処女がチューハイを呷って対面したのは女風セラピスト

 

 もう一人、Aさんと同じく性経験がない中、女性用風俗を利用した女性がいた。
 彼女は、Aさんとは全く別の道筋を辿った。
 出版関係の会社で働く33歳のBさんは女風でセラピストに「沼」った女性だ。Aさんと同じく、Bさんも小さい頃から容姿にコンプレックスがあった。そして、ずっと自分に自信がなかった。男の人から告白されたことは一度もないし、体型もスレンダーではないし、体にあざもある。きっと自分は女としてイケてない部類に属している。小さい頃から、漠然とそう思っていたという。
 Bさんはずっと「男性を知らない自分が重い」と感じていた。だから女性用風俗で、男性と性経験をすることに決めた。Bさんは緊張を払しょくするため、セラピストに会う前にチューハイを数本呷ったという。
 Bさんはセラピストと体を重ねた瞬間のことを今も鮮明に覚えている。骨ばった男性の体に初めて触れたり、AV女優みたいに喘ぐことは、とてもワクワクする未知の体験だった。
 しかしそうやって性的なことをするうちに、次第に「心がぐらりと動かされた」のがわかったという。人や物に心を持っていかれて、のめり込むことを「沼る」というが、まさにその「沼る」という言葉がぴったりだった。セラピストに「沼る」問題は、女風の利用者たちの界隈でもよく話題に上る重要案件だ。
 そもそもいくらお金が介在しているからといえ、性的な関係を持った男性に恋心を抱くなというほうが難しいだろう。だからこそ私たちは苦悩して、心も体もボロボロになったりして「沼って」しまう。Bさんは、そのときのことを赤裸々に語る。
「その時、初めて相手に執着しちゃう感じとか、独占欲が自分の中でムクムクと浮き出てくるのがわかったんです。これが漫画とかでよく出てくる嫉妬という感情なんだとか、歌に出てくる恋愛感情なんだってわかった。初めて男性と性的なことをして、その感情を味わって、あぁ、心と体は切り離せないって思ったんですよ」
 Bさんがセラピストとの体験を通じて初めて知ったのは、自らの感情の大きな揺らぎだった。大波のように押し寄せてくる切なさや、苦しさ。これまで恋愛のバラード曲のように手を伸ばしても届かない実体のないものだったが、それが自分の心と体に起こるのをBさんは身をもって知った。思い通りにならない感情。ざわざわとする心の不思議な動き。Bさんはそれを初めて感じたのだ。
 Bさんはセラピストにとことん「沼った」ことによって、リアルな恋愛の「痛さ」を感じた。どこにも行き場のない感情に、自らが無防備に晒されることを知った。それは、大海に漕ぎ出した小舟のようでもあった。
 彼女は一年以上にわたって、セラピストと関係を続けた。結局そのセラピストとは「切れる」ことになるが、聞いていると、いわば普通の恋愛のすったもんだと大差なかった。

 

セックスより恋愛のほうが難しい そこには新たな苦しみが

 

 Bさんは語る。
「女風を利用したら、きっと私は楽になれると思った。でも、それは間違いで、本当の苦しさって、その先にあったんですね。実際は、性体験よりも恋愛の方が比べ物にならないくらい難しかった。私の場合心を持っていかれたから。それは新たな苦しみでした。それでも処女の頃のような一人で思い悩んでしょい込んでいたときよりは、誰かと正面から向き合うほうが全然いいって思えるんです」
 Bさんは、女風によって「恋愛」の表舞台に引きずりだされた。キラキラして見えたそれは一方ではとてつもない心の痛みと表裏一体だった。自分の心身をも揺るがす感情、それを徹底的に知るということ――。Bさんは、そんな体験をしつつも、なりふり構ってられない感情の揺らぎこそ、人生の味わいだと冷静に感じるようになった。痛みを引き受ける人生も、今は悪くないと思えるようになったのだ。彼女もまたAさんと同じように、別の形で女性用風俗の利用によって新たなステージに踏み出したのだろう。
「性」に関していえば、令和という時代になっても、人は日常においてことさら外見を含む残酷なジャッジに晒されるのが現実だ。
 AさんやBさんや私が、長年鉛のようなコンプレックスを抱えてきたように、外見への評価がその人の内面を知らず知らずのうちに深く傷つけることを、私たちはもっと自覚すべきだと思う。
 その後二人が辿った道は、両極端だ。しかしコンプレックスを抱え、そんな自分と向き合いそれぞれの境地に達したという意味では共通している。きっと人生に正解なんてない。
 だからこそ、AさんやBさんといった一人一人の生きざまこそが、私にとって人生のモデルであり、教科書となっている。

