家風呂、温泉、銭湯、スーパー銭湯と日本のそこかしこにお風呂があるように、フィンランドのあらゆる場所にはサウナがある。家庭用のサウナはもちろん公衆サウナ、ホテル、空港、さらに観覧車のゴンドラの一つがサウナというシロモノまである始末。犬も歩けばサウナにあたる、サウナ大国フィンランドはサウナ愛好家にとって夢の地であり、来訪した者は“巡礼者”として敬われるほどである。当連載の第4回にて、フィンランドのサウナで氷の張った海に飛び込んだ話と、それを氷に座って笑顔で眺めるサウナ強者のおじさんの話を書いたが、今回はそこで書ききれなかったフィンランドの魅力を語っていこうと思う。

 2018年の雪が降り積もる2月、友人2人と共にフィンランドを訪れた。右も左も分からない私たちを案内してくれたのは、フィンランド在住のコーディネーターである、こばやしあやなさん。あやなさんは2011年にフィンランドに移住し、ユヴァスキュラ大学大学院で芸術教育学を学ぶかたわら、現地でコーディネーターを始めた。日本の銭湯とフィンランドの公衆サウナにまつわる修士論文を執筆し、銭湯の調査の一貫で、移住前によく通っていたという小杉湯に連絡をくれたことから仲良くなったのだ。フィンランドの公衆サウナは、かつては活気に溢れていたが、家庭用のサウナが普及するにつれ、日本の銭湯と同じく衰退の一途を辿っている。遠い土地でありながら同じ背景を持つ公衆サウナに心を惹かれ、フィンランド来訪に至ったのだ。

 フィンランドには6日間滞在し、計11回サウナに入った。1日約2回の計算だ。完全にバグっている。最初に訪れたのはヘルシンキ最古のサウナ、コティハルユサウナ(Kotiharjun Sauna)。ヘルシンキ市内を走る路面電車を降りてビルが並ぶ通りを歩いていくと“sauna”と妖しく光る赤のネオンサインが見えてくる。そこがコティハルユサウナだ。七階建ビルの入り口の前にあるベンチではタオルを一枚巻いただけの半裸の男女が、体から湯気をあげながら笑い合っていた。日本なら誰でも二度見する開放的すぎる光景だが、通行人は何くわぬ顔でその横を通りすぎていき、サウナの本場フィンランドの凄みを改めて感じた。

 小窓がついたフロントで入館料を支払い、二階の脱衣所へ向かった。脱衣所には、のんびり過ごせそうなテーブルや椅子、ベンチつきの縦長ロッカーが並んでいる。フィンランドのサウナではロッカーの前には、必ずベンチが設置されているのだ。ベンチがあると荷物の整理がしやすいし、靴下を履くのも楽だし、冬場のゴツいブーツをベンチ下に収納できるのでとても便利だ。

 浴室は手前にシャワー、奥にはサウナ室という構造。シャワー室には休憩用のベンチがいくつかあり、その上にヴィヒタ(白樺の枝葉を束ねたもの)を浸すのに使われるバケツが置いてある(フィンランドのサウナでは、ヴィヒタが販売されているのが普通だ)。シャワーで体を洗った後は、いよいよサウナに入る。重い扉を開けると、熱気が立ち込める薄暗い部屋に、L字型の石造りの6段の階段と焼却炉のような巨大なストーブが置かれている。それにしても暗い。奥に誰かが潜んでいても分からないぐらいの暗さだ。明るい照明と賑やかなTVが流れている日本とは全く違う。石の階段を上り、木製のスノコが敷かれた最上段に腰をおろした。天井ギリギリに設けられた席は湿気と熱がこもり、早々に汗が滴り落ちる。

「塩谷ちゃん、せっかくだからロウリュしてみようか」

 あやなさんは笑顔で階段を降りると、ストーブの前に立った。ストーブは人の身長よりも高く、ラドル(柄杓)で水をかけるようなスペースは一切ない。一体、どうやってロウリュを……? と思うと、あやなさんはストーブ前についているレバーを下げた。

 ジュワワワワワ……! 中から石が焼ける音が響き渡り、熱の籠もった蒸気がストーブから吹き出した。なるほど、レバーを下げるとストーブの中で水が落ちる仕組みなのか! 感心するのも束の間、激しい熱波が顔面に直撃しアチチと前屈みになる。体中から汗が吹き出し、逃げ出すように外に飛び出した。

 フィンランドは、サウナ後はそのまま外気浴という流れが普通だ。タオルをグルッと巻いて、行きがけに見た人々と同じようにベンチに腰掛ける。マイナス10度の凍てつく真冬の空気を胸いっぱい吸い込むと、体の奥に籠もった熱が静かに溶けていくようで心地よい。日本の冷えた水風呂に入って急激な温度差でスカッとする爽快感もいいが、フィンランドの体温が穏やかに変化していく微睡むような気持ちよさもたまらない。そのまま目を瞑ってのんびりしていると、友人がビールを買ってきてくれた。日本ではサウナ中の飲酒は御法度だが、フィンランドでは酒を飲みつつサウナを楽しんでいる人が多い。友人のビールを一口いただく。ゴクッ。冷え切ったビールが火照った喉を通り、体のすみずみまで炭酸が駆け巡るような美味しさ。こいつはたまらん~~~! 目を瞑って震えながら美味しさを噛み締めていると、隣に座っていたフィンランド人が笑みを浮かべて親指をあげてくれた。あ、この感じ見たことある……!

