少し変わったひきこもりのオジサン、サノさんとの出会い

 

 心が苦しくなったり、どうしようもなく疲れた時、無性に会いたくなる人がいる。
 私にとってそれは親でも友達でもなく、サノさんという小柄なオジサンだ。サノさんは、大きな公園の近くのアパートに生活保護を受けながら一人で住んでいる。御年60歳。サノさんは長年、その公園の掃除をしている。よく見かけるシルバー人材センターのスタッフのようにお金をもらってやっているわけではない。無償でやっている。公園で竹ぼうきの音がすれば、それはきっとサノさんだ。
 サノさんとたまに会うようになって、早4年が経つ。サノさんと私は、特殊清掃業者の友人を通じて知り合った。孤独死は、生前ひきこもりで孤立していたケースが多い。そんな現実に心を痛めた友人は、ひきこもり当事者や関係者の集まりに参加して彼らと交流を深めていた。友人から「少し変わったひきこもりのオジサンがいる」と言って紹介されたのが、サノさんだった。
 私は職業柄、社会の中で傷付き、苦しんでいる人をインタビューすることが多い。また、自分自身も生きづらさを抱えており、それらの感情の波にのまれて息苦しくなると、公園でほうきを持つサノさんの凛とした姿が脳裏に浮かぶ。そうして、あぁサノさんに会いにいくか、と思うのだ。世の中が慌ただしさを増す師走のある日、私は喧騒から逃れるようにしてサノさんのもとを訪ねた。
 約束の午後1時、いつもの紺色のダウンジャケットを身にまとったサノさんが、公園の前のバス停に迎えに来てくれた。サノさんは、私に気がつくとニコニコして手を振っている。懐かしいいつもの笑顔にホッとする――。私たちは、公園のベンチに腰掛けた。チュンチュンという野鳥の鳴き声が辺りにこだましている。冬のピリッと皮膚がひりつく寒さの中、木々の間から差し込む太陽の光がじんわりと温かい。

 

公園を無償で掃除しつづける男性が語るのは……

 

 ここに来るのは初めてではないが、ベンチからよくよく見渡してみると、巨大な池を囲んでいる公園は、驚くほどにのどかだ。浮足立ってみえる年の瀬の世間とは無縁で、ここにはまったく別の時間が流れているようだ。公園の来訪する人たちも犬の散歩をしていたり、写生を楽しんでいたりと、それぞれ思い思いの時間を過ごしている。サノさんは、地面に積もった大量の落ち葉を指さした。
「ここらへんの落ち葉は、これから全部年内に掃いていくんだよ。ちょっと体を動かせば体中、汗びっしょりだからね。家で風呂を沸かしてから掃除にかかるの。あと、金麦だけは部屋に用意しとくよね」
「サノさん、本当は金麦を飲むのが目的だったりして」
 私が冗談で突っ込みを入れると、いつものようにサノさんは上機嫌でノッてくる。
「そうそう。実は金麦を飲むのが、本当の目的だな(笑)」
 私たちの小さな笑い声が公園に響く。しばらくベンチで歓談した私たちは、公園を散歩することにした。サノさんは私に公園を案内しながら、ゆっくりと語り掛ける。
 ――公園の掃除のポイントってわかる? 見当もつかず首を左右に振る私に、サノさんは言葉を続ける。
「ここは自然公園だからさ、掃除をやり過ぎないように、気をつけてるの。基本的になるべく自然な形で残すようにしている。どこを掃除したの? ってくらいがちょうどいい。自然のほうが主役だから、自分の仕事はあまり目立たせない。そういう仕事を自分はしたいんだよね。気がつかなきゃそれでいい。俺はやるべきことをやるだけだからね。ただそれだけよ」
 やり過ぎないってどういうことだろう――。そう思いながら公園の木道を、てくてくと歩いていく。うっそうと茂る樹木や池を泳ぐカモをボーッと見ていると、不思議と足取りが軽くなる。公園は澄んだ空気に包まれていて、心地いい。しかしサノさんの視線を追っていくと、それは足元にあった。

 

何気なく歩く道の快適さは「サノさん」の仕事によるものだった

 