 

 

人の人生を「知る」ことは生きづらい夜を照らす光に

 

 思えば私は昔から、興味を持つのは晴れやかな舞台の人たちではなかった。芸能人や経済的成功者のインタビューの仕事はあえて遠ざけてきた。私にとって、あまりに別世界を生きる人たちだったからだ。
 それよりもいつも気になるのは、一般社会を生きる自分と同じような生きづらさを抱えた人たちだった。長年孤独死の取材をしているのも何よりも私自身が、ずっと日陰者でこれまで生きてきたからに他ならない。
 生きづらさを抱えた人たちが、そんな自分とどう対峙したかを通じて、私はこれからの生き方を教えてもらっている気がするのだ。
 それは、個々人の物語にこそ一縷の光、希望を見るからだ。煌びやかなシャンデリアのような眩しさではなく、ゆっくりと点いては消える蛍のような小さな明かり――。それが私たちの人生なのだとしたら、そちらを映し出すことにこそ救いがある気がする。
 とても小さな明かりは、「私はここにいるよ」と道しるべとなって暗い道を照らしてくれる。その光、その人の生き方に触れることで、安堵して勇気をもらえるのだ。
「大丈夫。あの子も生きているから、私は今日も生きていける」と。どこか自分自身をも肯定された気がするからだ。
 もし、私が言葉を紡ぐことによってその輪が広がるとしたら――。誰かの人生を知ることで、ホッとする人、救われる人が一人でも増えるとしたら、書き手として私の役割はそこにあるのかもしれない。 
 いつも輝いているあの子にはなれなくても、スポットライトを一身に浴びる主役にはなれなくても、私たちにはまぎれもない一人一人の物語がある。その中でずっと死ぬまで七転八倒、四苦八苦する。そこには喜びもあり、悲しみもある。それは誰でもなく私たちが、紡いでいく人生の物語だ。
 だからどんな人生も、それぞれに色彩を帯びる世の中になればいい。そして生きづらさを抱える人たちが、自分も生きていて良かったと思える社会であってほしい。
 私が送り出した女性用風俗の本には、そんな願いを込めて女性たちの性や生を巡る苦しみや切なさといったありのままを書いたつもりだ。
 私のバイブルに、山田詠美さんの『ぼくは勉強ができない』という青春小説がある。
 世間が押し付ける常識に疑問を抱いている高校生が、様々な人との出会いを通じて、自分なりの正しさや生き方を見つけていくという話だ。この中で主人公の高校生の時田秀美くんは、こう言っている。
 【すべてに、丸をつけよ。とりあえずは、そこから始めるのだ。そこからやがて生まれて行く沢山のばつを、ぼくは、ゆっくりと選び取って行くのだ。】
 私が大好きな言葉だ。これは高校生の時に読んだ小説だが、40歳を間近にして私はその言葉を反芻し、噛み締めている。私も秀美くんのように、全てに丸をつけるところから、始めたい。この社会を生きる女性たちの人生を抱きしめたい。そしてその人生の一端から何かを感じ、それに触れた誰かが少しでも生きやすくなってほしいと願ってやまない。

 

(第5回へつづく)