「女は自立しなきゃ」と話していた50代バツイチ女性が婚活?

 

「久美ちゃん、私、婚活しようと思うんだ」
 年上の友人、看護師の涼子(仮名・50代)に唐突にそう告げられたとき、私は戸惑いを隠せなかった。ZOOMの画面の向こうに佇む彼女は、いつもより頬がこけていて、やつれているように見えた。
 彼女は私にとって眩しい存在だった。トレードマークであるふわふわしたブロンドヘアーを靡かせ、タイトなスカートを身にまとい、常にヒールを履いていた。現在、バツイチの独身である。
「夫との結婚生活は、二人でいても孤独で寂しかった。地獄だった。だから私は一人の方が全然気楽だし、平気。女性が一人で立つって、大事なことだよ。久美ちゃん、女は自立しなきゃ何にもできないよ」
 それが彼女の口癖だった。そんな言葉の裏には、彼女の壮絶な半生があった。裕福な男性と結婚し、専業主婦として家庭に入ったものの、まもなく夫が浮気、暴力を振るうようになる。子供たちが成人するまでなんとか耐え、夫に離婚を切り出した。その後は、フルタイムで看護師職に復職した。今は賃貸アパートに一人暮らしで、第二の人生を謳歌している。
 男にはもうこりごりなのではと思いきや、彼女には異性関係の浮いた話が繰り返し持ち上がり、その度に「コイバナ」を聞かされる。
 一人で立つことの大切さを知り、しかし歳を重ねても決して「女」であること手放さない――。
 私はそんな彼女に魅力を感じ、仕事や性の悩みをぶつけるのだった。弱気でモジモジしている私に対して、彼女はいつだって真っすぐ向き合い、鋭く批評し、それでいて優しく本音を突きつけて、導いてくれた。
 いつか年を重ねたら彼女のような女性になりたい――、私は心の奥底で密かにそう思っていた。姉がいない私にとって、彼女は心置きなく相談できる頼もしい東京のお姉さんであった。

 

コロナ禍で不安感が増し… 婚活のためにマッチングアプリをスタート

 

 涼子に大きな変化が起きたのはコロナ禍に突入してしばらく経った夏のことだ。
 医療従事者の彼女とも対面で会えなって久しく経つため、ZOOMで話すことになったのだ。開口一番彼女の口から飛び出したのが、「婚活」という言葉だった。
 画面の向こうからは、いつもの彼女らしからぬ焦りを感じる。私はその様子に軽く眩暈を覚え、心がざわついた。彼女の言い分はこうだ。
「コロナ禍でこの先、一人で年金も少ないのにどうやって生活していかなきゃいけないんだろうってふと我に返ったの。先が見えない不安感に襲われたんだ。体の衰えも関係あるよ。これが30代だったら、何にも怖いものなしじゃん。でも55歳過ぎて、私あと4日で56になるけど、あと何年働けるんだろうって思ったら愕然としたの」
 女性の自立を力説していた彼女の足元がグラグラと揺らいでいる――、私はそれを瞬時に感じ取った。コロナ禍で、副業の収入が激減したのも大きいらしい。ふと気が付くと貯金は目減りしていく一方だ。体力の衰えと共に、生活の不安を感じるようになった。これからは、経済的に寄りかかれる相手が必要だ、婚活しようという結論になったと語る。彼女からは、言いようのない焦燥感が画面越しにひしひしと伝わってくる。
 50代半ばの、ラストチャンス。
 結婚に向けて動いているはずなのに、どの男たちにも縛られない俊敏さをもって生きていた涼子は、まるで自ら籠の中へと追い立てられているようだった。
 私は彼女の選択に少し動揺を感じながら、ただ黙って話を聞いていた。
 昨今、マッチングアプリが花盛りだ。スマホを通じて、男女が気軽に出会えるようになった。婚活もマッチングアプリで完結できる。

 

無謀に見えた50代の婚活 公務員男性と出会ってみるも介護要員目的?

