最初から読む

 

 渚が死んだあと、母がうつ病になり、さらに祖母と同居していたおば夫婦が離婚した。おばは離婚の際に得た慰謝料で外国にいってしまい、ほかのおば達も皆、遠くに嫁いでいた。母の看病と祖母の介護の二つが、いっぺんに真冬の肩にのしかかってきた。 
 家を出てお金を稼いで、いずれ大学にいこうと夢見ていたことなんて、そんな日々の中で、あっけなく忘れてしまった。せめて少しでも金をためようとアルバイトをした時期もあるが、遅刻や欠勤が多いのですぐクビになった。基本的には祖母の年金などが、一家の収入源だった。
「みんなが死んだときが、あんたが自由になるときだよ」
 みどりが九州に嫁ぐ前、最後に会ったときに放った言葉。それが心にとげみたいに刺さった。それ以来、深夜に一人でドカ食いしながら、心の中で「みんな死んだら自由、みんな死んだら自由」と呪文みたいに唱えるようになった。
 風太は養護学校を卒業した後、少し間をあけてグループホームに入った。当初は同居を続けながら、日中は施設に通わせる予定だったが、母と祖母にくわえて風太の面倒までは、さすがに見切れなかった。
 正直なところ、風太のことはだいぶ前から、真冬の手に負えなくなっていた。複数の疾患を持っていた渚とは違って、風太は重い知的障害と発達障害がを抱えていながらも、体はいたって健康。子供のときはたびたび家から脱走し、何時間もかけて探し回ることもザラだった。十五歳ぐらいからなぜかぴたっと脱走癖は収まったが、その頃からほぼ毎日夢精するようになった。後始末をするのは、当然のように真冬だった。
 風太は三十五歳のとき、グループホームの浴室で死んだ。真夏だった。
 入浴中に寝入って、おぼれて死んだらしい。通常であればほかの入所者と大浴場で入浴するはずが、数カ月前から問題行動が増えてきて個浴にせざるをえなくなったと、死んだあとになって聞かされた。その日はシャワーだけで済ませる予定が、本人がどうしても湯船につかりたがったので、しかたなく湯を張った。そして目を離している間に、頭ごと湯に沈み込んでいたという。
 警察は事故と事件の両面から捜査していたが、結局、立件されなかった。そのときはそう状態でやたら元気だった母が、ホームを訴えると息巻いたが、息巻いているだけで特別なにもしなかった。その頃には手を差し伸べてくれる支援者も、いなくなっていた。
 記憶があいまいで、どうしてそうなったのかわからない。死んでから数日後、あるいは数週間後、なぜか真冬は一人で、風太が死んだ浴室を見にいくことになった。もしかしたら自らそれを強く望んで、強引にホームに頼み込んだのかもしれない。覚えていない。その頃の記憶は、失敗したビンゴみたいに穴ぼこだらけになってしまっている。
 少しだけ、涼しい午後だったと思う。
 壁のあちこちに手すりが備え付けられていることと、シャワー台の前に背もたれ付きの椅子が置かれていることをのぞけば、どこにでもある、普通のユニットバスだった。警察の調べもとうに終わって、綺麗に清掃されていた。小さな窓から、やわらかい昼の光がさしていた。
 その白いバスタブを見下ろしながら、何を思ったらいいのかわからなくて、途方に暮れた。
 風太が死んだことが、ずっと、悲しいのか悲しくないのかがわからなかった。葬式でも泣かなかった。火葬場で待つ間、食堂でカレーを二人前注文して食べていたら、おばの一人から「よく食欲わくね」と笑われた。骨になった風太を見て、母は失神した。それを横目で見ながら、真冬は、火葬場の職員の指示通りに静かに骨を拾ったのだ。
