2020年に小説推理新人賞を受賞した、藤つかさ氏のデビュー作『その意図は見えなくて』が刊行された。生徒会選挙で集まった「白票」、未解決のままだった部室荒らしの犯人、合宿中に消えた生徒──学校生活のなかで起こった「日常の謎」を高校生たちが解決していく。しかし、高校生たちは謎が解けたあとも考え、行動し続ける。単なる謎解きでは終わらない、嫉妬や葛藤を抱えた思春期の若者の姿を描いた青春ミステリーだ。

「小説推理」2022年8月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューと書籍の帯で『その意図は見えなくて』の読みどころをご紹介する。

 

選考委員 大倉崇裕・長岡弘樹・湊かなえ各氏、満場一致の第42回小説推理新人賞受賞作!  友情、ライバル、憧れ… 人間関係の「事件」の謎を解き明かす 青春ミステリー連作短編集  僕たちの日常には、安楽椅子に座っていたら解決できないことがある

 

第42回小説推理新人賞受賞作を含む全五編を収録! 「その意図は見えなくて」……生徒会選挙で集まった白票が意味するもの 「合っているけど、合っていない」……陸上部の部室を荒らしたのは誰? 「ルビコン川を渡る」……部活の合宿で成績の悪い生徒が突然姿を消し―― 「その訳を知りたい」……“それなり”に生きる私を必死にさせたのは? 「真相は夕闇の中」……何者でもない僕があいつの傍にいつづける理由

 

■『その意図は見えなくて』藤つかさ  /大矢博子:評

 

校内で起きるさまざまな事件に、探偵たちが名乗りをあげる──けれど大切なのは謎解きの「先」だ。小説推理新人賞受賞作家が鮮やかにデビュー!

 

 探偵は何のために謎を解くのか。

 そんな根源的な問題を、リリカルな青春群像劇の中で見事に描いたミステリの登場だ。

 人気者が立候補した生徒会選挙に白票が多く投じられた理由を考える表題作。陸上部の部室を荒らした犯人を一年生の短距離ランナーが推理する「合っているけど、合っていない」。陸上部の合宿で成績の悪かった生徒がいきなり姿を消してしまう「ルビコン川を渡る」。中学時代に起きたクラス内の対立の原因が2年後に判明する「その訳を知りたい」。そして、文化祭のパンフレットがなぜかゴミの集積場に置かれていた「真相は夕闇の中」の5編が収められている。いずれも同じ高校を舞台に、共通する人物が登場する連作の形だ。

 どの短編もまず、パズラーとして実に上質。学校という限られた空間の中で、高校生たちがわずかな手がかりから真相を導く思考実験の過程は、本格ミステリ好きにはたまらないワクワク感に満ちている。

 だが本書の主眼はその先にある。

 謎を解くだけなら頭で考えただけでできる。けれどその事件で傷ついた人の思いは? その事件を起こした人の気持ちは? 謎を解いて終わり、ではないのだ。推理はただの知恵自慢ではない。なぜ解くのか、解いた先には何があるのかをこの物語は問うている。ここにあるのは、真相の解明と問題の解決は必ずしも同じではないという、厳然たる、けれど忘れられがちな事実なのである。

 高校生たちのミステリでありながら、青春という言葉から連想される甘酸っぱさやきらめきは薄い。というか、ほぼない。むしろその年代だからこそ陥りがちな肥大した自意識や独善的なプライド、劣等感や嫉妬などといった感情が生々しく、けれどどこか切ない筆致で綴られる。柔らかくて脆くて傷つきやすい心たちが、それでも「よりよき解決」を求めて考え、誰かを思いやり、誰かを心配し、そして誰かを救うために懸命に足搔く。傷ついたプライドを抱えながら、それでも少しずつ「自分」を知って、変わっていく若者たち。

 これが青春でなくてなんだろう。

 青春の痛みと影を描くのにミステリというジャンルが持つ構造を利用しているのだ。この発想には驚いた。テクニカルな本格ミステリと胸に刺さる青春小説の両方が堪能できる、見事なデビュー作である。

 

▼『その意図は見えなくて』の【試し読み】はこちら
https://colorful.futabanet.jp/articles/-/1430