「ストレートパーマをかけたい」 中学生の私の必死な願い

 

 そんな私も中学生になると、髪を自由に伸ばせるようになった。いつしか自分よりも体が大きく成長した娘に少しだけ怯えるようになった母親は、以前ほど私の容姿に口うるさくなくなったのだ。
 だから私はここぞとばかりに2年以上かけて髪を伸ばし始めた。しかしいざミディアムヘアまで髪を伸ばしたら、また別の憂鬱が私を襲うのだった。
 天然パーマの髪の毛は、ゴムで縛っていないと横に広がってしまう。いつかの「あの子」のように、サラサラの髪をなびかせることなんて、夢のまた夢だった。ドラッグストアで買ってきたストレートパーマの薬剤を試したりもしたが、髪のうねりは改善しなかった。
 そんな私が母親に大粒の涙を浮かべ、泣きじゃくりながら、「美容院でストレートパーマをかけたい」と懇願したのは中学何年生のころだったか。あの日なぜ母親に直談判したのか、実は覚えていない。ただ、積もりに積もった思いが滝のようにとめどなく溢れ出して、止まらなかったことだけは鮮明に覚えている。あの時に感じた激しい感情の高まりは、20年経った今も私の心をざわつかせる。
 お金のこととなると徹底的にシビアで、いつもなら絶対に折れない母親が何かの気まぐれか、それとも私のあまりの形相を哀れに思ったのか、とにかく私の切実な訴えに根負けして、近所の激安美容院で1万円以内のストレートパーマならお金を出してもいいと言った。今考えても奇跡だったと思う。
 私は母親の気が変わらないうちに、私は喜びいさんで美容院に向かった。そして美容師の手によって確かにその日は、艶々のストレートに変身した。それは今までの自分と見違えるようだった。

 

徐々に戻るうねった髪に絶望…それでも暗黒の人生を変えたかった

 

 しかし数日経つと、徐々に私の髪にはうねりが戻ってきた。絶望的な気分になり、元通りになった髪を振り乱して泣きに泣いた。
 髪のことに少しでも知識がある人ならわかると思うが、癖毛を治す方法は二種類ある。軽い癖毛のボリュームを抑えるストレートパーマと、癖を根元からまっすぐにする縮毛矯正である。私がかけたのは通常のストレートパーマの方だったが、それでは私のような強い天然パーマは土台太刀打ちは不可能なのだった。
 中学生時代、縮毛矯正の走りである『Mrハビット』という技術が話題になっていた。『Mrハビット』は美容院では、どんなうねりでも取ってくれる画期的な技術だと謡われていた。
 美容技術の進歩した現代において、縮毛矯正は2時間ほどで済むお手軽な技術になった。金額も抑えられ、安い美容室では1万円でおつりがくる。
 しかし当時は4~5時間の施術時間が必要で、金額も4万円以上と異様なほどに高価だった。中学生はおろか、大人でもなかなか手を出せる金額ではない。どう考えても、ケチな母親が私の為にそんな大金を出してくれるはずがない。だからこれ以上を親に望むのは無理だと思った。
 それでも私は、ずっとさらさらのストレートヘアに憧れていた。『Mrハビット』をやりたくてたまらなかった。縮毛矯正を掛け念願のサラサラのストレートの髪を手に入れたら、おしゃれもしたい。ずっと暗黒だった私の人生は劇的に変わる。そんなことを夢見ていた。
 それには、何が何でも自力で働くしかないと思った。高校に入ると、すぐに近所のファミレスでバイトをすることにした。

 

ブラックバイトに耐えて縮毛矯正、手に入れたのは…

 