 風太からは、あまり好かれていなかったと思う。ご飯を食べなさい、靴をはきなさい、ゲームをやめなさい、と指示や命令ばかりしていたから。何度か、たたいてしまったこともある。けれど、ときどきじゃれついて、一緒に笑ってくれることがあった。えへへ、えへへと笑いながら、真冬の手をとって、すりすりさすった。意味のある言葉はほとんど話さなかった。「お母さん」も「おはよう」も言えなかった。水が飲みたいときに「水」とさえ言えず、み、み、み、み、と小声で繰り返した挙句、真冬の腕を引っ張って蛇口まで連れていく。それでも、なぜか外でのら猫を見ると、「まーちゃん」と家での真冬の呼び名が口をついて出た。だからたまに一緒に散歩にいくと、真冬は懸命に猫を探した。見つけるとすかさず指でさして教えた。「まーちゃん」と言ってくれるかは、実際のところ、五分五分だったけれど。
 白いバスタブ。何を思ったらいいのか、皆目見当もつかなかった。
 けれど、あれから何年も過ぎて、真冬はようやく認めることができた。悲しかったわけでも、悲しくなかったわけでもない。ただ風太が死んで、ほっとしていたのだ。三十代のうちにいなくなってくれてよかった、と。自分もそうであるように、風太も年をとる。そのことが恐ろしくてしょうがなかった。想像しようとするだけで、呼吸の仕方がわからなくなった。
 風太が死んでくれて、ほっとして、そして、うれしかったのだ。それが認められなくて、あのバスタブの前で途方に暮れていた。
 風太の死後、母のそう状態とうつ状態のサイクルが激しくなった。真冬の体重はあっという間に百キロを超えた。この頃の記憶はさらにあいまいで、思い出は頭の中のクローゼットの奥で、ぐちゃぐちゃにとっちらかったまま。ふいにときどき思い出すあれこれが、現実なのか、それとも夢で見たことなのか、はっきりしない。
 祖母の大便を右手に握りしめながら、風呂場で犬のおまわりさんを歌っていたこと。母と殴り合いをして鼻血がとまらなくなったこと、ゆでてバターをからめただけのパスタをいっぺんに二キロ食べたこと。それらが現実なのか夢なのか、はっきりしないのだ。
 祖母は真冬が三十八歳のとき、家の介護ベッドの上で、眠ったまま死んだ。それからまもなく、母がアルツハイマー型認知症となった。母を施設に入れて、ようやく真冬は身軽になった。
 四十歳になっていた。
 何歳からでもいいから勉強しなおして、大学に入って、弁護士になりたい。かっこいいスーツを着てバリバリ働いて、夜は仕事仲間と素敵なお店でお酒を飲んで、人から尊敬されて、男の人と遊びのような真剣なような恋愛をして。そんな夢は多分、渚や風太や祖母や母の遺体と一緒に燃えて消えた。

 はっと目を覚ますと、すっかりぬるくなった湯船の中に、鼻の下までつかっていた。慌てて起き上がったら鼻から水を吸い込んでしまったが、むせただけでおぼれずに済んだ。部屋のほうからLINE電話の着信音が聞こえる。急いで風呂から出て、持参したパジャマを着た。
 電話は切れていたので、かけなおした。相手は秋生だった。
「おー! 長野はどう?」
「最高だよ! ご飯もおいしいし、景色もきれいだし!」
 この二日間、自分が見たもの、食べたもの、買ったもの、買おうか迷って結局買わなかったもの、その一つ一つを語って聞かせた。ホテルの朝食バイキングで何を選びとり、何を選び取ろうとしてあきらめ、何を「わたしはこんなもの絶対食べない」と思ったかまで、詳しく。いつも通り、秋生はふんふんと相槌を打つだけで、黙って聞いている。高校三年生で親友になって以来、ずっとそうだ。自分のどうでもいい話を、秋生はいつも静かに受け止めてくれる。