「普通の人が見るのは、上だけなんだけどね。本当は足もとが安心で安全だから、ゆっくり上の景色も見れるんだよ。区の業者は草刈り機が入る上の部分しか、掃除をしないからさ。今日と昨日と一昨日は地べたに座って、一日5時間剪定鋏でここらへんの草を一本一本、切っていったの。木道って今だと寒さで冷えてるでしょ。だからどんなに頑張っても5時間くらいが限度だな」
 サノさんの言葉を受けて、私は初めて足元の木道に目をやった。
 確かに公園に来てから、足もとなんて一度も見なかった。木道の周りをよく見てみると、どこもかしこも脇の草が10センチほどの高さで整っていることに気がつく。腰ほどもある笹も、歩行者に当たらないように長さを揃えて刈り込まれている。聞くと、これらもサノさんの仕事だというから驚いた。
 還暦を迎えたサノさんにとって真冬に腰を屈めて行う作業は、思いのほかこたえるはずだ。能天気な私は言われるまで気付かなかったが、何気なく歩いているこの木道の快適さは、サノさんのひたむきさの賜物だった。それを知った私は、思わず言葉を失った。
 そんな私の感心などお構いなしに、サノさんはまるで自宅の庭でも案内するかのように、公園の掃除のポイントについて説明を続ける。
 サノさんの話を要約すると、この公園は雑木林に面している。そのため林の斜面から、土や葉っぱが毎日のように木道に落ちてくる。木道に葉っぱがあると滑りやすくなるし、木道自体が湿り気を帯びて、耐久性が低くなる。だからこそ木道の土や落ち葉は、丁寧に取り払って、数か所に集める。それを落ち葉だまりという。落ち葉だまりは、ゆくゆくは虫や鳥や池の魚の養分になる。そうして一年か二年経つと土へと戻る。あとは自然の循環に委ねるというわけだ。

 

ささやかかな「優しさ」 紅葉シーズンで賑わう公園の裏にも…

 

 そんなサノさんの話に耳を傾けながら公園を歩いていると、こわばっていた体の力が徐々にほぐれ、弛緩していくのがわかる。呼吸と脈拍のリズムに意識が向かい、私自身もその自然の循環の中にいる生物の一部なのだということを、改めて認識させられる。サノさんは雑木林に続く、ある階段を指さした。
「ここは、足の不自由な人が運動のためによく使う階段なの。この階段に落ちてくる葉っぱは、すごく滑るのよ。だからこの階段に溜まった葉っぱは、重点的に落としていく。手すりには山吹が出てきてね、棘があるから危ないの。だから山吹は切り落とすようにしているよね」
 すごい。なんて細やかな目配りだろう。サノさんの解説を聞いて、この公園にはサノさんの繊細な感性がいたるところに光っているんだなぁと、いちいち感動してしまう。
 池の周りを半周ほどすると、紅葉が赤々と咲き誇る一角へとたどり着いた。
「わー、ここはめちゃくちゃキレイですね!」
 テンションが上がり、思わず声が出てしまう。どうやらここは公園のメインスポットのようだ。シーズンも終盤とあってか若干枯れかけてはいるものの、紅葉は深紅の色彩を残していた。カメラを片手にした若いカップルが、そんな紅葉をバックに無邪気にポーズをとっている。木道の落ち葉もここはそのままにしてあり、レッドカーペットが敷かれた床のように、艶やかさを演出していた。
「ここは紅葉が全部は落ち切ってないでしょ。だから、今はまだ木道の掃除はやらないの。写真を撮りにくる人がいるからね。そういう人のために残しておく。あえて葉っぱを残してたりするところもあるよ。ここは葉っぱが出てるほうがかっこいいかな、なんてさ。公園は、答えがないのが面白いよね」
 なるほど、と思う。障碍者の人が頻繁に通る階段は、落ち葉が残っていると滑りやすくケガをするため、意識的に掃いたり剪定したりする。しかし紅葉が見所になっている場所の落ち葉は、公園を彩るものと考え、あえて残すようにしている。
「じゃあここって、サノ公園ですね」
「そうだよ。俺はいわば公園の総合監修ってところかな」

 

 

あたたかい心遣いが満ちている公園は私を幸せにしてくれる

 

 サノさんはそういうといたずらっぽく笑った。年末である今月は、サノさんの仕事は大詰めだ。公園の近くには、古くて大きい神社があり、大晦日から年始にかけて毎年大勢の人たちが参拝に訪れる。そのついでで、多くの人がこの公園にも立ち寄る。そんな来訪者のため、大晦日まで公園の隅々をきれいにすることが、自らに課したミッションだ。いわば12月は掃除の集大成となる正念場で、時には一日12時間ほど掃くときもある。ええっ、そんなに?と思うが、それがサノさんの毎年の恒例なのだ。
「この公園は土日とかお正月は、都心から真っ白い靴を履いた人がけっこう来るのよ。そういう人って、この公園に来ることが目的じゃなくて、その後も次にどっかに寄るじゃない。そういうときに靴が汚れちゃうと、嫌でしょ。だから人が通る場所は重点的にキレイにするの」
 サノさんの後をついて公園を歩き回っていると、いつしか幸せな気分になっている。その理由が、ようやくわかった気がする。それはきっとこの公園に、優しさの痕跡が所々に散りばめられているからなのだ。この公園には、サノさんのあたたかい心遣いが満ち満ちている。来訪者は意識はしていないけれども、この公園を通じてサノさんの優しさに少しだけ触れている。私はそれを自分だけの秘密のように知っている。私はその感覚がたまらなく、心地いいのだ。
「これは、キチジョウソウだね」
 公園の崖っぷちの斜面に生えている3センチほどの野草――。サノさんは、その花を見つけてそっと指さした。木道を歩く人たちは皆、真っ赤な鮮やかさを残す紅葉に、夢中のようだ。しかしその花は日が全く当たらない木道の崖の斜面、雑草の間をぬって、淡い紫と白のコントラストで控えめに咲いている。サノさんが小さなキチジョウソウを見る眼差しはとても愛おしそうで、私はそれが、なぜだかずっと頭から離れなかった。

