本エッセイ6回目の「忘れられない銭湯の思い出」を公開するなり、SNSですごい反響があった。「こんな人いるの……!?」「アイスピックで氷割ってる人は見たことない」など、ツッコんだり引いたりするコメントもあったが、こんな濃い出会いも含めて銭湯っていいなあという意見が大多数でとても嬉しかった。建物の美しさや広々とした湯船も魅力だが、私は銭湯での会話が何より好きだ。街中で知らない人と突然おしゃべりするなんて難しいけれど、銭湯で同じ湯船に浸かっていると、人見知りの私が初対面でも歳が離れていても自然に話せてしまうだから、銭湯図解でも銭湯で過ごす人々の様子を描きこんでいる。

「忘れられない銭湯の思い出」では、たまたま立ち寄った銭湯での衝撃的な出会いを書いた。私はなぜかこういう目に遭いがちだ。本エッセイ編集Wちゃんと遠方のサウナに行った帰りに現地のお寿司屋に寄ったのだが、なぜか私の隣にお寿司屋さんの女将さんがずっと張り付いて、食べ方一挙一投足にアドバイスをくれた。4人がカウンターに並んでいたのに、なぜ私だけ。Wちゃんは「塩谷さんって引きがつよいよね! ぜひエッセイに活かしてください」と言うが、こんな引きはいやだ。それなら人助けをしたらイケメンの石油王だったとかの引きがいい。あと何でもネタにしようとするな。

 今回はホーム銭湯(普段使いで通っている銭湯のこと)との出会いについて綴りたい。

 断っておくと、新型コロナが流行る前の出来事だ。女性の銭湯ユーザーなら皆頷くはずだが、女湯は私物の持ち込みが多い。特に、サウナ室への私物の持ち込みはダントツ多い。お腹周りに巻いて発汗を促すピンクのシートや、血行を促進させる吸盤(カッピングというらしい)、美顔器、厚手のマットなどバラエティに富んでいる。そういえば、6回目のエッセイで登場したアイスピックおばさんは、スーパーのカゴに大量の私物を入れて浴室に持ち込んでいた。今思い出してもあのおばさんは規格外すぎる。どこからそのカゴ持ってきたんだ。
 よく見かけるのが氷だ。特に、氷を口に含むおばさんは多い。口の中でコロコロ転がしたり、ガリガリ噛んで飲み込んだり、口が冷えすぎたら一度手に出す人もいる。ちなみに、口で一通り遊んだ後、氷を腕回りに滑らせて再び口に戻す人も見かけた。汗が口に入るのは気にならないのだろうか。
 おばさんから人気が高い氷だが、サウナ内でコミュニティが出来上がっているところでは誰か一人が仲間内に配ることが多い。私のホームサウナもそうだった。薄暗いサウナ室は銭湯にしては大きめで、湿度が高くスチームサウナとドライサウナの間ぐらいだ。夕方になると3~4人のおばさんがサウナ室のテレビで流れている話題や、仲間内のこと、近所の店の情報なんかを話している。そして皆口に氷を含んでいた。初めてこのサウナを訪れた時はまだサウナ初心者だったため、なんで氷食べてんだ……? と驚愕したことを覚えている。
 おばさんたちの氷が明らかに小さくなってきた頃、一人が外に出て、コンビニで売られている氷がパンパンに入った袋をもってきた。そして「氷いる?」と一番端の人から順次配り始めた。私の隣の人まで配り終え、“おや……私も氷チャンスか……?”とワクワクしたが、あっさりスルーされた。考えてみれば、新参者がもらえないのは当たり前だ。疎外感を感じたり強固なコミュニティに嫌気を覚えたりする人もいるかもしれないが、私はなぜか悔しくなり、「ぜってぇ氷もらえるようになってやる……」と燃えた。別に氷は欲しくないが、強いおばちゃんコミュニティに風穴を開けたいなあ! という純粋な好奇心だ。
 おばさんたちと仲良くなるために気をつけたことは2つ。まずは謙虚であること。例えば、サウナ室の最上段に座り「そこ熱いけど大丈夫?」と話しかけられても、「いや?熱いのが好きで! 下の席も気持ちいいの?」と謙虚に、相手の気持ちを聞いてみる。もう一つは敬語を使わないこと。大半のおばさんはタメ口なので、こちらも合わせる。この2つに気をつけながら、馴れ馴れしすぎず持ち上げすぎないギリギリのラインを狙っておばさんとの接触を重ねた。

 最初は一言二言会話を交わす程度だったが、次第に近所のお店の情報交換をする間柄になり、最終的には私がいつも座る最上段の席を空けておいてもらえるほど仲良くなった。大分コミュニティに解け込んだぞ……! と達成感を覚えるようになったある日、いよいよ氷配りタイムに遭遇した。
 前回と同様、おばさんがパンパンに氷が詰まった袋をもってサウナ室に入ってきた。「無視された前回と事情は違うぜ……」とニヤつきつつ順番を待つ。隣まで配り終わり「いよいよ私の番だ!」と緊張しながら身構えていると、おばさんから「あなたもいるよね?」と当然のように氷を渡された。

