今年(2021年)の5月に小杉湯を退職し、6月に絵描きとして独立した。小杉湯で“番頭兼イラストレーター”としてポスターや銭湯図解を描いているうちに、「絵描きになりたい」という幼い頃の夢を思い出し、小杉湯を卒業することに決めたのだ。独立してから様々なことが変化したが、何より変わったのは日々の生活だ。

 小杉湯で働いていた頃は銭湯中心の生活だった。まず朝10時に出社し、仕事を始めるより先に洗濯物を小杉湯のコインランドリーにぶちこむ。職場に洗濯機があるから出社ついでに洗濯できたし、小杉湯のランドリーは地域内で最安値だったので、洗濯機を買うより断然安かったのだ。さらに、雨の日だろうが風の日だろうが乾燥機に入れてハイ終わり、という手軽さも魅力だった。

 洗濯物を回して少し仕事をしてからお昼は外食。高円寺の飲食店はどこも美味しく、さらに安いので昼も夜も外食していた。食事をとったあとは、小杉湯で絵を描いたりお風呂の準備をしたりなどして、最後は小杉湯のお風呂で疲れをとって深夜に就寝。これがルーティーンだった。

 洗濯、食事、お風呂など、本来家にある時間を町に広げる生活は刺激的で、ずっと実家暮らしだった私にとっては毎日が楽しくて仕方なかった。けれど、寝る場所としてしか使われていない家に帰ると何かもの悲しさを感じた。洗濯機の防水パンの上には食器棚が置かれ、キッチンはホコリまみれ、洗濯物は乾燥機でホカホカだけどクシャクシャだ。生活感のない家の有様を目にするたび、ずっとこのままでいいのかなと思っていた。
 

 

 

 絵描きとして独立してからは、家が職場になった。コロナ渦で外出を控えたこともあって家で過ごす時間がグンと長くなり、寝に帰るだけで快適さからはほど遠い家を何とかしないと、と考えたのだ。まずは、おかず3品とご飯茶碗を置いたらもういっぱいの小さなダイニングテーブルを捨てた。作業机代わりに使っていたのだが常に絵がはみ出ていたため、建築家の友人と身長に合わせた机の脚を自作し、作業もしやすくダイニングテーブルとしてもバッチリな長机を導入した。さらに、ネジが緩んで座面が完全に浮いていた椅子を座り心地の良いものに替え、野菜が凍るほど冷えているか食材が臭うほど効かなくなっているかなシュレディンガーの猫状態の冷蔵庫を刷新し、半年間水漏れしつつも見ないフリをしていたエアコンの修理を大家さんに進言するなど、快適な部屋づくりに勤しんだ。というか最低レベルを人並みの生活レベルにしただけかもしれない。

 部屋が快適になるにつれ、銭湯中心の生活を家中心の生活にしたいと思った。理由は、さらに家を快適にしたい向上心が2割、家事にトライしてみたい好奇心が1割、残り7割は家が快適すぎてわざわざ外に出るのがめんどうくさいからだ。特に、洗い物が入った大きなランドリーバッグを背負って(友人たちから“高円寺のサンタクロース”と呼ばれていた)コインランドリーで洗濯機を回し、一丹帰宅してから再びランドリーを訪れて乾燥機を回すのは本当にめんどうくさかった。そこで思い切って新しく洗濯機を購入して自宅で洗濯をし、レシピ本を見つつ自炊にトライするなどして、生活は少しずつ変わっていった。

 一番変わったのはお風呂事情だろう。小杉湯で働いていた頃は週5日小杉湯に入り、残りの2日は他の銭湯に通っていたため、自宅の家風呂は早々に封鎖し、本来シャワーカーテンをつけるはずの突っ張り棒にはワンピースやシャツをかけ、浴槽には季節ものの家電を置くなど完全に物置として使っていた。以前、テレビの取材を受けた時に「お風呂場は収納代わりにも使えるんですよ〜」とその様子を紹介したことがあったが、今振り返るとどうかしてたな、と思う。

 お風呂場にあった服や家電を押し入れに移し、隅々までピカピカに掃除をした。引っ越してから数えるほどしか使っていなかったので埃を払えば綺麗だった。久々に家風呂に浸かり、最初に「風呂が個室ってすごいな」と思った。今まで広い湯船で誰かと一緒にお風呂に入るのが普通だったので、一人の静かなお風呂が久々で感動してしまったのだ。さらに当たり前のことだが、自分の好きな温度を設定できるのもすごい。銭湯は店側で温度を設定しているので、自分が好きな温度の風呂に入りたいがためだけに銭湯巡りもしていた。入浴剤だって入れられる。小杉湯は掛け流しだから排水溝を詰まらせる恐れがあるため控えていた花びらも浮かべられるし、好きな入浴剤を毎日入れたって文句をいう人はいない。なんて素晴らしいのだろう! 家風呂万歳!!