 

サノさんが住む六畳一間の部屋で聞いた壮絶な過去

 

「うちに寄って、コーヒーでも飲んでくかい?」
 公園を一周し終わった私は、そんなサノさんのお誘いを受けて、公園から歩いて一分もかからない場所にあるアパートにお邪魔することにした。
 そもそもサノさんは、なぜ公園の掃除をするようになったのか。以前軽く聞いたことはあるが、改めて知りたいと思ったからだ。サノさんのアパートの軒下には、手入れされ、年季の入った大・中・小のほうきが並んでいる。玄関のドアを開けると、六畳一間の部屋にベッドとちゃぶ台、小さな本棚が目に入る。男の一人暮らしにしてはモノが少なくキレイに整頓されていて、サノさんのつつましい暮らしぶりが伝わってくる。私はちゃぶ台を囲むように腰を下ろし、サノさんの長い半生に耳を澄ますことにした。
 今の姿からは想像もつかないが、サノさんも、かつては生きづらさを抱えていた。その人生は、生まれた時から波乱万丈だった。サノさんは岡山県生まれ。やくざの父親と、軽度の知的障碍を持つ母親の間に生まれた。いわゆる機能不全家族で、物心ついたときから母親にネグレクトされていた。さらに父親が借金を踏み倒しては夜逃げを繰り返し、転居経験は16回にも上る。
 幼少期に両親の愛情に恵まれなかったサノさんが長年憧れてきたのは、家族や仲間たちが集える「茶の間」――。工業高校の卒業制作も「茶の間」をテーマにした。サノさんは地元の工業高校を卒業後、設計事務所に就職する。
 当時はバブル絶頂期でイケイケドンドン。驚くような値段の高級建築やアート性が高い建築物が飛ぶように売れた。それはサノさんが作りたかった「茶の間」とは、真逆の世界だった。挫折を感じて設計の仕事を辞め、派遣などで職場を転々とする日々が続いた。そもそも他人と人間関係を築くのが苦手で、会社組織でうまくやれない。そのため28回も転職している。最終的に派遣で短期的に細々と働いては、自宅にひきこもる日々を繰り返した。
 2012年に心療内科を訪ね、うつ病と診断された。カウンセリングで言われたのは「あなたは笑わないですね」――。普通の人が持つ喜怒哀楽といった感情が乏しい自分に、その時初めて気がついたという。
 サノさんは対人関係が苦手な原因を、母親との愛着障害にあったのではないかと考えている。愛着障害とは、養育者との愛着が様々な理由で形成されず、対人関係に問題を起こす状態のことだ。振り返ってみれば幼少期から母親から愛情を受けた記憶は一つもなかったからだ。

 

53歳で生活保護を決断 元ひきこもり男性が勇気を出したきっかけは…

 

 最後に勤めた会社の失業保険が切れる時、生活保護を決断した。53歳だった。このまま派遣とひきこもりで、食うや食わずの生活を続けても、どうにもならないと感じていたからだ。生活保護の受給が決まり、このアパートに引っ越してくると、部屋に遮光カーテンを付けて、一日中家にひきこもっていた。
 そんなサノさんにとって大きな転機となったのは、2016年の1月に起こったある出来事だった。ちょうどその年は関東地方に大雪が降った。真夜中に自宅付近の坂で軽自動車が何度もスリップする音が聞こえた。サノさんはその日のことを今でも鮮明に思い出すという。
「その時、初めて心が動いたの。それまでは人が困っていても行動に移すことはできなかった。だけどその時、手伝いたいなと初めて思えたんだよね。結局その晩は、手伝う勇気は出なかった。だけどその次の日の朝から、一人で近所の雪かきを始めたの。もちろんはじめは、ものすごく勇気がいったよ。だけどそれも最初だけだったね」
 最初の一歩を思うと、ため息が出る。私もサノさんと同じく、元ひきこもりだ。ひきこもりにとって、普通の人の何倍、いや何十倍も他者の目が気になって仕方ない。私はそんな心理がわかるからこそ、サノさんの勇気を称えたくなる。
 雪かきを皮切りにして、サノさんの中で何かが変化した。4月になると、大量に積もった樹齢80年の桜の花びらが気になるようになる。そこで、思い切って近所の掃除をすることにした。すると近所の住民にも感謝されるようになり、その範囲はやがて公園にまで広がっていく。そうして、現在につながる公園の本格的な掃除が始まった。
 それが奏功した。どんな人がいつ公園のどこを利用するのか、どんなことで困っているのか。それを知ることで、次第にやるべき仕事が見えてきたのだ。公園には、それぞれ利用者の役割がある。ゴミ拾いが生きがいの人もいるので、サノさんがごみを拾うことはない。

 

(第20回へつづく)