 これ、銭湯で美味しそうに牛乳を飲んでいる外人さんを見たときの私だ!!!

 遠い土地でありながら日本との繋がりを感じ、フィンランドが少し近く感じられた瞬間だった。

 

コティハルユサウナの入り口と半裸の人々

 次に訪れたのは郊外の公衆サウナ、ラヤポルティサウナ(Rajaportin sauna)。ヘルシンキから電車で1時間半のところにあるタンペレという町だ。駅からバスで移動し、雪の中を歩いていくと、もうもうと立ち上る白い蒸気が目に入る。赤みがかった黄色い木の塀の先にある、二重の木の枝のアーチが入り口だ。

 ラヤポルティサウナは1906年に開業し、創業から100年以上経っている。創業当時、隣町からタンペレ市街に入る前に体を洗う場所として使われていたが、1980年代に家庭用サウナが発展したことで客足が遠のき、閉鎖も検討された。だが、ラヤポルティサウナを守りたいと思った人々が立ち上がり、保存のために協会を立ち上げ、それ以降協会の人々で運営を続けているそうだ。ラヤポルティサウナは塀で囲まれた敷地内に、カフェやサウナなどの幾つかの建物が並び、建物同士の隙間は中庭のようになっている。冬は雪で真っ白だったが、夏は植物が生い茂り、その中でサウナ上がりの人々が談笑したりお酒を飲んだりしながらのんびり過ごすそうだ。

 サウナがある建物は、くすんだベージュの壁に緑のペンキで“sauna”の文字が描かれているのが印象的だった。緑のドアを開けると、映画館のチケット売り場のような小窓がついたフロントがあり、その左右には男女の脱衣所に繋がるドアがついている。脱衣所は、細長でベンチ付きのロッカーが一列にならぶシンプルな構造。着ているものを脱ぎ、サウナ室に続く雰囲気たっぷりな重い木のドアを開けた。サウナ室は、手前に白い巨大なストーブがあり、奥は半地下と二階に分かれている。半地下エリアには、ピラミッド状に置かれたバケツと木製のベンチがコの字型に置いてあり、その端に湯が溜められた水槽が設置されている。ラヤポルティサウナにはシャワーはなく、溜められた湯をバケツですくい上げて、体を洗う仕組みなのだ。天井に近い二階にもコの字形のベンチがあり、常連さんらしき女性たちが楽しげにお喋りに花を咲かせていて、非常に賑やか。日本のサウナは、皆黙ってTVを眺めていることが多いが、フィンランドのサウナはその逆だ。それにしても、常連さんが楽しそうに話しながら、サウナの蒸気も楽しんでいるこの雰囲気……何かに似ている。

 あ、開店直後の銭湯でお風呂に入りながら会話している常連さんだ!!

 また、フィンランドが近く感じられた瞬間だった。


 サウナの温度はやや低めだが、湿気はムンムン。心地いい熱さを楽しんでいると、壁の向こうの男性サウナ室から何か呼びかけるような声がする。

「あれは今からロウリュするよ~ってこっちに呼びかけているの」と、あやなさんが解説してくれる。

「え、どうしてですか?」

「男性側とストーブを共有しているから、あっちでロウリュすると女子側にも蒸気が流れてくるんだよ」

 

ラヤポルティサウナ図解

 手前にあった白いストーブは、なんと壁をまたいで男性側につながっている一つのストーブなのだ。とはいえ、ストーブの上に蓋がついていて、熱すぎる時は塞げるようになっている。

 途端、ジュワ~とストーブから立ち上がる蒸気。壁の向こう側から、「最高~!」と言っているような野太い歓声が聞こえる。女性たちも笑顔を浮かべて何か囁きあっている。これは、「良いロウリュですね」と言っているのだろう。顔を見ればわかる。



 ロウリュで一気に汗が出たところで、タオルを巻いて外へ。ドアを開けると、刺すような冷気が体を貫く。気持ちいいーーー!  空からはらはらと落ちる雪が、サウナで熱せられた皮膚の上でジュッと溶ける感覚も最高だ。中庭のベンチでは男女関係なくタオルを軽く巻いただけで、満足そうな笑顔を浮かべてお喋りを楽しんでいる。乳が垂れていようが、お腹がプヨプヨだろうが気にせず、全員幸せそう。そんな様子を見ていると、私もなんだか幸せな気持ちになって笑顔になってしまう。サウナやロウリュの満足度も高いが、何よりこの空間が心地よくて、いつまでもここにいたいと思った。

 たっぷりサウナを楽しみ、日も暮れ始めたのでラヤポルティサウナを後にすることにした。名残を惜しみつつもバスの時間が迫っていたので、最後に入り口周りの写真を撮って急いでバス停に向かった。車中、写真を一枚ずつ確認していると、中庭でこちらに向かって「またいつでもこいよ!!!」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべる半裸の人々が写っていた。そのうち一人はビールを掲げて乾杯までしている。『絶対またいつか遊びに行こう』と心に決めて、サウナの旅は後半に向かった。

 

(第13回へつづく)