、極めて自衛官らしい質問だった。「一応」と付言するところを見ると、雫石にも両国のモデルは察しがついているらしい。
「イーゼル国、クラフト国の両国が置かれている状況は、『情報素材』という形で、文書や画像にて皆様に提供されます。素材の詳細については、皆様が試験への参加を正式に表明した段階で説明があります。私から現在お伝えできる内容は以上です」
部外者にこれ以上明かすつもりはない。口調は丁寧だったが、織笠の回答からはそんな意図が感じられた。
「それでは最後に、『広場』について重要な情報をお伝えいたします」
質問がないと分かると、織笠が口を開く。タブレットに触れると、スクリーンには四文字のアルファベットが表示された。
「『広場』には、『FIMI』と呼ばれる外国アカウントが四体紛れ込んでいます」
織笠が言うと同時に、それぞれのアルファベットが英単語へと変わった。
Foreign
Information
Manipulation and
Interference
「『FIMI』は『外国による情報操作と干渉』を示す略語です。皆様には、外国勢力が仕掛けてくる情報操作と戦いながらクラフト国の独立を維持していただきます」
織笠が「外国勢力」という言葉を発したところで、部屋の空気が明らかに変わる。スクリーンに鋭い視線を送る雫石を横目に、春名は取材ノートを取り出し、「FIMI」の四文字をメモに綴った。
「『FIMI』を広場から排除する方法は二つあります。一つ目は、広場にいる二十名以上からの『通報』です。国民を説得し、特定のアカウントを国民二十名以上が通報すれば、そのアカウントは凍結され、『広場』から追放されます。なお、『FIMI』でないアカウントを二十名以上が通報した場合も、そのアカウントは『広場』から追放され、投票権を失います」
スクリーン上には人型のアイコンが表示され、説明に合わせて、大きなバツマークがつけられる。春名がその演出に不穏さを感じる中、説明は続いた。
「FIMIを排除するもうひとつの方法は、『アジトの発見』です。『FIMI』のアジトを発見し、そのアジトを壊滅させることで、『FIMI』アカウント全ての発信を停止させることができます。詳細は、ゲーム開始後に手に入る『調査ファイル』をご覧ください」
「……アジト?」
聞きながら、雫石がつぶやく。説明されるルールは奇妙なものが多かったが、この「ふたつめの方法」は、とりわけ奇妙だった。
「ゲーム開始から二時間半後に実施される『国民投票』の結果において、『編入反対』が『編入賛成』の票数を上回った場合、課題はクリアとなります。……ここまでの説明で、何かご質問はございますか?」
「あの、いいですか?」
複雑な説明からの急な問いかけにもかかわらず、すぐに反応したのは雫石だった。織笠は挙がった右手を一瞥すると、小さく頷く。
「どうぞ、雫石さん」
「国民投票で『編入反対』が勝てば、私たちは全員、試験に合格するのでしょうか」
「『編入反対』が勝った場合、このチームはひとつ課題をクリアしたこととなります。課題のクリアは、採用試験において大きなプラス評価にはなりますが、採用試験の評価基準は、『課題をクリアしたか否か』だけではございません。今、私からお答えできることは以上となります」
採用を決めるのは、国民投票の結果だけではない。織笠は言葉を選びながらそう伝えていた。雫石はその回答を予期していたようで、さほど驚いた様子はなかった。
「すいません、もうひとつ」
雫石は右手を挙げたまま、一瞬、出口の方を振り返る。山野と織笠が続けての質問を止めないのを見て、雫石は尋ねた。
「アジトは、実在しますか?」
質問を受けた織笠の動きが一瞬止まる。雫石の質問には、明らかに含みがあった。「アジト」は、「FIMI」アカウントに関するルール説明で出てきた言葉だ。だが、それが実在する場所なのか、コミュニティサイトの中に存在するものなのか、具体的な説明は一切ない。織笠は山野の方を一瞥した後、口を開いた。
「アジトについて、現在皆様にお答えできることはありません」
「了解しました。ありがとうございます」
雫石は食い下がることなく、笑顔で質問を終えていた。織笠は心なしか安心した表情で全員に向き直った。
「他に、質問はございますか」
百瀬と氷坂に質問をする様子は一切なかった。織笠は頷くと、腕時計を見て告げた。
「これから三十分後、午後三時より『プロパガンダゲーム』は開始されます。ご参加いただける方は、二十分前までにカンファレンスルームAへとお越しください」
この続きは、書籍にてお楽しみください