 三十代の半ば、秋生が大阪で荒れた生活を送り、一方、真冬も家族の世話に追われていた一時期、互いにあまり思いやれなくて、電話やメールでケンカを繰り返し、疎遠になったこともあった。去年、久々に大阪の店に遊びにいったときにいきなり理由もなく「死ね!」と追い返されたあとは、LINEもブロックされて完全な音信不通状態になってしまった。が、数カ月後、バイト先のコンビニまで秋生が手土産持参でやってきて、仲直りできた。それからまもなく、秋生は真冬が一人で暮らすアパートのすぐ隣の新築マンション一階2LDKを購入し、大阪から移り住んできた。以来、もともと飲み仲間だったバイト先の春来店長と春来店長の高校時代の元カノの夏枝、そして真冬と秋生の四人で、たびたび集まって安居酒屋で飲んだり、カラオケにいったりするようになった。
 真冬が見えてもいない相手に身振り手振りで軽井沢高原のイルミネーションについてひとしきり語った後、ようやく秋生は口を開いた。
「余計なことを思いだして、また、苦しんでるんじゃないかと思ってさ。平気?」
 これも昔と変わらない。さんざん黙ってこちらの話を聞いたあと、ふいに図星をつくところ。
「別にーそんなことないよー」
 そう答えるそばから、涙があふれてくる。これだってそうだ。いつも、秋生の前ではこうなってしまうのだ。あっという間に鼻が詰まって、何も言えなくなった。
「真冬?」
「……この間、おばにね、言われたの」真冬は観念して白状しはじめた。「一周忌のこと、連絡したときにさ。母の一番下の妹で、わたしのことをいつも一番励ましてくれる人だった。そう、何回か、話したことあるよね。その人に昔、『みんなが死んだら自由になれるよ、だからそれまでの我慢だよ』って言われたこともあってさ」
 鼻が詰まって呼吸ができない。一度「ちょっとごめん」と言ってから、鼻をかんだ。
「……それで、あの、なんだっけ……何を話そうとしてたんだっけ……ああそうだ、みどりの話だ。あの、その人、みどりっていうんだけどさ、あ、知ってる? 話したことあるっけ、ハハハ」
 鼻をかんだら、なんだか急に気分が落ち着いて笑ってしまった。電話の向こうで秋生も笑う。
「相変わらず、情緒が無茶苦茶だな」
「そうなの、アハハ。それでね、その母の末の妹にね、『みんな死んだら自由だ』って昔言われて、それでわたしも、きっとそうなんだろうなって思って、その言葉を信じて、ずっと必死で頑張って、自分を犠牲にしてさ、家族のために生きてたんだけど……。この間、電話で言われたんだ。『家族なんかさっさと見捨てて、自由に生きればよかったのに。あんたは若さと時間をどぶに捨てたね』って」
 電話の向こうで、小さなうなり声のようなものが聞こえた。秋生が発したものなのか、何かの雑音なのかはわからなかった。
「悔しいのは」また、涙がこみあげてくる。「みどりの言ったことが、どうしても正しく思えてしまうこと。なんでわたし、家族を見捨てなかったんだろう。もっと若いときに家出して、自分のために生きなかったんだろう。もう四十すぎだよ。何にもできないよ。取り返しのつかない失敗をしてしまった」
 言葉にできたのは、そこまでだった。スマホを離して、そばにあったクッションに顔を押しつけてひとしきり泣いた。少し落ちついてから、スマホを手にとる。電話は切れていなかった。
 気配を察したのか、「真冬?」と呼びかける声が聞こえる。
「……うん」
「俺には、どっちが正しくて、間違ってるかなんてわからないけど」
「うん」
「こっちの道に進んでよかったと思えるように、これから、生きていくしかないんだと思う」
 秋生は今まで一度だって、「真冬は家族の面倒を見てえらいよ」なんていうような、気休めの言葉を言ったことがない。だから真冬は、秋生とどれだけひどいケンカをしても、友達をやめようと思ったことはない。
「なあ、真冬が東京戻ったら、あれやる? みんなで予定合わせてさ。年明けにでも」
「あれ?」
「そうあれ、あれだよ。前から言ってたやつ」
「ああ、あれね」
 途端に、わくわくした気分がこみあげて、アハハとまた笑いがこぼれる。友達っていいなと、このところ毎日思うことを、今夜も思う。

