風邪とアイスクリーム
旅先で風邪を引き、なんとか仕事を終えて戻ってからも日に日に咳がひどくなって、病院に行ったら軽い肺炎と診断された。その後、抗生物質などの投与で肺炎は治ったのだが、風邪を引いてから一か月近くたつ今も咳はまだ出ている。こんなに長く、苦しい咳は久しぶりのことで、すっかり参ってしまった。
夜、眠りを妨げる咳は苦しい。風邪を引くと安静にしているように言われるけれど、自分の咳き込みによって、なかなかゆっくり休めない。咳は苦しくて消耗するし、なんだか切ない気分にもなってくる。最近は風邪を引くことも少なくなって、その感じを長く忘れていた。
でも、自分が子どもだったときは、しょっちゅう風邪を引いて咳き込み、洟をずるずるとすすっていた気がする。まわりの子どもたちもそんな感じで、よく連れていかれた耳鼻科では、鼻の両方の穴にガラスの管を入れて鼻水をすすりあげる装置のようなものを並んで受けたことがある。そういえば、自分の子どものときにはあれをやった覚えがない。鼻水をたえず垂らすような子どもが、減ったからなのかな。
子どものころの私は、扁桃腺が弱くてよく熱も出したので、一週間くらい布団の中でもうろうとしていることもあった。身体にふれている毛布が、鉄のように硬く感じたのを覚えている。
私の子どもたちも、幼稚園や学校に通うようになると、毎年必ず風邪を引き、ときにはインフルエンザにかかった。
三月の娘の胸に取りついたインフルエンザは感情的で 東 直子
突然高熱を出させて、苦しませるインフルエンザウイルスの勢いを擬人化した歌である。あれは、「取りつく」という動詞がぴったりくる。熱のために真っ赤になった頬が、乾燥してかさかさになり、ふうふういって、ほんとうに苦しそうで、はらはらした。
高熱のこどもとろんと起き上がりアイスクリームが食べたいと言う 東 直子
高熱は数日続くが、なにか食べたいと自分から言い出したら、回復のきざしが見えたようなもの。口触りのよさそうなものをスプーンで掬うと、幼鳥のようにぱくっとくわえて飲み込んだ。
あめゆじゆとてちてけんじや
宮沢賢治の詩の一節がよみがえる。「永訣の朝」という詩の中で、瀕死の妹が、雨雪を取ってきて下さい、と賢治に岩手の言葉で語りかけたのだ。賢治は、「まがつたてつぽうだまのやうに」みぞれの中に飛び出して、松の枝の上に積もった雪をお椀に盛り、それが「天上のアイスクリーム」になることを祈る。
さて、無事にウイルスを追い出した子どもは、この世のアイスクリームをおいしく食べ、身体に気持ちよく溶かす。それができることが、なんとしあわせなことか、と思う。
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