高円寺に暮らし始めて5年になる。この街をひとことでいうと、カオスだ。駅前のロータリーでは昼間っから宴会を開いているオジさん達や冬でもタンクトップで毎日歌い続ける路上シンガー、大道芸人と見分けがつかない怪しげな服装の人がたむろしている。そうかと思えば、きっちりスーツを着込んだ堅物そうなサラリーマンもいるし、フリフリの可愛い女の子がカフェでお茶をしているし、週末には井の頭公園で過ごしていそうな穏やかな家族もいる。どんな人だろうと受け入れてくれる“温かなカオス”が高円寺の魅力なのだと思う。

 かく言う私も、そのカオスに惹かれて越してきた。2016年の冬、設計事務所を体調不良で休職し復職するも、集中力が続かず転職せざるを得ない状況だった。建築業界はどこも体力勝負だし、いっそ一般企業に勤めるか……。そんな時に小杉湯3代目の平松さんが「うちで働かない?」と声をかけてくれたのだ。思いもよらない話に戸惑う私をよそに「小杉湯のアパートに住むのもいいんじゃないかな」と続けた。住み込みってこと……? 驚きつつ話をよく聞くと、小杉湯の敷地に“マツミコーポ”というアパートが建っているのだそうだ。2階建て全12部屋、「風呂なし・木造・古い」と貧乏学生が好みそうなアパートだ。1年後には取り壊す予定なので、それまで好きに使っていいとのことだった。

 正直頭が回らない。人生の転機、来るのが急すぎない? とは思いつつも、この展開に希望を感じている自分もいた。転職を考え始めていた当時、喪失感を常に抱えていた。学生時代から脇目もふらず走り続けてきた建築の道が断たれたからこそ、この新たな生き方は眼前に垂らされた蜘蛛の糸のように感じた。それに、高円寺での暮らしに既に惹かれていた。小杉湯のある高円寺に足を運び始めてからまだ数回だが、この街はとても居心地が良い。私が住んでいた実家のあたりは、みんな上品な佇まいの家族ばかりだったが、高円寺には飲んだくれのおじさんもいれば奇抜な服装の若者もいる。かといってその人たちが悪目立ちするのではなく街に馴染みきっていて、その大らかさなら、落ちこぼれてしまった今の私がいても許される気がしたのだ。この街で、イチから頑張ってみよう。そう決意して、引越しの旨を伝えるメールを3代目に送った。


 マツミコーポに越してきたのは私だけじゃなかった。建築家、マーケター、編集者など、同じ世代で銭湯が好きな面白い人たちが集まっていた。様々なジャンルの人に銭湯の隣のアパートでの暮らしを体験してもらい、取り壊した後の建物の構想を固めたいという3代目の意図があったそうだ。初めての一人暮らしだったので、初対面ながらも「銭湯が好き」という共通項がある人たちと暮らしを共にするのは正直ホッとした。
 賑やかな毎日に、住み始める前の不安は瞬く間に忘れてしまった。住民で集まって鍋をしたり、ミュージシャンの部屋の前でギターの音に耳を傾けたり、フラれた友人に作りすぎた味噌汁を持っていったり。私の大学時代は散々なものだったので(本エッセイ10回目を参照のこと)、学生の青春ってこういうことなんだなァとトキめいた。社会人になったら後は灰色なんて言う人がいるけど、全然嘘じゃんね。
 一番好きだったのが、部屋から銭湯の音を聞くことだ。私の部屋は2階の角部屋で、ベランダの真向かいが男湯の脱衣所の窓だったので(窓は目隠しされている)、桶が落ちるカポーンという音や、脱衣所の扉を開ける音、子供の笑い声が聞こえてくる。窓際に置いたベッドにゴロンと横になって、銭湯の音を聞きながらウトウトする時間が心地よくて大好きだった。

 

 

 1年後、予定通りマツミコーポは取り壊されることになった。取り壊しの様子は出張のため見守ることができなかったけれど、住民のグループチャットに届いた骨組みだけになったアパートの写真をみて、たまらない気持ちになった。弱っていた私の心を少しずつ癒してくれたのは、銭湯の隣にある温かなアパートの暮らしだ。銭湯が好きな人との何気ない交流、銭湯で働き汗を流してホカホカの体で布団にもぐりこむ幸福感、窓の外から流れてくる銭湯の音。それらがもう過ぎ去ってしまったことを実感して、出張先で少しだけ泣いた。この時も喪失感を感じたけれど、引越し前とは違う温かさがあった。マツココーポでの思い出があるからこそ、前に進んでいけると思えた。