「梶田真冬の、ご入場です!」
 春来の宣言とともに、リビングダイニングのドアがバンと開き、同時にレッド・ホット・チリ・ペッパーズの『バイ・ザ・ウェイ』が流れ出した。真冬はしずしずと歩きながら、ダイニングテーブルの横に立っている秋生のもとへ向かう。
「それでは、ご着席ください」
 秋生のその言葉のあと、ドア係の春来と、秋生の愛犬トイプードルのたろうを抱いている夏枝が、ダイニングテーブルの席についた。真冬は秋生のそばに立ち、着席している二人に向き合った。
「それではこれより、梶田真冬の一人結婚式を執り行います。まずは梶田真冬本人より、一人結婚宣言の言葉を賜りたいと思います」
 真冬は一度、咳ばらいをした。「皆様、新年早々、お足元がとくによくも悪くもない中、お集まりいただきまして、ありがとうございます。わたくしは母が亡くなったときから、喪が明けたら一人結婚式をあげたいとひそかに夢見ておりました。こうして実現できて、感無量でございます。
 先日、無事一周忌を終え、とうとう、このよき日を迎えることができました」
 そこまで言って、真冬は深呼吸した。三人は薄笑いでこちらを見ているが、真冬はつま先から頭のてっぺんまで、真剣そのものだった。
「……そして今、この場でわたくしは、宣言いたします! この先の人生、たった一人で、自由に、幸せに、やりたい放題で生きていくことをかたく誓います!」
 少しの間をおいて、ぱらぱらと拍手が鳴った。三人の表情は薄ら笑いからあきれ顔に変化している。
「そ、それでは、この素晴らしき門出を祝して、乾杯いたしましょう」
 秋生が言って、春来が慌てて冷蔵庫からビールを出し、四つのグラスに注いだ。
「真冬さん! どうぞたった一人でお幸せに! かんぱーい!」
 四人でグラスを合わせ、全員がビールを一気飲みした。その後は特にやることもなく、いつもの飲んで食っての時間になった。
 テーブルには、各々持ち寄った様々な食べ物が並んでいる。夏枝が自宅で仕込んできたタイカレーとパッタイ、春来が毎回買ってくる定食おかのの焼き鳥盛り合わせ、秋生が友達のシェフ(と本人は言っているが、多分つきあっている)に特別に作ってもらったというタンシチュー、真冬はロールパンを大量に焼いて持ってきた。
「あ、そうだ。あれ、どうなったの?」夏枝がロールパンをちぎりながら春来に聞いた。「お見合い、したんでしょ?」
 春来はふてくされた顔で、串からもも肉をかじりとる。いつもよりビールのペースがはやい。
「したよ」と春来は言った。「わざわざスーツ着て、銀座まで出かけてさ。女の子と外国人ばかりの店で、二千円のパンケーキおごったよ」
 春来に見合いの話を持ち込んできたのは、花丸クリーニング店のおかみさんだった。真冬もその場にいて、レジを打ちながら聞き耳を立てていた。相手は三十九歳でバツイチ、二歳の子持ちという話だった。
「それで?」と夏枝。「その後は?」
「別に。即お断りされた」
「えー!」と真冬は思わず声をあげた。「なんで? だってさあ、相手の人のほうが結婚に焦ってて超乗り気だって、おかみさんも言ってたじゃない」
「……パンケーキを」春来は絞り出すように言う。「……俺が、パンケーキを、すすって食べていたのが、気持ち悪かったんだってさ。俺がパンケーキを、うどんみたいにさ、すすって食べていたのが……」
 三人は互いに顔を見合わせるだけで、何も言えなかった。春来は少し噛み合わせに問題のある顎の形状をしており、そのせいかものをすするように食べるきらいがあるのは確かだった。飲食の不作法は見合いの席で減点対象となりやすい、という話は真冬も聞いたことがある。そんなことで人柄は決まらないのにと思うが、一方で、パンケーキをうどんのように食べる男と一つ屋根の下で暮らしたくない、という相手の気持ちもわからなくもなかった。