 最近では41度とややぬるめの設定で浴槽にたっぷりお湯を溜め、入浴剤の香りと肌触りを楽しむのにハマっている。発汗を促すタイプの入浴剤や、とにかく泡が膨らむのが楽しい泡風呂、肩こり解消や睡眠を深くする効能重視の入浴剤まで、ありとあらゆる入浴剤を取り揃えて毎晩自分の中でレビューするのだ。

 香りや見た目の面白さ、効能含め満足度が高いのはLUSHのバスボム。丸い形から、ハートやクマのようなユニークな形があり、色合いもカラフルで可愛くて浴室に置いておくだけで楽しくなる。香りも定番のラベンダーから桜、ペパーミント、桃、ラズベリーなど多種多様だ。私のお気に入りはインターギャラクティックというバスボムだ。青、ピンク、白のマーブル模様が特徴的な丸いバスボムを湯船に投入すると、泡立ちながら形が崩れ、湯船が青とピンクと白のマーブル模様に変化する。ペパーミントとシダーウッドの心落ち着く香りを胸いっぱいに吸い込んでいるうちに、3色に分かれていた湯船はやがて深い青色になり、その中にキラキラ輝く金粉が揺らめいている。まるで、星々が輝く宇宙を眺めているようで、その深い青さを見ていると心がさらに落ち着いてくるのだ。ちなみに金箔入りタイプのバスボムをほぼ毎日使っていたのだが、やり過ぎたようで未だに排水溝のキラキラが取れず、敷金が返ってこないのではとヒヤヒヤしている。

 家風呂のいいところはまだある。湯船に浸かりながら飲み食いできることだ。最近は家風呂に加えてお茶にもハマり、日本茶からハーブティーまでジャンルを問わずに朝から2~3リットルは飲んでおり、当然風呂に入っている時もお茶を飲んでいる。長めに湯に浸かり、汗を掻きはじめたら一度浴槽の外に出て、洗い場の椅子に座ってお茶を飲む。体が冷えてきたらまた湯船に入る、というサイクルを繰り返す。オススメのお茶は生姜が入った体を温めるお茶だ。お風呂で飲むともう汗がだらだらで、体の芯まですっかりポカポカになるのだ。

 使い終わったティーバッグをそのまま捨ててしまうのは勿体無いので、試しにお風呂に入れてみたのだが、色も香りも出なかった。お茶は80度以上の熱湯で抽出するので、40度前後の湯船の温度では抽出が難しく、数も足りなかったようだ。ならばいっそ、事前に2リットルほどお茶を沸かして投入しつつ、同じお茶を飲むのはどうかなと目論んでいる。最早お風呂のためにお茶を淹れるとは本末転倒に聞こえるかもしれないが、お茶と風呂マニアとしては「お茶に浸かりながら同じお茶を飲める」なんて最高でしかないので、良い過ごし方を追究していきたい。
 

 

 

 もちろん家風呂が中心の生活になってからも、週に2~3回ほど銭湯に遊びに行っている。不思議なことに、今の方が銭湯を満喫しているように思う。初めて行く銭湯は前以上に興奮するし、何度も訪れている銭湯でも湯船の広さや、共に湯船に浸かっている常連さんや子供たちの様子をみるのがとても楽しく思える。

 小杉湯にいた頃、私は銭湯を『ケの日のハレの場』と呼んでいた。ケは日常で、ハレは非日常を意味するので、日常の中の非日常の場所ということだ。だが、今思うと当時の私の生活は、銭湯がハレの日のハレのような存在になっていた気がする。日常が常に外に飛び出していたので、生活がずっとハレの状態だったのだ。今、家中心の生活に変わったからこそ、ケの日のハレである銭湯のよさが改めて感じられている。いつも一人で静かにお風呂に入っているからこそ、誰かと賑やかにお風呂に入るのが楽しい。いつも小さな囲まれたお風呂に入っているからこそ、のびやかな銭湯の空間で足を伸ばして湯船を楽しめるのが心地よい。銭湯も家風呂も好きだから、どっちも楽しんでいきたい。
 

(第12回へつづく)