 新しい暮らしは、マツミコーポから2分ほどの木造アパートで始めた。小杉湯あがりのホカホカの体のまま家に帰りたかったので、「小杉湯から3分以内で!」と不動産屋を悩ませ辿り着いた物件だ。ロフトつきの1Kで、部屋自体は6畳とそこまで広くないが、ロフトが4.5畳もあって引越しを決意した。冬場のロフトは天窓から太陽がさんさんと降り注いでポカポカで、ロフトに置いたベッドに転がりながらここに引越してよかった~! と思ったが、そんな気分を味わえていたのは最初だけだった。
 夏になるとロフトは地獄に変貌した。アツい、アツすぎる。太陽が照りつける屋根と天窓で上から燻され、冬は重宝したモコモコの赤い絨毯で下から炙られる。起きた時点で汗をかいているし、夜も暑すぎて寝付けない。冷房を最低温度までガンガンに下げるが、やたら音がデカくなるだけで効いてる素振りすらない。そもそも、ここのエアコンは最初から何かおかしかった。工業用か? と思うほど無骨な外観で、温度を管理するリモコンが壁に固定されている。おまけに起動音がとてつもなくうるさく、起きる1時間前にタイマー設定すると、エアコンの音で目が覚める。エアコンなのに目覚まし時計も兼ね備えてるなんてすごいね、クソが!
 入居時点でエアコンが古いことは確認していたので文句も言えず、サーキュレーターを回すなどして対策していたが、冬になって部屋がちっとも温まらないし、電気代が7000円を超えたので流石に大家さんに連絡をした。すると近くの電気屋さんが飛んできて「建物ができた頃の製品だから寿命ですね、頑張りましたね」と爆速でエアコンを取り替えてくれた。起動音は静かで、部屋中に風が行き渡り、冷え切っていた部屋はすぐさまポカポカになった。すごい……これでもう耳栓をして寝なくていいんだ……部屋って……こんなに快適なの……? 最新型のエアコンの性能に心から感動し、静かで快適な部屋の幸福さをしばらく噛み締めていたが、まさか新たな問題が芽吹いていたとは思いもよらなかった。

 春になり、風が心地よい季節がやってきた。ベランダの窓を少し開けて仕事をしている時に異変が起きた。どこからか、ゲームの音が聞こえる。しかも壁越しに聞こえる音量ではなく、同じ部屋でやってんのかってくらいの音量だ。音源を辿ると、真向かいのアパートの部屋だった。私の部屋は前のアパートと同じく2階の角部屋で、ちょうどお向かいのアパートの部屋の窓がベランダの目の前にあるのだ。真相が分かったところで不思議に思った。私は1年前からこの部屋にいるが、どうして気づかなかったのか。と考えを巡らせたところで、エアコンのことを思い出した。なるほど、今まではエアコンがうるさすぎて近隣の騒音が耳に入らなかったのか!! コナン君もびっくりな真相だ。いやこんなバグみたいなことあるのかよ。

 

 

 問題を認識してから展開は加速した。向かいの住民は学生さんのようで、夜は酒盛り、深夜から朝にかけてゲーム、爆音で映画を観たりもする。うるせェ。こちらが窓を閉めていても、あちらが常に窓を開けているから意味ないし、ロフトで寝ようものなら音が上がって天窓から聞こえてくる始末。我慢ならず、管理会社を通じて注意してもらったり、隣のアパートの大家さんに連絡をしたりしたが、全く改善しない。せめて同じ気持ちをわかってもらおうと、ささやかながらテクノを朝から晩までその部屋に向けて流し続けてみたが、良心が痛むだけで状況は何も変わらなかった。耳栓をして数日間やり過ごしていたが、信じがたいごとに事態は悪化した。

 ある夜、家に帰ると右隣の部屋から「おーーーーッ」という野太い声が聞こえた。な、何! その後もアーッとかオーッという声や、たまに「ふざけんなよ!」という怒号。喧嘩か……!? それにしても相手方の声は聞こえないし、2時間もすると声は止まった。一体なんだったんだろう……疑問は、翌朝隣人のベランダに干されたサッカーのユニフォームを見て解決した。その時期はサッカーワールドカップのシーズン。試合がある度にお隣の部屋は大盛り上がりだったので、試合がある日はなるべく遅くまで仕事をするようにしていた。なんで隣人に合わせて生活を変えなきゃならんのだ。

 騒音問題はなおも止まらない。お向かいと隣人だけでも手一杯なのに、しばらくすると斜向かいの家からはお爺ちゃんの手拍子と軍歌が聞こえ、隣の家からは鼻歌と同時に水の音が聞こえてくる(恐らく鼻歌を歌いながら用を足していた)。騒音四面楚歌の家となり果てた。最終的に下の階に越してきた若者の歌声まで聞こえはじめ、しかも裏声で完全に音を外していることに堪忍袋の尾が切れて「引っ越す」と決意した。

「鉄筋コンクリート、静かさ優先、小杉湯から3分以内、静かさ優先!!」と不動産屋さんにゴリ推しして今住んでいるマンションに移り住むことができた。ちなみにこれは四面楚歌の家を後にした時のツイートだ。

 

 

当時の感情を一言であらわした良いツイートだと思う。



 今の家に住み始めてから約2年。真冬にエアコンが壊れたにも拘わらず、電気屋への電話が嫌すぎて3週間放置して体調を崩すトラブルがあったものの、悠々自適の暮らしだった。この部屋を、来月に退去して引っ越す予定だ。小杉湯を退職したこと、お仕事で描く絵が徐々に大きくなって部屋が手狭になったことなど様々な理由はあるが、5年間住んでいたこの街を後にするのは、もう高円寺でなくてもいいと思ったからだ。進むべき道を見失っていた私は、高円寺で居場所を見つけて、そこで進むべき道を見出して、今一人で歩き始めている。もう私に温かなカオスがそばになくとも、強く歩いていけるだろう。

 このエッセイを書きながら引越し準備を進めている。今日なんて新居の実測をしてバリバリに図面を書いてきた。高円寺を離れるのは寂しいし、知人の少ない新しい街での暮らしは正直不安だ。でも、高円寺での暮らしが私を逞しくしてくれたから、なんとかやっていけるはずだ。今はただ、新しい家での暮らしを想像して引越しの日を待ち遠しく感じている。

 

(第16回へつづく)