 はあ、とまた春来はため息をつき、「お前らはいいよな」と三人の顔を見て恨めしそうに言う。
「何が」と夏枝。
「だって、夏っちゃんは一回結婚できたわけだろ? 中身は失敗だったとしてもさ。秋くんも一回してるし、しかもずっと恋人が途切れない。冬さんはそもそも結婚に昔から興味がない。俺は、俺は、誰よりも強く結婚願望があるし、一人でなんかいたくないのに、ちっともうまくいかない。なんでだろう? 仕事もぼろぼろだしさ。人生詰んでるよ」
 それからひとしきり春来の愚痴を三人で聞いた。春来が酔っぱらって会話不能になったあとは、なぜか昨年末レバノンに出国したカルロス・ゴーンの話になり、夏枝がオーストラリア留学時代の思い出を少し語って、そこから話題はさらに子供時代の夢のことに移り変わっていった。
「わたしはほら、超貧乏だったからさ」もう何個目かわからないロールパンを裂きながら、夏枝が言う。「とにもかくにも、お金持ちと結婚したかったね。玉の輿よ。でもね、今になって思うんだけど、わたし、本当はお金よりも、自由がほしかったのかもしれない。なんていうか、せまくて小さな家でプライバシーもなにもない家族だったからさあ、それが窮屈でしかたがなかったんだよね。広い家に住めばそれが解決するって、勘違いしてたの玉の輿にのって。でも、もわたしに本当に必要だったのは、誰かに恵んでもらうとんでもない大金じゃなくて、女一人でも生きていけるぐらいの自前の経済力だったわ。離婚してやっと気づいたって感じ」
「なるほどね」と秋生。「俺はもう子供時代はファミコンどっぷり生活だったから、任天堂に入社してゲーム作る人になりたかったなあ。真冬は? 弁護士になりたかったんだよね? でも理由って聞いたことなかったな」
「理由? あのね、ウフフ」温めなおしたタンシチューを一口ほおばって、真冬は笑う。「うちらが中学生のときさ、NHKで『アリー my Love』ってドラマやってたの覚えてる? アメリカの。あれにあこがれたの。あんなふうにバリバリ働くかっこいい女の人になりたいってなって」
「今からでも勉強してなればいいよ」夏枝が言う。「弁護士は無理でも、役に立つ難関資格はほかにもあるし」
 実際、夏枝は数年前に離婚を決意してから、独学で行政書士の資格を取得した。そのおかげで貯金も何もないところから再独身生活をスタートさせることができ、今では自由気ままな暮らしをすっかり楽しんでいる。
「うーん、でもね」と真冬は頬杖をつく。「長年、苦労したからさ。もう勉強も含め、頑張ることからは解放されたい。幸い、バブル時代に母と祖母がいい保険に入っておいてくれたおかげで、お金に余裕もできたしね。これからは趣味と遊びを楽しみたいな」
「いいね!」と夏枝。「何がしたいの?」
「まずは旅行だね。国内だけじゃなく、海外にいってみたい。パリでしょ、ローマでしょ、ロンドンでしょ、あーハワイもいいなあ」
 本当は、もっとやってみたいことがほかにある。誰かと、恋愛してみたい。確かに春来の言うように、結婚には一ミリも興味はない。けれど、このまま一度も誰とも相思相愛にならずに死んでいくのかと思うと、とてもさみしい気持ちになる。ドラマで見てあこがれたアリーみたいに、遊びのような真剣なような恋愛をして、泣いたり悲しんだり、そんなふうに人生を謳歌してみたい。ずっとずっと、心ひそかにある、でも誰にも言えない夢。いつかこの夢を、三人に話せるときがくるのだろうか。
 春来はすっかりテーブルにつっぷして寝入っている。夏枝と秋生は二人して赤ら顔になりながら、自分の話を聞いてくれている。友達っていいな、と最近、何度も何度も何度も思っていることを、また思う。

 

(第9回につづく)