 私が住んでいたのはド田舎ということもあり、働く場所は限られている。年中求人の張り紙がある近所のファミレス一択しかない。時給は当時の地元の県の最低賃金である580円。それでも高校生を雇ってくれるところは他にはなく、働けるだけありがたいと思っていた。
 私は無事採用された。というより、常時だれでもウェルカム状態だった。なぜならそこは、すぐに人が辞めると悪評高い職場だったからだ。数年選手の先輩バイトのいびり屋がホールを牛耳っていることを知ったのは、当然ながら採用された後のことである。
 気が弱い新人の私は、すぐに先輩バイトの執拗ないじめのターゲットにされた。それだけでなく横柄な客から理不尽な言いがかりをつけられ、度々罵倒されることもあった。しかし私はそんないじめに遭ってもただひたすら働き、貯金をした。
 そしてある日バイト代を握りしめて、美容院に向かった。いよいよ決戦の日はやってきたのだ。
 初めての縮毛矯正、私は生まれ変われるのかもしれない。そう思うと、ドキドキが止まらなかった。
 その日、私は美容師によって何度も頭皮に薬剤を塗りたくられた。辺りには、目がシバシバするような、嫌な化学薬品の臭いが充満している。その臭いに耐えながら、高温のストレートアイロンで毛根という毛根を毛先まで思いっきり引っ張られ、シャンプーで薬剤を何度も洗い流した。そして4時間にわたって椅子に固定された暁に、ついに念願の縮毛矯正は完了した。
 大きな鏡の前で美容師が最終工程のブローをし始めたときのことを私は今も忘れられない。私の髪は確かに頭の形にピッタリと添って、全ての毛先が真っすぐ下を向いていた。
 「ほらっ! 終わりましたよ。触ってみてください! サラッサラですよ! 頭のシルエットが小さくなったの、わかるでしょう?」
 美容師は笑顔を浮かべてブローしたての髪に触れることを促した。言われるがまま恐る恐る髪を触ってみる。
 それは文字通りストレートヘアの手触りそのもので、あまりに艶やかなため私の指からつるりと滑り落ちた。透明感のある、まっすぐに伸びた直毛。それは私がずっとずっと喉から手が出るほどに欲しかったものだ。

 

別人のようなサラサラの自分の髪 私が満足できたらそれでいい

 

 自分が自分じゃないみたいな感覚、こわばっていた体が少しだけ身軽になり、この世界からふわりと羽ばたけるような感覚を知ったのは、その時が初めてだって気がする。
 それまでは、鏡を見るたびに頭の中でずっと小さなハエが飛び回っているようだった。それは、長年私の心と体を苦しめていた。別人のような自分の髪を撫でていると、自分を巣食っていた重さから解き放たれ、心が静かに浄化されるのがわかった。
 指通りの良いサラサラのストレートヘアに生まれ変わった高校生の私は、一晩中髪を撫で続け、ベッドの中で深い眠りについた。これが夢じゃありませんように、そう願いながら。朝起きて恐る恐る鏡を覗いても、私の髪は確かにまっすぐのままで、心の底から安堵するのだった。
 しかし学校に行くと、同級生の忌憚なき洗礼が待ち受けていた。
「なんか毛先がめちゃシャキーンとしてない?」「髪、真っすぐすぎだね」
 彼らはすっかり様相の変わった私に驚き、それぞれに違和感を口にした。それでも私は、良かった。周りが何を言おうがどうでも良かった。私が満足すれば、それでいいのだ。
 いつかの記憶を辿る。あの日陽光の下、風に栗色の髪をなびかせた女の子――。あの子は、長くまっすぐに伸びた健康そうなストレートの髪を手持無沙汰にくるくると人差し指に巻いていた。
 それは、女の子が何の気なしに行う自然な仕草そのものだったように思えた。
 授業中、私もあの子のようにくるくるっと髪の毛を指に巻きつけてみる。なぜだか嬉しくて笑みがこみ上げてきた。

 

 

ずっと彼女になりたかった 髪のケアは自分を救い出す作業

 そうか、私はずっと彼女になりたかったのだ。いや、正確には「彼女に」ではない。私は彼女のような「女の子」になりたかったのだ。誰にでも愛され、可愛いと言ってもらえるピュアな存在になりたかったのだ。それはもしかしたら、「女の子」の幻想にすぎないのかもしれない。だけど、私はそんな「女の子」になれないまま、何かが欠けた生き物のようだとずっと思っていた。私は自分の中で作り上げたものに、一度だけでもいいから同化してみたかったのだ。
 私の中の欠けた「女の子」は、コンプレックスと悲しみでぐちゃぐちゃに澱んだ水の中にいた。そんな「女の子」を私はようやく、救い出してあげたのだと思う。それは、沼の底に沈澱し続けていた「私」そのもので、いつか私自身の手によって解放してあげなければならないものだった。その作業は無条件に自分の女性性を自分自身で肯定するということに他ならなかった。
 鏡の前で、記憶の奥底に仕舞っていた髪にまつわる歴史を引っ張り出してしまった私は、少しだけアンニュイな気持ちになる。こうして考えてみると私にとって「髪」の歴史は、生きづらさの歴史そのものだ。
 やっぱり次回の美容院では長年ケチっていた高いあのトリートメントをお願いしてみよう! 少しばかり高くたっていいじゃないか。もう、我慢しなくてもいい。そう突然思い立った私は、スマホを手に取り、美容院の予約ページを開くのだった。

 

(第11回へつづく)