 

「婚活なんて不動産の物件探しと同じ」と婚活事業者の友人に聞いたことがある。「物件」には相場がある。年齢、容姿、年収、それらが天秤にかけられ釣り合ったもの同士がめでたく成婚となる。男性が年収や身長というスペックで測られるのだとすれば、女性は、若さや美貌だ。
 そのため40代以降の男性は必然的に一回り若い女性を求める傾向にあるらしい。
 これは単に若い女性が良いという男性のニーズだけでなく、子どもを持つことを念頭に置いたときに、女性が出産できる年齢かどうかという点も関係しているだろう。
 涼子も婚活を決めてからというもの、マッチングアプリという属性至上主義の大海に漕ぎ出していった。彼女のルックスがいくら美人に類するとはいえ、50代後半の女性が婚活市場で勝ち抜くのは、無謀な戦いのように思えた。
 彼女が婚活を始めて数か月後、私たちはホテルのラウンジで落ち合った。相変わらずハッとするほど美しく、だけど少し痩せて見えた。
 テーブルには、サーブされた紅茶とオレンジケーキが並んでいる。私は、ケーキをつつきながら、彼女の婚活の報告に耳を澄ませることになった。
 婚活アプリを通じて最終的に真剣交際の候補に絞った男性は、二人だったという。一人は、地方に住む50代の公務員の男性だ。公務員なら生涯食いっぱぐれることはないという理由で彼女のお眼鏡にかなった。
 その男性は、母親と同居しているという。母親のことが大好きでマザコン気味なのが、LINEのやり取りからも伝わってくる。将来もし結婚できたとしても、看護師である彼女がゆくゆく母親の介護要員にさせられることは、自明のことのように思えた。

 

 

「肩書き」重視で数々の男性と会う女性が行きついたのは…

 

 もう一人は、大手企業に勤めるバツイチの管理職の男性だった。
「彼からLINEは、毎日くるの。でもつまんないの。自分のことばっかりだから、やなの。質問がないの。今日何してたの? とか、全く一回もないの」
 彼女は困り顔でその男とのLINEを私に見せくれた。
「こんなことあったんでちゅよー」と、自分の行動を逐一ママに報告するかのような一方的なラインの内容には既視感があった。このタイプの男にはよく出くわす。女をモノ化して、人格のある人間だと思っていない。女は飾り物や、もしくは母親の代わりだと思っている。
 この男は、デート中に結婚の「け」の字も出さないが、セックスの最中はいつも、彼女の体をビデオで撮り続けるのだという。他にも変態的なセックスに耐えているという話を聞かされて、思わず吐き気がした。結婚をダシにされて、体のいいセフレ要員にされているのでないかという嫌な予感しかしなかった。それでも、いつか結婚できるかもしれない、というささやかな希望を彼女は捨てていないようだった。
 涼子はマッチングアプリを通じて、場当たり的に市会議員や東大の教授、外科医の肩書きを名乗る怪しい男とも会った。もはやその肩書きが本当か嘘かもわからない。ある男とは夜中の二時に会う約束をした途中で急に怖くなり、夜中にタクシーを飛ばして引き返した。何やってるんだろう――そう思った。
 それは全て相手の「肩書き」や「属性」に振り回されて起きたことだった。
「私ね。以前、結婚しているとき、ずっと自分のこと売春婦だって思ってたの。愛のないセックスをする日々に、捕らわれの身。当時はすごい豪邸に住んでたけど、やってることは報酬のない売春婦と何ら変わりないじゃんって思ってたんだ。
 今の私がまた同じ道を歩もうとしてるのもわかってる。きっと私を経済的に支えてくれるのは、心の通わない相手。こんな人たちと結婚したら、前の夫みたいに浮気されるかもって思ったりもする。だけどやっぱり不安だから、誰かと繋がっていたい」
 彼女は生気を失ったような目をしてどこか遠くを見つめた。私は彼女の根底に巣食う、「不安」の正体に耳を澄まそうと思った。

 

(第6回へつづく)