 

 

 嬉しい……めちゃくちゃ嬉しいぞ!! 氷を静かに受け取り、心の中でガッツポーズをした。強固なコミュニティに入り込み、席を獲得した瞬間だった。達成感に浸りながら、勝利の証である氷を口に含んでみた。サウナ室は耳までホカホカに熱くなるので、口の中がひんやりする感触は心地よく、頭もシャッキリして気持ちがいい。”おばさんたちがハマるのもわかるなあ……”と氷の感触を楽しんでいたが、だんだん口が冷えすぎて飽きてきた。おばちゃんに悪かったので、こっそり口から出して手のひらでじっくり溶かすことにする。舌で頬を突いてさも氷を舐めているかのように演技をしながら、氷に対する情熱が急激に醒めていくのを感じた。その後もしばらくそのサウナに通っていたが、氷配給は遠慮するようになった。氷はもういい。

 私が最も通ったのは職場である小杉湯だ。仕事がない日にも小杉湯に浸かっていたので、ほぼ毎日お客さんと顔を合わせていた。複数ある浴槽をぐるぐるとまわるので会話時間は少ないが、少しの会話の積み重ねでだんだんと関係性が変わっていく。これはホーム銭湯でしか味わえない楽しみだ。

 心の中で“プロ”と呼んでいたおばさんがいた。周りに水しぶきを散らさないように湯を流し、使った後はカラン周りを片付け、湯に入る時も波をたてないよう静かに入る、銭湯の所作が誰よりも綺麗な方だった。さらには3つ並んだ砂時計を浴室で持ち歩き、あつ湯や水風呂に入る時間をチェックし、のぼせを防止するなど自己管理も一流だ。初めて見かけた時から感動し、彼女の動きを真似しながら銭湯のマナーを学んだ。
 お風呂場で顔を合わせるごとに仲良くなり、半年もすると湯船に浸かりながら談笑する仲になっていたが、不思議なことに私はプロの本当の名前も、普段何をしているのかも知らない。毎日小杉湯で会えるし詮索するのも悪いと思ったのだ。しかしそんなある日、私はプロの意外な姿を意外な場所で目にした。毎夏高円寺で行われる阿波踊りを観覧しに行った時のことだ。最前列で団扇を振って次の連(阿波踊りのグループの呼び方)を待っていたら、なんとプロが笛を拭きながら連を引き連れてくるではないか。

 

 

 う、嘘だろ!! 唖然としている私に向かってプロはウインクし、満面の笑みを浮かべながら去って行った。祭りのあと小杉湯に来たプロから、長らく阿波踊りをやっていて自分で連を立ち上げたこと、練習後にいつも小杉湯に入りに来ていたことを教えてもらった。これだけ毎日会っていたのに、何も知らないなあ! と二人して爆笑してしまった。

 最初は声が大きくてうるさいなあと思っていたおばさんが「歩波ちゃんは神よね!」と可愛がってくれたり(なんで?)、ツンツンしていたおばさんが毎回お菓子をくれるようになったり、酒やけで何言ってるか分からなかったおばあちゃんの言葉が少しずつ分かるようになったり。毎日少しの会話の積み重ねで、その人の人となりを深く知れることもあるが、名前や職業は分からない関係性が面白い。
 まず名前と職業を先に知る普通のコミュニケーションと順番があべこべなのは、銭湯が服を取っ払って裸で過ごす場所だからなのかもしれない。メディアにも出る仕事をしているからこそ、何者にならなくてもいい銭湯のコミュニケーションに、私はいつも癒されている。

 無事に引越しを終えて、これから新しい町での暮らしが始まろうとしている。ホーム銭湯も、小杉湯から新たな銭湯になるだろう。近場の銭湯を検索中に、ふと小杉湯の番台で出会ったおばあさんのことを思い出した。忘れられない、大切な思い出だ。

 杖をついていて、いつも夕飯時にやってくるおばあさんは、入浴券を番台に置いたあと、背中を丸めながら脱衣所へ入っていく。暑い日も寒い日も小杉湯に来てくれて、毎日顔をみられるのは嬉しいけれど、弱々しい手で杖を頼りに歩く姿は少し心配で、番台にいる時はなるべく声をかけていた。ある日、番台でそのおばあさんと顔を合わせた時、「あなたの顔をみると足が軽くなるのよ」と笑顔で言ってくれた。私は些細な会話しか交わしていない。それでもそう思ってくれるなんて。胸が熱くなり、忙しない番台作業の合間に少しだけ泣いた。

 これからは銭湯に通う立場になるけれど、新しいホーム銭湯でもそんな出会いがあったらいいなあと思う。新型コロナの感染拡大でおおっぴらにお喋りするのは難しいが、同じ湯に浸かるだけでも、少し目配せをするだけでも、番台で一言二言話すだけでも、毎日続ける些細なやりとりが繋ぐ絆もあるんじゃないか。それは銭湯でしか生まれない温かな繋がりだ。

 

(第18回へつづく)